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笑顔の行方  作者: けせらせら
24/30

6.2

 深夜、突然目が覚めた。

 その理由はすぐにわかった。

 またエンジン音が外から聞こえている。

 ハッとして飛び起きると、窓に飛びついた。

 先日と同じように黒いベンツが止まっている。しばらくしてからエンジン音が止まりドアが開き、一人の男が姿を現した。

 桑島だ。

 文也はすぐに枕元に置いてある携帯電話に飛びつくと、栗原のところに電話をかけた。

 1回……2回……

 なかなか栗原が電話に出ない。無理もない。深夜2時過ぎなのだ。

 それでも文也は栗原が出るのを待った。

 やがて――

――……なんだ、こんな時間に?

 ぐっすりと眠っていたことを証明するように、やけに眠そうな声が聞こえてくる。

「夜中にごめん」

――うん……で、何だ?

 ぼんやりとした声を出す。

「今、あの桑島って男が来てるんだ」

 文也がそう言った瞬間、栗原の声が変わった。

――本当か? よし、わかった。今すぐ行く。

「大丈夫か? もし無理なら僕が――」

――いや、おまえは何もするな。すぐ行くから待ってろ。

 プツリと電話が切れる。

 おそらく30分もあれば、栗原はやってくるだろう。

 先日、妹のことを話した時の栗原の姿を思い出す。

 栗原はこの事件を明らかにすることが妹への罪滅ぼしになると考えているのかもしれない。

 文也は再び、そっと廊下に出ると足をしのばせながら1階へと降りていった。ドアの横に立ち、中の様子を伺う。

「今日はどうしたんですか? 何か問題でも?」

 桑島が訊く。

「問題? 柿沢さんのことを知らないんですか?」

 怒りを堪えたような秀光の声が聞こえてくる。

「その件でしたら存じています」

「どういうことか話してもらいたい」

「さて……そう言われても困りますね。あなた方にお話出来ることは何一つありません」

「何を言っているんです? 柿沢さんは殺されたんですよ。日中には刑事がやってきたそうじゃないですか。私たちはどう警察に説明すればいいんですか!」

「そのことでしたらご心配なく。こちらでも手は打ってあります」

 桑島の口調は冷静だった。

「こんなことをまだ続けるつもりですか?」

「もちろん。全てはこちらの予定通りに事は運んでいます」

「予定通り? 柿沢さんが殺されたことも予定通りだというんですか?」

「……あれは確かに少し予定外のことでした。そのため、少し計画を急ぐ必要があります」

「計画とは何ですか?」

「それはあなた方が知る必要はありません」

「そんな……あなたはそれでいいのかもしれませんが、私たちはそうはいきません! 次は私たちかもしれない!」

「大丈夫。そんなことにはしません」

「何を根拠にそんなことが言えるんです!」

 秀光の怒鳴り声が響き渡る。2階で眠る小雪までも起きてこないかと不安になるほどだ。それでも尚桑島の声は落ち着いていた。

「勘違いしてはいけません。私たちはただの駒でしかありません。駒は考える必要などないのです」

「無茶なことを……」

 その時、バイクの音が微かに聞こえた。

(来た!)

 誰にも気づかれないように急いで裏口へと向かう。文也は裏口から出ると、庭を横切って裏門を開けた。

「間に合ったか?」

 Gジャンを着て、フルフェイスの銀色のヘルメットを被った栗原が立っている。

「大丈夫。まだ中にいる」

 栗原はホッとしたようにヘルメットを外した。急いできたのを表すように髪がぐちゃぐちゃだ。

「で、いつ出てくるんだ?」

 険しい表情で文也に訊く。

「そんなのわからないよ」

「しょうがないな。ここで待つしかないか」

「家のなかで待つか?」

「それじゃ相手が帰る時に出遅れちまうだろ」

「キッチンにいればリビングの様子は伺うことが出来るよ」

 文也は栗原を連れて裏口からキッチンに入り込んだ。そして、自分はキッチンのドアをそっと開けてリビングのほうを伺った。

「それにしても変わった家だな」

 栗原は部屋を見回しながら言った。「当たり前の部屋のように見えて、実は微妙に台形の形をしているんだな」

 文也もそれは最近になって気づいたことだ。壁がわずかに傾斜し、天井のほうがわずかに空間が狭まっている。

「どの部屋も同じだよ。真下さんが設計したんだそうだ」

「ふぅん。この家の主人か」

「なあ、栗原……」

 文也は添乗を見上げている栗原に声をかけた。

「なんだ?」

「今日、刑事がここに来たんだ」

「刑事?」

 栗原は表情を固くして文也のほうを見た。「河井礼子の件か?」

「いや……実は今日、柿沢さんが死体で見つかったんだ」

「柿沢?」

「ここで運転手をしてる。殺されたらしいんだ。刑事が言うには拷問された跡があったって。この前から姿が見えなかったんだ。僕たちがこの家の人たちを尾行した時だ」

「そのニュースなら夕方、俺も見た。そうか……あれはここの運転手だったのか」

 何かを納得するように栗原は頷いた。「ニュースを見た時、どこかで見たような気がしたんだ」

「後を尾けた時だろ?」

「いや、違う。俺はあの男をうちのアパートの近くで見てるんだ」

「本当か?」

 その時――

 カチャリとリビングのドアが開く音が聞こえた。ハッとしてリビングのほうに視線を移す。ドアが開き、沙織と桑島の二人が出てくるのが見えた。

「栗原!」

 声を低くして栗原に声をかけると、栗原もすぐにそれに反応するように立ち上がりヘルメットを被る。

「無茶しないでくれよ」

「心配すんな。必ずあいつらの正体を暴いてやる。何かあれば連絡する。それまでは電源は切っておくからな」

 そう言って文也に見せるように携帯電話の電源を切るとポケットに押し込み、裏口のドアを開けた。

「あ……栗原――」

「なんだ?」

 栗原が振り返る。

「……この前の話……美奈子ちゃんのこと、やっぱりおまえのせいじゃないと思うぞ」

 栗原はその言葉に驚いたように文也の顔を見つめ、それから――

「ありがとな」

 静かに言って出て行った。

 やがて庭から車が出てゆく音が聞こえ、そのすぐ後にバイクのエンジン音が去っていくのが聞こえた。


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