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笑顔の行方  作者: けせらせら
19/30

5.2

 翌日――

 文也は栗原のバイト先であるバイクショップを訪れた。ちょうど昼休みにはいるところで、栗原は2ヶ月前に買った中古のミニバンに文也を乗せると近所のコンビニへとやってきた。文也は車のなかで昨夜の出来事を栗原に話して聞かせた。

「ずいぶんきな臭い話になってきたな」

 栗原はコンビニで買ったおにぎりをかじりながら言った。その片手には缶コーヒーが握られている。

「何者なんだろう?」

 そう言って助手席に座った文也がペットボトルのお茶を一口飲む。

「わからないな。このこと、青島って刑事に話したのか?」

「いや、まだだ。もう少しはっきりしてからのほうがいいかと思って」

「その方が良いな。朝宮って男のことも気にかかる。真下夫婦は知らなくても、お嬢様は知ってるんだろ?」

 栗原の指摘に文也はドキリとした。

 確かに秀光は、沙織と桑島との電話で『朝宮』という名前を聞いたと言っていた。つまりあの家族のなかで沙織だけは、その男に近い位置にいるということになる。

 栗原はさらに言った。

「真下夫婦は便利屋、末っ子もまったくの赤の他人。残るはその沙織お嬢様だけだ。朝宮という男と沙織お嬢様が繋がっている可能性は大きい」

「あの人も利用されているのかもしれない」

 文也は言い返した。

「そう思いたいのはわかるけど、あまり入れ込みすぎるなよ」

 落ち着いた声で栗原は言った。

――私には感情はありません。

 確かに沙織はどんな時でも表情を変えるようなことはなかった。美しい人形のように感情を見せない顔。出会った頃はその表情に戸惑うことも多かった。だが、最近になって文也には、その無表情な顔のなかにもわずかに感情を感じられるようになっていた。

 沙織の瞳。

 彼女の瞳からは、時折、強い意志や寂しさが放たれているような気がする。

「なあ――」

 と、考え込む文也に栗原が言った。「もし、そのジイさんがまたやってきたら俺のところに連絡してくれないか?」

「どうして?」

「後をつけてみる」

「それなら僕が――」

 そう言った文也の言葉を栗原がさえぎった。

「おまえには無理だろ。そんな夜中におまえがそのジイさんの後をつけて屋敷を出て行けるわけないじゃないか」

 言われて見ればその通りだ。そもそも栗原のように車やバイクを持っているわけでもない。

「悪いな。こんなことに巻き込んじゃって」

「いいさ。俺だって少しは責任感じてるんだ。それより、これを見ろよ。おまえに見せようと思ってたんだ」

 栗原は後部座席に置かれた革のカバンを引き寄せると、そのなかからA4サイズのファイルを取り出した。

「何だ?」

「20年前の事件のファイルだ」

 そう言ってファイルを開く。中には新聞記事のコピーが何枚も貼り付けられている。

 文也はパラパラとファイルを捲った。

 事件の記事以外を中心に他の事件やニュースも読むことが出来る。20年前のアイドルの引退記事、東京銀座で起きた金塊の強盗事件……時代を映すようなさまざまな記事が貼られている。

「よくこれだけのもの調べられたな」

「俺が調べたんじゃない。今朝、うちの郵便受けに入れてあった」

「それじゃ、これは――」

「以前、河井礼子を教えてくれた奴が、また情報をくれたみたいなんだ。俺たちに何かをさせたがっているのかもしれない」

「いったい誰が……」

「さあな。それよりこれを見ろよ」

 そのなかの一枚を栗原が指差した。そこには殺された4人の顔写真が並んでいた。当然のことかもしれないが、その顔は今の真下家の人たちとはまったく違っている。

 記事は何日にも渡っている。だが、日が進むにつれて、記事の大きさが周囲の人々の興味の強さを、そして事件に進展がないことを物語るように小さくなっていった。

「それで何かわかったのか?」

「面白いのはここだ。ここに近所に住む被害者の友人の話が載ってるだろ? 被害者である真下恭子の生前の話として『最近、深夜に見たことのない外国人らしい男たちがうろついていて怖い』って話してたって書かれてる。こいつはおそらく――」

「河井礼子?」

「たぶんな。彼女はもっと違うことも証言してる。怪しい車を見たとか、しかもその人物像まで。証言したのは彼女だけだ」

「どうして彼女だけが?」

「真下家と仲が良かったのは、彼女の家と隣に住んでいたもう1家族。隣に住んでいた家族は事件後すぐに引っ越してしまって行方はわからない。まあ、すぐ近くに住んでいた彼女がいろいろ目撃していたとしても、それほど不思議じゃない……と警察は見たそうだ。だが、彼女の目撃証言に頼って捜査を進めた警察は結局、犯人を捕まえることは出来なかった」

「彼女は嘘をついていたのかな?」

「その可能性がないとは言えない」

「何のために? まさか……河井礼子は――」

「犯人の一味……かもしれない。だが、今更それを調べるのは難しいだろうな」

 栗原はコーヒーを飲み干すとドリンクホルダーへ置いた。「けど、もし河井礼子が犯人の一味だったとしたら、彼女が殺されたのも納得出来る」

「どう納得出来るんだ?」

「復讐だよ」

「復讐? 誰が?」

「それはわからない。けど、20年前に殺された真下家の誰かと親しい間柄の人間って考えるのが自然だろ? ひょっとしたらそれが今、あの屋敷に住んでいる人たちかもしれない」

「それじゃあの人たちが河合礼子を殺したっていうのか?」

 文也は興奮気味に声をあげた。

「落ち着けよ。俺が言ってるのはただの仮説だ。実際にあの家の人たちが河井礼子殺しと関係しているのかどうかもわからない。ただ、可能性は否定出来ない」

「可能性か……」

「彼らが何者か、それを早くはっきりさせることだな。少し急がなきゃな」

 文也にもその言葉の意味がよくわかっていた。

「時間取ってごめんな」

 文也はそう言うとドアを開けて車を降りた。

「これを持っていけよ」

 車から降りた文也に栗原がファイルを差し出す。「何か気づくこともあるかもしれないだろ。何かわかったらすぐ教えてくれ」


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