4.4
翌日、朝早くに青島に連絡を取り会う約束をした。
朝のニュースで河井礼子が殺された事件の目撃情報があったと報じられたからだ。怪しい20代の男女3人が殺害時刻に家の前にいたと、近所に住む高校生が証言したのだ。
あの時、自分たちの脇を通り過ぎていった赤いスクーターに乗った高校生だろう。
このままでは自分のところに警察の手が伸びてくるかもしれない。それを防ぐためにも早く青島に会って話をする必要があった。
駅ビルのなかにあるスターバックスで青島を待つ。
平日ということもあってか、店内には若いカップルと子供を連れた女性の姿が見えるだけだ。
約束の1時を過ぎた頃、やってきたのは青島ではなく日下部だった。
ジーンズに革ジャンというとても刑事には見えない服装で現れた日下部はカウンターでコーヒーを買うと、不機嫌そうに文也のところにやってきてその前に座った。
マスクをずらして口を出すと、コーヒーを不味そうにすする。
その表情が全てを物語っていた。
「青島さんは?」
「なんや? 俺や不満か?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが……青島さん、やっぱり忙しいんですか?」
日下部はそれには答えようとせず、仏頂面のままで文也に言った。
「まったく……えらい勝手なことしてくれたもんやなぁ」
「勝手なことってことないじゃないですか」
「何かあったら俺や青島さんに連絡せんといかんやないか。そないに言うとったはずやで」
そう言ってジロリと睨む。
「はっきりと何か掴んでから連絡しようと思ったんです」
「それが勝手な判断や言うねん。少しはこっちのことも考えてもらわな」
「……すいません」
納得出来ない気もしたが、それでも文也は大人しく頭を下げた。
「ほんで? どないやった?」
「どない……って?」
「そやから、あの女んとこ行って、何かわかったことでもあるんか聞いとるんや?」
「いえ、行ったらもう死んでいたので……何も……」
また怒られるのを覚悟で文也は言った。
「そうか」
意外にも日下部は怒った顔をせず、小さく頷きながら窓の外を見る。「ま、しゃあないわな。死人は喋れんしな」
どうやらそれほど機嫌が悪いわけではないようだ。
「河井礼子さんが殺された件、警察ではどう見てるんですが」
文也は小声で日下部に訊いた。
「ああ、そのことなんやけど――」
日下部も声を潜めてから言った。「もし、おまえんところに刑事が行ったとしても、俺たちのことは言うたらいかん」
「どうして?」
「当たり前やないか。前にも青島さんから聞いとるはずや。今回の捜査は組織としてやっとることやない。そやからほんの一握りの人間しか知らんのや。今はまだ俺らがやっている捜査を表沙汰にすることはでけへん。もし捜査のことをマスコミにでも嗅ぎ付けられたりしてみい。これまでの捜査がぜんぶ無意味になってしまうやないか」
「青島さんは何とかしてやるって言ってくれましたよ」
「出来ることはしたる。そやけど、そもそもあの事件は神奈川県警の管轄や。俺らがでしゃばるわけにはいかんのや」
「そんな……それじゃ僕たちはどうすればいいんですか?」
「適当に理由をつけて誤魔化してもらえへんか?」
日下部はポケットからティッシュを取り出すと、力いっぱい音をたてて鼻をかんだ。
「適当って……そんな無責任な」
思わず声が大きくなりそうになるのを、文也はぐっと堪えた。
「無責任やて? もともと河合礼子を調べてくれなんて誰か言うたか?。おまえが俺らに相談もなく動いたことやろ?」
「それはそうですが……」
これではまるで話しにならない。このままでは警察の手は間違いなく自分たちに伸びてきてしまう。
「まあ、そないに気にすることもないやろ。なんぞ決定的な証拠でも落としてきたわけでもないやろ?」
「それはそうですが……でも証言が――」
「そないなもん大丈夫や。あの女とおまえらには何の関係もないからな。世の中の事件見とってもわかるやろ。殺した奴と殺された奴の関係がない事件ほど捕まらんもんや」
「べつに僕たちがあの人を殺したわけじゃありませんよ」
「わかっとる。俺が言うとるのは警察なんぞたいしたことない言うこっちゃ」
「本当ですか?」
「ああ。警察がおまえらまで捜査の手を伸ばすことはないやろうって青島さんも言う取ったで」
日下部は慰めるように言った。
「そうですか」
青島の言葉と聞いて、少しホッとする。
「しばらくの間はおとなしくして、あっちのほうに行かんことや。何かあったら任せとき。もし捜査線上におまえらの名前が挙がってきたとしても、俺のほうで出来る限りのことはしてやるから」
「お願いします」
文也は深く頭を下げた。再び顔を上げた時、日下部の目が鋭く遠くを見つめていることに気づいた。
「どうしたんですか?」
振り返って日下部の視線を追いかける。だが、そこには通路を行き交う人の波が見えるばかりだ。
「ん? いや……別に」
一瞬、視線を文也に向け、日下部はすぐに立ち上がった。
「日下部さん?」
「ええか。これからは勝手に動いたらあかんからな」
投げ捨てるように言うと日下部は眉を顰めたまま急ぎ足で席を立って去っていった。




