プロローグ
笑顔の行方
プロローグ
いつも奇跡を待ちわびてきた。
何か理由があるわけではない。ただ、常に心のなかに満たされぬ思いがあった。それが何なのかもわからない。それでもそれを埋めてくれる奇跡が訪れるのをずっと待っていた。
電車のドアが開き、人の波に押されるようにホームへと足を向ける。
退屈な一日がこうして始まる。
何気なく過ぎていく時間のなかで、何か大切なものをどこかに置き忘れているような気がする。漠然とした不安。そして、何も見つからないままに一日が終わっていく。それが毎日繰り返される。
だが、この日だけはいつもと違っていた。
電車を降りた瞬間、キラリと光る何かが僕の目に飛び込んできた。
その輝きに、僕は何の気なしに視線を反対側のホームに向ける。
一瞬、そこに白い羽根が見えた。
階段に向かってホームを歩く人の波。スーツを着て俯きがちに歩くサラリーマン、眠そうな顔をした学生。皆、工場のラインの上を動く製品のように階段に向かってゾロゾロと流れていく。
そのなかの一人に僕の視線は釘付けになった。
白いワンピースを着た若い女性。肩まで伸びた黒い髪。その背中に純白な半透明の羽が見えた。
キラキラと日差しを反射して、天に向かって大きく広がる。
当然のように僕の視線は知らず知らずのうちに彼女の行方を目で追っていた。
周囲の人はそのことに気づいてもいない。いや、僕以外の誰にもその羽は見えていないのかもしれない。
黒い艶やかな髪が風に揺れる。透き通るような白い肌。
それはあたかも地上に舞い降りた天使だった。
その美しさに僕は息を飲む。
陽の光がその白い羽を眩しく照らす。
僕には彼女の姿が、ずっと待ち続けていた奇跡を運んできた天使のように思えた。
周囲の人の波に押され、彼女の姿がホームから見えなくなる。
(待って)
思わず僕は駆け出した。
人の波を掻き分け、階段を駆け上がり改札に向かって走り出す。
群集の向こう側に微かに彼女の姿が見えた。
だが、それはあまりにも一瞬の出来事で、僕はすぐに彼女の姿を見失った。




