タイトル未定2026/10/29 19:54
第2章 第21話 メイド喫茶と悪ガキ二人
金曜日。
桜ヶ丘高校の文化祭が、ついに始まった。
校門には色とりどりの装飾が施され、校舎の窓には各クラスの出し物を宣伝する看板が並んでいる。廊下には生徒たちの呼び込みが響き、普段とはまるで違う熱気に包まれていた。
「いらっしゃいませー! 喫茶店、営業中でーす!」
教室の入口から、明るい声が響く。
その声の主は、神崎美咲だった。
普段から目立つ彼女だが、今日の姿はいつも以上に華やかだった。
フリルの付いた黒と白のメイド服。白いエプロンに、頭には可愛らしいカチューシャ。明るい笑顔と相まって、まさに文化祭の看板娘といった姿である。
「美咲ちゃん、こっちのお客さんお願い!」
「はーい! 今行くね!」
クラスメイトに呼ばれると、美咲はすぐさまそちらへ向かった。
注文を取り、料理を運び、慣れない接客に戸惑う女子を助ける。
その動きは実に手際がよかった。
「美咲、すごいね。もう完全に店長じゃん」
「えへへ。みんなで頑張ろうね!」
美咲が笑えば、周囲の女子たちも自然と笑顔になる。
可愛いだけではない。
誰かが困っていれば放っておかず、忙しいときほど周りをよく見ている。
それが神崎美咲という少女だった。
一方、教室の隅では――。
「……なあ、隼人」
「ん?」
「俺たち、いつまでここにいなきゃならねえんだ?」
朝倉烈が、うんざりした顔でつぶやいた。
エプロンを身に着けてはいるものの、本人は接客にまったく乗り気ではない。
その隣では、藤堂隼人も同じような顔をしていた。
「知らねえよ。美咲に聞け」
「聞いたら仕事増やされるだろうが!」
「そりゃそうだな」
二人は顔を見合わせた。
そして、にやりと笑う。
「……行くか?」
「おう」
意思疎通は一瞬だった。
二人は客の出入りに紛れて、そそくさと教室を抜け出した。
*
「さて、次はどこ行く?」
廊下に出た烈が、伸びをしながら尋ねた。
「とりあえず、適当に見て回ろうぜ。文化祭なんて、楽しんだもん勝ちだろ」
「それもそうだな!」
二人は意気揚々と歩き出した。
別のクラスではお化け屋敷。
廊下の向こうでは射的や輪投げ。
中庭ではステージ発表の準備が進められ、吹奏楽部の演奏が遠くから聞こえてくる。
「おお、あれ面白そうじゃねえか!」
「お前、さっきから食い物の屋台ばっか見てねえ?」
「腹減るだろ、こんだけ匂いが漂ってりゃ!」
「さっき朝飯食ったばっかだろ!」
「別腹だ!」
「意味わかんねえよ!」
二人は好き勝手に文化祭を満喫していた。
もちろん、自分たちのクラスの喫茶店がどうなっているかなど、すっかり頭から抜け落ちている。
――その頃。
「……あれ?」
注文票を手にした美咲が、教室を見回した。
「ねえ、烈と隼人は?」
「え? さっきまでそこにいたけど……」
クラスメイトが指差した先には、空になった椅子が二つ。
美咲の笑顔が、ぴたりと止まった。
「……へえ?」
声のトーンが、わずかに下がる。
「二人とも、どこに行ったのかなぁ?」
その笑顔を見た女子生徒が、思わず一歩下がった。
「え、えっと……たぶん、ちょっと外に……」
「そっか。教えてくれてありがとう!」
美咲はにっこりと微笑んだ。
そして、教室の入口へ向かう。
「ちょっと二人を連れ戻してくるね!」
その背中を見送ったクラスメイトたちは、そろって顔を見合わせた。
「……烈たち、終わったな」
「うん。ご愁傷さま……」
*
「おっ、これ食ってみようぜ!」
中庭の屋台を見つけた烈が、隼人の肩を叩いた。
「お前、また食い物かよ!」
「いいだろ、別に!」
「まあ、俺も食うけど」
「だろ?」
二人が屋台の前で足を止めた、そのときだった。
「――烈。隼人」
背後から、聞き慣れた声がした。
烈の動きが止まる。
隼人も、ゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、満面の笑みを浮かべた美咲だった。
「……よ、よう、美咲」
「何してるのかな?」
「いや、その……文化祭の見回り?」
「へえ。クラスの仕事は?」
「……」
「喫茶店のお仕事は?」
「……」
隼人が、そっと視線を逸らした。
「いや、ほら。俺たちがいなくても、みんな優秀だし――」
「隼人?」
「はい」
「烈?」
「……はい」
美咲は二人の前まで歩み寄った。
そして、拳を握る。
「二人とも、ちょっとこっちに来ようか?」
「ま、待て美咲! 話せばわかる!」
「そうだ! 俺たちだって文化祭を盛り上げようと――」
ゴツンッ!
「いってえええっ!」
「痛っ! お前、容赦ねえな!」
二人の頭に、見事なゲンコツが落ちた。
「盛り上げるのはいいけど、自分たちの仕事を放り出していいわけないでしょ!」
「す、すみません……」
「反省してます……」
「よろしい!」
美咲は二人の襟首をつかむと、教室の方向へ歩き出した。
「ちょ、ちょっと待て! 俺、まだ何も食ってねえ!」
「烈、黙って歩く!」
「はいっ!」
「隼人も!」
「……はい」
中庭にいた生徒たちは、その光景をぽかんと眺めていた。
大柄な烈と、ギターを弾けば女子に人気の隼人。
そんな二人が、小柄な美咲に引きずられていく。
「……あの二人、神崎さんには逆らえないんだな」
「なんか、すごいもの見ちゃった……」
*
「ただいま戻りました……」
喫茶店の教室に、烈の情けない声が響いた。
「おかえり、烈くん!」
「隼人くんも、おかえり!」
女子たちは笑顔で二人を迎えた。
ただし、その笑顔には、どこか面白がっているような色が混じっていた。
「……見てたのかよ」
「うん、廊下からね!」
「マジかよ……」
隼人が頭を抱える。
美咲は二人の背中をポンと叩いた。
「さあ、仕事再開! 烈は注文されたコーヒーをお願い。隼人はテーブルの片付けね!」
「ええっ、俺がコーヒー?」
「文句ある?」
「ありません!」
烈は慌てて厨房へ向かった。
隼人も渋々、空いた食器を片付け始める。
その様子を見て、美咲は満足そうにうなずいた。
「最初からちゃんと働いてくれればよかったのに」
「……美咲、お前、絶対楽しんでるだろ」
「さあ、どうでしょう?」
美咲は可愛らしく首を傾げた。
その笑顔に、隼人は何も言い返せなかった。
*
昼を過ぎても、喫茶店は大盛況だった。
美咲を中心に、女子たちは忙しく働いている。
烈と隼人も、今度こそ逃げ出さずに仕事をこなしていた。
やがて窓の外から、文化祭を楽しむ生徒たちの声が聞こえてくる。
笑い声。呼び込みの声。ステージから響く音楽。
いつもの学校が、今日だけは別の場所のようだった。
「……明日は、俺たちの番だな」
食器を片付けながら、隼人が小さくつぶやいた。
烈は顔を上げた。
「LIVEか」
「ああ」
明日はいよいよ、NOIZ JACKの文化祭LIVE。
隼人のギター。
美咲の歌とギター。
美琴のベース。
そして、自分のドラム。
ここまで、四人で練習を重ねてきた。
烈には、まだできないことがある。
片足のダブルも、思い描いたとおりには叩けない。
それでも、今できることを積み重ねてきた。
「……絶対、成功させようぜ」
烈が言った。
隼人は一瞬だけ目を丸くし、それから笑った。
「当たり前だろ。俺たちのLIVEなんだからな」
「おう!」
その会話を、美咲が少し離れた場所から聞いていた。
彼女は二人を見て、優しく微笑んだ。
「……明日、楽しみだね」
夕方が近づき、文化祭初日も終わりを迎えようとしていた。
だが、NOIZ JACKの一日は、まだ終わらない。
*
放課後。
四人は、いつものスタジオに集まっていた。
明日の本番に向けた、最後の練習。
隼人はギターを構え、美咲はマイクの位置を確かめる。美琴はベースのチューニングを済ませ、烈はドラムセットの前に座った。
「みんな、準備いいか?」
烈の問いに、三人がうなずく。
「よし……行くぞ!」
烈がスティックでカウントを刻む。
ワン、ツー、スリー、フォー!
烈のカウントを合図に、隼人のギターが鳴り、美咲の歌声とギターが重なる。美琴のベースが低音を響かせ、烈のドラムが四人の演奏を支えていく。
最後のスタジオ練習が始まった。
何度も繰り返してきた曲。
何度も失敗し、何度もやり直したフレーズ。
まだ完璧ではない。
それでも、四人は確実に前へ進んでいた。
最後の音が鳴り終わる。
しばらくして、美咲が笑顔で言った。
「うん。明日、頑張ろう!」
「おう!」
美琴も小さくうなずく。
隼人はギターを下ろし、烈の肩を軽く叩いた。
「明日は頼むぜ、ドラマー」
「……任せとけ!」
烈は力強く答えた。
翌日、彼らは初めて、文化祭という大勢の観客の前で演奏する。
そのステージが、四人にとってどんな経験になるのか。
まだ、誰にもわからない。
ただひとつ確かなのは――。
NOIZ JACKの文化祭LIVEが、もうすぐ始まるということだった。
第2章 第21話 メイド喫茶と悪ガキ二人 完




