第1話「馬鹿壁とエロ脚」
第1話「馬鹿壁とエロ脚」
――春。
桜の花びらが舞う中。
一人の少年が、校門をくぐっていた。
大きな身体。
短く整えた黒髪。
鋭い目つき。
だが、その顔には緊張感の欠片もない。
朝倉烈。
今日から私立桜ヶ丘高校の一年生である。
「……高校かぁ」
烈は校舎を見上げる。
「でけぇな」
その隣を、細身の少年が歩いていく。
整った顔立ち。
少し長めの髪。
制服も着崩している。
藤堂隼人。
こちらも一年生。
二人は――
まだ知り合いではない。
この時は。
入学式
体育館。
新入生たちが並んで座っている。
校長の話。
来賓の話。
長い。
とにかく長い。
烈は欠伸を噛み殺していた。
「……眠ぃ」
その少し前。
隼人も同じような顔をしていた。
「長ぇな……」
そして。
二人の視線が一瞬だけ交差する。
烈。
隼人。
互いに、
「……なんだコイツ」
と思った。
それだけだった。
入学式が終わる。
新入生たちが教室へ戻っていく中。
隼人の前に、二人の男子生徒が立った。
どちらも二年生。
「おい」
「藤堂隼人だろ?」
隼人は眉をひそめる。
「……何?」
「ちょっと校舎裏まで来い」
「俺、入学したばっかなんだけど」
「知ってるよ」
二年生の一人が笑う。
「だから呼んでんだよ」
隼人はため息をついた。
「面倒くせぇな……」
だが。
断れば、余計に面倒になる。
「……分かったよ」
校舎裏。
人の少ない場所。
二年生が一人、隼人の前に立つ。
「お前、喧嘩強いって聞いてんだよ」
「誰から?」
「そんなのどうでもいいだろ」
男が拳を握る。
「一年のくせに目立ってんだよ」
隼人は肩をすくめる。
「目立ちたくて目立ってるわけじゃねぇよ」
「だったら――」
男が踏み込む。
「黙らせてやる!」
拳が飛ぶ。
隼人は身体を横へ流した。
「遅い」
男の懐へ入り込む。
――ドンッ!
腹へ一撃。
「ぐっ……!」
男がよろめく。
隼人はそのまま回り込む。
「悪いけど」
足を振り抜く。
――ドゴッ!
男が地面を転がった。
「俺、喧嘩売られるの嫌いなんだよ」
男は立ち上がろうとする。
だが。
足に力が入らない。
「……くそっ」
隼人は制服の襟を直す。
「終わり?」
その瞬間。
周囲から人が出てきた。
一人。
二人。
三人。
五人。
「……は?」
隼人の表情が変わる。
「おいおい……」
二年生たちが取り囲む。
「タイマンだなんて言ってねぇぞ?」
「……汚ぇな」
隼人が構える。
「一年一人に何人がかりだよ」
「うるせぇ!」
一人が突っ込んでくる。
隼人が蹴り飛ばす。
だが。
横から別の男が迫る。
「くっ!」
避ける。
さらに後ろ。
「……マジかよ」
完全に囲まれている。
その時だった。
「おい」
全員が振り返る。
校舎の角。
そこに、一人の大男が立っていた。
朝倉烈。
烈は周囲を見渡す。
そして。
少しだけ眉をひそめた。
「何人がかりだよ」
二年生の一人が怒鳴る。
「一年は引っ込んでろ!」
烈は答えない。
ただ。
倒れている男を見る。
囲まれている隼人を見る。
そして。
「……なんか気に入らねぇな」
一歩。
前へ出る。
「何だテメェ!」
烈は拳を握った。
「俺も混ぜろよ」
数分後。
校舎裏には。
倒れた二年生たちが転がっていた。
隼人は息を整える。
烈は何事もなかったように制服の埃を払っている。
「……お前」
隼人が烈を見る。
「強ぇな」
「そうか?」
「そうか?じゃねぇよ」
隼人は苦笑する。
「お前、もしかして……」
一瞬。
烈の顔を見る。
そして。
「……二中の」
烈が振り向く。
「ん?」
「二中の馬鹿壁……」
烈の眉が動く。
「……知ってんのか?」
「知ってるよ!」
隼人が笑う。
「有名だぜ」
二中の馬鹿壁。
朝倉烈。
中学時代。
何度殴られても倒れず。
何度吹っ飛ばされても立ち上がる。
その巨体と異常なタフさから、いつしかそう呼ばれるようになった。
隼人は少し呆れたように笑う。
「まさか同じ高校だったとはな」
烈は肩をすくめる。
「お前も有名だろ」
「俺が?」
「喧嘩が強いって聞いた」
隼人が笑う。
「まあな」
そして。
「ところで」
隼人が烈を見る。
「お前、こんな所になにしに?」
烈は少し考えた。
「……ちょっと用事あってな」
「用事?」
烈は隼人の肩を叩く。
「そうだ」
「お前、ちょっと付き合えよ」
「……は?」
隼人が目を丸くする。
「なんで?」
烈は笑う。
「助けてやった礼だろ?」
「いや、助けたの俺もだろ」
「細けぇことはいいんだよ」
「いや、細かくねぇだろ……」
隼人は頭を掻く。
だが。
「……まあいいか」
今日初めて会った相手。
なのに。
なぜか嫌な感じはしなかった。
「付き合うよ」
「よし」
烈は歩き出す。
「こっちだ」
しばらく歩いた。
校舎裏。
さらに奥。
そこには――
数人の三年生がいた。
その中心にいる男が、烈を見る。
「来たか」
隼人が立ち止まる。
「……おい」
「何だよ?」
「烈」
「ん?」
「聞いてないぞ」
「何が?」
隼人は三年生たちを見る。
「三年相手なんて聞いてねぇぞ!」
烈は首を傾げた。
「そうだっけ?」
「そうだっけじゃねぇよ!」
烈は平然としている。
「まあ、いいじゃねぇか」
「よくねぇ!」
三年生の中心にいる男が笑う。
「朝倉烈」
「俺たちの話、忘れたとは言わせねぇぞ」
烈はそいつを見る。
「……ああ」
「俺たちはこの辺りを仕切ってる」
男の背後。
その全員が、同じマークの入ったリングをつけている。
ブラック・マジシャン。
地元で名の知れた半グレ集団。
そして。
この学校の三年生たちは、その中心にいた。
さっきの二年生たちも。
この男たちの後輩だった。
男が一歩前へ出る。
「俺たちの仲間になれ」
烈は即答した。
「嫌だ」
「……そうか」
男の笑顔が消える。
「なら、力ずくで入ってもらう」
周囲の三年生たちが一斉に前へ出た。
隼人が拳を握る。
「……マジかよ」
烈は笑っている。
「やるしかねぇな」
「だから!」
隼人が叫ぶ。
「三年相手なんて聞いてねぇって!」
烈は隼人を見る。
「でもよ」
「……?」
烈が拳を握る。
「さっきより面白そうじゃねぇか」
隼人は一瞬、黙った。
そして。
「……はは」
思わず笑ってしまう。
「お前、ホント馬鹿だな」
「よく言われる」
「そうかよ!」
隼人も構える。
「だったら俺も付き合うぜ」
烈が隼人を見る。
「お前、一年だろ?」
「お前だって一年だろ」
「そうだった」
「馬鹿か!」
三年生たちが一斉に襲いかかる。
「行けぇ!」
烈が真正面から突っ込む。
――ドゴッ!
一人。
――バキッ!
二人。
――ドンッ!
三人。
「うおおおおっ!」
烈が吠える。
その横を隼人が駆け抜ける。
「そこ!」
――ドゴッ!
蹴り。
「ぐあっ!」
さらに回転。
もう一人の顔面を蹴り抜く。
「エロ……じゃねぇ!」
自分で何を言っているのか分からず、隼人は首を振った。
「今のは忘れろ!」
烈が爆笑する。
「なんだ今の!」
「うるせぇ!」
二人は背中を預ける。
「右、任せた!」
「左は任せろ!」
「行くぞ!」
「おう!」
烈が拳で道を作る。
隼人が蹴りで敵を吹き飛ばす。
圧倒的な体格。
圧倒的な脚力。
二人の戦い方は全く違う。
それでも。
妙に噛み合っていた。
最後の一人が倒れる。
静寂。
烈と隼人は顔を見合わせた。
「……勝ったな」
「……ああ」
そして。
烈が笑う。
「お前、イケメンで強いとか反則だろ?」
「は?」
烈が隼人の首に腕を回す。
「何なんだお前は!」
「痛ぇ痛ぇ!」
隼人が烈の腕を叩く。
「離せ馬鹿!」
「お前の方が馬鹿だろ!」
「どっちも馬鹿だよ!」
二人は顔を見合わせる。
そして。
同時に笑った。
その日から。
二人は、なんとなく一緒にいるようになった。
特別な約束をしたわけじゃない。
昼飯も一緒。
放課後も一緒。
喧嘩も一緒。
教師に怒られるのも一緒。
いつの間にか。
周囲からは、
「あの二人、いつも一緒だよな」
と言われるようになった。
そして数日後――。
放課後。
桜ヶ丘高校の屋上。
烈と隼人がフェンスにもたれている。
二人の手には電子タバコ。
校舎から離れた場所で、こっそり一服していた。
隼人が煙を吐き出す。
「……なぁ」
「ん?」
隼人は横目で烈を見る。
大きな身体。
無駄に堂々とした態度。
そして。
何も考えていなさそうな顔。
「お前さ」
烈が振り向く。
「何だ?」
隼人は少しだけ笑った。
「バンドやらない?」
烈が固まる。
「……」
数秒。
そして。
「は?」
――第1話「馬鹿壁とエロ脚」――完。




