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波濤の王冠 カラカウアの遺産  作者: ゆうき
日清日露戦争 連合王国の更なる飛躍
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ロシアの状況と日本の国内情勢

ロシア軍は日露開戦以降連戦連敗であり宮廷内では満州軍司令であるクロパトキンを非難する声が日々強まっていく事になる。

遼陽会戦での敗北は宮廷内でクロパトキンに対する不信感を高めグリッペンベルクを第二満州軍の司令として奉天に送り込むという決断を宮廷に下させることになった。

クロパトキンとしてはあくまでも日露開戦前の日本軍を満州奥深くまで誘い込んだ上での撃破を目標に掲げていたが極東総督アレクセーエフからの旅順救援を優先せよとの意見の食い違いも大きくあくまでも兵力を集めてからの攻勢という判断に無理が出始めていた。

遼陽会戦での敗北以降政治的圧力はなお強まり、クロパトキン自身も遼陽での敗北は作戦計画通りの撤退とは主張し難くなっていた。

宮廷としては国内は勿論欧米諸国向けのアピールとしてもロシアはまだ負けてない事を示す政治的必要性が高まりクロパトキンには日本軍に対する攻勢作戦を実施する圧力を強め続けていた。

圧力を受けて旅順救援を行いつつ日本軍主力を撃破すべく攻勢に出て発生した沙河会戦であったが結果はロシアの敗北に終わりクロパトキンは準備不足の中行った攻勢であり、旅順救援の為に兵力を集中出来なかった事が敗因であると報告を行った事で宮廷からの不信感は頂点に達する事になる。

また沙河会戦勃発前には宮廷の期待を背負い、グリッペンベルクが第二満州軍司令として奉天に送り込まれる事になる。

グリッペンベルクは猛将として知られておりグリッペンベルクが到着する事で極東での戦争で優位に立つ事を期待していた。

また沙河会戦が勃発した10月15日には新鋭戦艦が配備されたバルチック艦隊が旅順に向けて出港する事になる。

日露開戦後5月には極東に新艦隊を派遣する事を発表しており、第二太平洋艦隊と名付けられ10月に完成するボロジノ級戦艦4隻を待って訓練に励む日々を過ごしていたがボロジノ級の完成を受けて出撃したのだった。

宮廷のバルチック艦隊への期待は大きくこの艦隊が到着する事で極東の制海権を一気に握り戦争の指導権を握るつもりであった。

だがバルチック艦隊はイギリスドッガーバーク沖にて大事件を起こす事になる。

ロシアはスパイやエージェントを通じて日本艦隊の動きを察知する事に努めており、特に日本と同盟関係にある英国本土を基地として日本海軍水雷艇が出撃してくる可能性を考慮していた。

またロシアが雇ったエージェント達は報奨金目当てに世界各地で日本艦隊を目撃したなどの情報を送り続けておりリヴウから出撃したバルチック艦隊には緊張が走り続けていた。

この時偽情報を日本側がわざとロシアに捕ませていたとも言われているが真相はわからないまでもロシア側には相当な心理的負担を与えていた事は間違いなかった。

10月21日、バルチック艦隊より先行していた工作船カムチャッカが本隊に水雷艇より追跡されているとの電報を打った事で緊張はピークに達した。

夜間、イギリス漁船の明かりを水雷艇と間違えたロシア艦は各所から聞こえてくる攻撃だーといった声や駆逐艦が現れたとの声に惑わされイギリス漁船に発砲、間違えて接近しすぎてしまったイギリス漁船には集中攻撃を加えて撃沈してしまった。

バルチック艦隊司令を務めるロジェストヴェンスキーは副砲の射撃を察知した時には大激怒し、何故漁船に発砲を行っている、よく目標を確認しろ!

と言ったと伝わっている。

だがこの時バルチック艦隊は漁船民の救援を行わなかった事でよりイギリス世論の怒りを買う事になった。

半旗を掲げて帰還した漁船達よりことの次第が報告されこれには時の英国王エドワード7世も怒りを示し英露は交戦寸前の状態となった。

特にこの日はトラファルガー海戦に勝利した記念日でもありなおイギリス世論を沸騰させる事になった。

この事を受けてイギリスは防護巡洋艦に追跡を行わせスペインに入港した際にはスペインに圧力をかけ数日程出港を遅らせたほどだった。

また事件をきっかけにイギリス本土及び植民地では給炭、真水の補給を拒否する事態になり、ロシアの同盟国たるフランスもイギリスとの関係悪化を恐れて殆ど支援ができない状況に陥っていた。

そんな状況の中11月には旅順陥落の報が宮廷にもたらされた。

宮廷としては今更出撃させたバルチック艦隊を引き戻させる事は面子として出来ず、目的地をウラジオストクに変更してなお進撃を続けるように命令した。

また戦力の不足を補うべくバルト海にて出撃せず待機していた旧式艦にも出撃を命令、ネボガトフ提督を司令とした第三太平洋艦隊として送り込む事になる。

この時黒海からも商船に擬装した仮装巡洋艦や補助艦を出撃させたがそれがイギリスに発覚、より英露関係に影を落とす事になった。



そんな中グリッペンベルクが奉天に着任、着任早々から旅順陥落を受けて日本軍第三軍が沙河に到達する前に日本軍に攻撃を行うべきだ主張し続けた事でグリッペンベルクとクロパトキンの対立も表面化して行く事になる。

12月に入ると兵力、弾薬を集めてから攻勢を行いたいクロパトキンと奉天西方から迂回を行い日本軍に攻撃を仕掛けるべきと主張するグリッペンベルクの対立は後々に第二満州軍単独での攻勢作戦を行う事に繋がることになる。




またこの時ロシア国内でも不安な空気が流れ始めていた。

スウェーデンからロシア国内の革命家などに資金を流していた明石元二郎の活躍が大きく、即時終戦を求める派閥や共産主義者達が暗躍していくことになる。




また日本国内でも変化が起きていた。

軍内部における戦果判定が厳格になっていた。

満州軍司令の川上が失敗を隠すよりも失敗を研究して活かすことを重視している事も影響していた。

特に傘下の部隊には隠すことをせず正確な戦果を報告することを求め、もし失敗したとしても叱責はせず、冷静に分析、研究する事で次に活かす事で戦争全体を勝利に導くことを優先していた為だった。

また国内向け報道も比較的楽観的ではあるが完全に楽観的な報道にはせず損害を報道しつつ戦果発表を行っていた。

また国内では外債の募集と並行して国内公債、戦時増税、軍事優先の経済となり、日清戦争時より多い戦死者などにより一時的に社会不安が高まったものの戦況が優勢であり、国内経済も史実よりも強靭となっていたことから結果的には厭戦感情は史実ほど高まらずに済むことになっていた。





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