プロローグ
豊臣政権時の天正18年頃、南蛮貿易のために出港した一隻の日本船が何故かハワイに辿り着いた。
今となっては現在の東南アジア方面に向かうための船が何故ハワイにたどり着いたのか知る由もないがハワイ島のカパアウにたどり着いた。
現地ではある首長族と日本人商人たちは言葉は通じないながらにも交易を試み日本側からは日本刀や銀、銅、硫黄を、ハワイの首長族側からは椰子の実、白檀、タロ芋を受け取り一度帰国の途についた。
帰国後商人達が持ち帰った品に興味を示したのが時の関白豊臣秀吉だった。
普段の南蛮貿易から手に入る品とは違うもの達に興味を惹かれたのだ。
この時秀吉は李氏朝鮮に道案内をさせた上での唐入りの野望を抱いてはいたがスペイン領フィリピン総督に朝貢を求めるような男である。もちろんハワイにも興味を示した。
ただ周辺の朝鮮、明、フィリピン総督と違い規模などもわからないのでとりあえず交易を行う事とした。
これが日本とハワイの記録に残る初の接触となった。
ただやはりこの時代の技術では距離も遠く太閤秀吉も侵略は諦め小規模な交易を行うことも考えたがハワイは様々な首長族が割拠する状況ではまともな交易を続けることも難しく記憶の彼方に忘れられていく事となった。
ただこの数回ではあったが日本とハワイの接触が今後この世界の歴史を大きく変えてゆくことになる。




