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星降りの欠片と瀬戸内の巫女 〜役立たずと言われた研究者が、世界の理を繋ぎ直すまで〜  作者: しいたけ


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第4話 大山祇の少女

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

朝から、研究所のあちこちで人の動きが増えていた。


来客用会議室には資料が並び、総務から県職員用のセキュリティパスが運ばれてくる。地下では、試料の取り扱い手順が何度も確認されていた。


「神社の人間が研究所に来るって、何の冗談だ」


「知らねぇよ。県からの要請らしいけどな」


「しかし、参考人って何を聞くつもりなんだか」


廊下ですれ違う研究員たちの間にも、戸惑いが広がっていた。


品質保証・安全管理本部長の桐野は、朝から地下区画の入室記録を確認していた。

経営企画室長の真鍋は、来客動線から外れる扉に「立入不可」の札を貼らせて回っている。


そんな中、直弦(なおつる)だけは朝から妙に落ち着かなかった。


朝一番で地下の特殊受入室を確認した時、試料そのものは昨日と同じように沈黙していた。

だが、直弦にだけ見える青白い糸は違った。

ケースから南西、海の方角へ向かって伸びる一本の太い糸が、ほんのわずかに震えていた。


何を意味しているのかは、まだ分からない。

ただ、今日は静かには終わらない。

そんな気がした。



午前十一時。


県の公用車に先導される形で、一台の黒いセダンが研究所の車寄せに滑り込んだ。


エントランスに出向いた有馬や真鍋の後ろで、直弦は一歩引いた位置からその様子を見ていた。


セダンの後部座席から降りてきたのは、二人の人物だった。


一人は長身の男だった。

仕立ての良いダークスーツを着こなしている。

その身のこなしは妙に静かだった。


三島(みしま)清成(きよなり)

大山祇(おおやまづみ)神社の神職だという。

県職員へ会釈する角度も、名刺を出す手つきも落ち着いていた。

島の人間というより、外の場を知っている人間に見えた。


直弦の視線は、清成の後ろから降りてきた小柄な影で止まった。


河野(こうの)(みお)

ブレザー制服の少女は、周囲の大人たちに囲まれても目を伏せなかった。

落ち着いているというより、気を張っているだけのように見えた。


彼女は、知らない場所の空気を確かめるように周囲を見ていた。


その彼女がエントランスに入った瞬間。

直弦の視界の端で、地下から南西へ張っていた太い糸が、かすかに震えた。


そこから細い枝のような青白い光が一本、澪の方へ伸びかける。

直弦が目を凝らした時には、もう消えていた。


(……なんだ、今のは)


直弦は思わず眉をひそめ、少女の姿をまじまじと見つめた。


この場の誰とも違う。

少なくとも、糸は彼女にだけ反応した。


応接室に通された一行を前に、名刺交換と形式的な挨拶が交わされた。


「遠路はるばるご足労いただき、恐縮です。私は品質保証・安全管理本部長の桐野と申します。しかし……」


桐野の視線が、ソファの端に座る澪へ向いた。


「県からの要請で受け入れはしましたが、まさか本当に高校生を連れてくるとは」


そこで一度言葉を切り、今度は三島へ視線を戻す。


「ここは危険物を扱う施設です。常識的な判断とは思えませんな」


「ご懸念は尤もです」


三島は一度だけ頷き、桐野の視線を受け止めた。


「ただ、今回の件が、単なる流星群による落下物ではない可能性があると、我々は考えています。彼女を連れてきたのは、それを確かめるためです」


直弦は桐野の後ろに立ちながら、三島の言葉を半分聞き流し、澪の様子を観察していた。


指先。表情。呼吸。

どこかに異常が出ていないか、直弦は無意識に探していた。


それが人を不快にさせる目だということには、気づいていなかった。


不意に、澪が顔を上げ、直弦を真っ直ぐに睨みつけた。


「何か」


彼女の声は低く、刺々しかった。


応接室の空気が一瞬止まる。


「……いや。別に」


直弦がそう返すと、澪は不快感を隠そうともせずに眉を寄せた。


「そういう目、好きじゃないです。私に何か付いてますか」


「付いていないから、見ているんです」


澪の眉間に皺が寄った。

志保が小さく咳払いをして間に入らなければ、そのまま空気はもっと悪くなっていたはずだ。


「越智くん。見過ぎ」

志保が、小声で釘を刺した。


三島が静かに口を開いた。


「彼女は大三島(おおみしま)で、古い聞き書きや神社周辺の記録に関わってきました。今回の物質は、神社に残る一部の記録と特徴が似ています。記録だけでは拾えない現地の感覚も含めて、確認を入れておきたいのです」


「感覚、ですか」


桐野が鼻で笑うような音を立てた。


「ここは科学の場です。勘や霊感のようなもので危険物を語られては困りますね」


桐野の言葉に、三島はすぐには答えなかった。

澪も、黙っていた。


直弦は、その黙り方を知っていた。

言っても信じてもらえないと分かっている人間は、ああいう顔をする。


それは、直弦にも覚えがあった。だが今は、そこに引っかかっている余裕がなかった。


「では、現物をご確認いただきましょうか。地下へご案内します」


真鍋の一言で、一行は応接室を出る。


地下へ向かうエレベーターの中で、直弦は澪の前に半歩出た。

清成がそれに気づき、わずかに目を細める。


直弦の目には、階下へ近づくにつれて、澪へ向かって伸びようとする青白い糸の震えが激しくなっているのが見えていた。


それは、何かを探るように、じわじわと寄ってきていた。


(この()を、あれの前に立たせていいのか)


直弦は本気で警戒し始めていた。

だが、糸が寄っているから危ない、などと説明しても通じるはずがない。


「……少し下がって歩いてください。その線の内側には入らないで」


チャンバーの前に着く直前、直弦は澪に向かって低く言った。


澪は怪訝な顔をして直弦を見上げた。


澪には、直弦がただ神経質な研究員にしか見えていなかった。

反発するように、彼女は無言で一歩だけ距離を詰めた。


防爆ガラスの向こう側、気密チャンバーの中に、ゲルで覆われたケースが据えられていた。


澪がガラス越しに、その試料を見ようと近づいた。


その時だった。


澪の呼吸が、ヒュッと音を立てて止まった。


足元が微かに揺らぐ。

目は、ガラスの向こうの試料に縫い付けられたように動かない。


他の人間には、ただの珍しい石にしか見えないはずだった。

だが、澪の顔から血の気が引いていく。


直弦にも、ガラスの向こうから潮と土と鉄錆を混ぜたような気配が押し寄せてくるのが分かった。


直弦の視界に、ざらついたノイズが走った。


(っ……!)


直弦は奥歯を噛み締めた。


試料から南西へ伸びていた太い青白い糸が、急に震えた。

遠くへ張っていた糸が、一気に引き戻された。

そして、その先端が防爆ガラスを抜け、澪の方へ真っ直ぐ向き直った。


「澪? どうした」

三島が異変に気づき、澪の肩に手を伸ばそうとする。


「下がらせろ! 彼女をそこから離せ!」

直弦の怒鳴るような声が、観察室に響いた。


桐野も有馬も、直弦の突然の声に一瞬動きを止めた。


だが、遅かった。

澪が苦しそうに自分の胸元を強く掴んだ瞬間、チャンバーの中のケースを覆っていたゲルの表面に、バリッと音を立てて新たな白い亀裂が走った。


直弦と澪の耳の奥で、同時にあの硬い金属を叩くような耳鳴りが爆発する。


三島が澪を庇おうと一歩前へ出た。だが直弦には見えていた。澪の背中に、空間の歪みのような薄い青白い結び目が浮かんでいた。


そして、その一点へ向かって、試料から伸びた太い糸が吸い寄せられるように伸びていた。


「触るなッ!」


直弦は糸に向かって手を伸ばした。


その直後、試料から伸びた青白い糸が、澪の内側にある何かへ、音もなく結びついた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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