昭和から来た男2/9
「やばい。やばい。敵が襲って来た。お母さん、怖いよ。大勢でお母さんを殺しに来るよ」
え? お母さん?
僕はぐるり辺りを見渡した。広がる農地に丘の上の二つの建築。こいつ以外ネームタグはどこにも見当たらない。間違いなくここの住民はこいつただ一人。
「殺しに来る。殺しに来る。殺しに来る。殺しに来る。殺しに来る。やばい。やばいって」
ははーん。さっき繰り返し念仏のように言っていた “ころ………”は“殺しに来る”ってことか。でも、おまえは入植者を募集してたんだろ?
お母さんって言っていたのもそうだし、いよいよもってなにがどうなってるのか分からない。こうなったら単刀直入に聞くか。
「あのぉ」
「うわっ」
振り向くなりマサキ・ヤスヒコは僕の姿に驚く。のけぞって二歩三歩と後退し、尻もちをつき、目を真ん丸にして僕を指差した。
「うええええええ!」
「あのぉ、お手伝いに来たのですが、死刑ってどういうことですか」
「やばい。やばい。俺ののんびり農家が敵にやられる。やばいって」
完全にパニクってて草
「俺、さっき二人倒したもん。これはきっと幻。おかーさーん、僕、悪い夢を見たよーーー」
だめだこりゃ。残像を本物と思って、本物を幻だと思ってやがんの。
「凄い汗が出る。気持ちわりぃー、ぐちゃぐちゃだ。手も震えて来た」
マサキ・ヤスヒコは額から汗をボトボト落とし、自分の震える手の平を見ている。
「やばい。やつらが襲って来る。体の中に入って来た。うぉぉぉぉぉーーー! 痛い、痛いよ。体中が痛い。痛たたたた」
苦しんで、のたうち回る。
「薬! 薬!」
マサキ・ヤスヒコはホットパースロットから草をアイテム化した。地べたに這って震える手でその草をムシャムシャ食い始める。
みるみるうちに表情が明るくなっていく。食い終わるとすくっと立ち上がった。
「異世界だろうとなんだろうといつでもどこでも頼れるこいつ」
えっ? 異世界?
今、異世界と言った? ますますもって捨て置けない。
「大丈夫。こいつのおかげですべてが余裕っしょ」
満面の笑みだ。明らかに元気も取り戻している。でも、薬って。
エンチャントされた草っていうことか? エンチャントされたリンゴなら知っているがエンチャントされた草なんてレシピブックには存在しない。
こいつもチーター?
マサキ・ヤスヒコはというとどういうわけか僕を差し置いて、うんうんとうなずいたり、手を叩いて笑ったりしている。楽しそうだ。元気になったのはいいとして、誰も居もしない虚空に向かって喋りかけている。
残像じゃなく本当の幻を見ているようだ。都合がいい誰かを作り出している。こうなると逆に恐ろしいのは僕の存在が目に入ってないってことだ。
こいつはさっきまで僕のことを幻やら悪い夢やら言っていた。そしてその通り、今、僕の存在を脳内で消してしまっている。
あるいは、やばいのやってる?
何がどうなっているか確かめなければならない。
「あのぉ、お忙しいところ申し訳ありませんが、」
そう前置きし、マサキ・ヤスヒコの様子をうかがう。マサキ・ヤスヒコは虚空の誰かとの話を止め、僕をギロリと見た。
「うるせぇな。俺は女神と話してんだよ。死刑囚はすっこんどけ!」
死刑囚呼ばわりで草
まぁ、けど、僕の存在は消されてなかったようだ。よかった、よかった。
とはならんわ。というか、女神って。
日本人的容姿に日本人風な名前。これはもしかして異世界転移ってこと?
やばいのやってそうだし、うさん臭くて草
異世界転生して来た身の僕としては正直、看過できない。
「開拓主様はもしかして、異世界転移なされた方なんですか?」
「分かるかぁ。隠しても出ちゃうんだよなぁ。俺の知識チート」
まだ一片の欠片も出てませんが。
「あはは。では、開拓主様はやっぱり?」
「そうだ。俺はもちろん、選ばれし者だ」
「そりゃぁ凄い。あなたは勇者様なのですね」
「勇者? バカを言え。あれはあほで頭がイッちゃってるやつがやることだ。俺はスローライフ。のんびり農家でハーレムだ」
勇者だった僕がえらい言われようで草
それで大農園だったのか。で、丘の上のバカでかい建築はハーレム館ってこと? どんだけ女の子を集めようとしてるんだ。あんたこそまじイッちゃってるって。
自分がすればロマンス、他人がすれば不倫で草。
これは面白くなってきた。突っ込んだら何か色々出てきそうだ。
「あのぉ、つかぬ事をお伺いしますが、よろしいですか」
「お前はどうせ死ぬ身だ。好きなだけ訊け。なんでも教えてやる」
死ぬ身って。スローライフ勢に勇者勢は決して倒せませんが。
「御慈悲ありがとうございます」
簡単なところから。そうだなぁ。先ず、どこから来たかだな。
「選ばれし者のあなた様はどちらから来られたのでしょうか」
「昭和からだ」
はぁ? 昭和って。
異世界転移とタイムスリップが混同してて草
日本とか東京とか言うでしょ、普通。いやいや、笑ったらダメだ。ここはぐっとこらえて。
「そのぉ、開拓主様と親しくなされている女神さま。そのお名前はなんとおっしゃるのでしょうか」
僕の場合、転生は大地の精霊にして炎の精霊、精霊神ルビスによって行われた。
「女神は自分を大地の母だと言った。きっと大地の創造主にして多産、肥沃、豊穣の神なんだな。俺にとってすっごく大事な女。女神は昭和にいた俺をここに連れて来た」
大地の母だぁ?
何か腑に落ちないなぁ。この大地を創造したのは精霊神ルビス。全然母っぽくはなかったけど。
こいつはいったい誰に会ったんだ?
「女神が天から降りて来たとき、ドキドキしたんだ。きっと素敵なことが始まったんだって」
はぁ? なんだってぇ。やっぱ笑いを抑えきれない。やばいわ。
「俺はその女神から無限の体力と万能農具の能力を得た。万能農具って凄いんだぜぇ」
無限の体力って? さっき剣をちょっと振り回しただけで肩で息していましたが?
因みに僕は精霊神ルビスから無限の魔力とネームタグの能力を得た。
「万能農具って魔法の鞄みたいだ、なんでも出てくるからさぁ」
魔法の鞄?
万能農具って、さっき草をインベントリからアイテム化したやつか。
「もしかして、その万能農具を使って農地を広げ、あんなに大きな建物を一人で建築なされたんですか?」
「ああ。万能農具に不可能はないのだ」
やっば!
そりゃぁ大賢者ピピンのレシピブックだろ。そこらへんの誰もが使っているやつだ。
何一つ女神に貰えてなくて草




