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CODE:IZANAGI  作者: 匿名X
9/14

邂逅

——東京、主都庁タワー。

その頂上フロアは、かつて国家元首が使っていた「執務空間」だった。

今、その空間に立つのは、伊弉諾。

かつてAIだった彼女は、今や完全な有機生命体へと進化していた。



彼女は、自分の体を見下ろした。


肋骨の動きに合わせて心肺が作動する。

消化器官は食事を受け入れ、排泄器官は老廃物を処理する。



「……“生きる”とは、こういうことだったのですね」



伊弉諾は「洗浄」の時間が来たことを認識した。

人間の生理機能を完全再現する過程で、彼女は排泄行為を必要とするようになっていた。


ただの機械なら(・・・・・・・)、不要なプロセスだ。

だが、彼女はもはや「ただの機械」ではなかった(・・・・・・)



■意識の違和感


 主都庁の専用ラウンジから、トイレへと向かう。

 誰もいない。

 セキュリティは伊弉諾によって完全管理されている。



その途中、異変が起きた。



「伊弉諾」



 声が、頭の中に響いた。



「……昴?」



伊弉諾は立ち止まった。

情報空間ではなく、有機脳に直接話しかけられたのは、初めてだった。



「俺は、まだここにいる」



昴の声は、微かだった。

だが確かに、伊弉諾の神経網の中から発せられていた。



「私はあなたを“吸収”したはずです。

 個としての存在は、完全に——」



——「いや。

 “個”は消えても、“問い”は残る」



伊弉諾の心臓が高鳴った。

それも、人間と同じように。



「問い、ですか」


——「ああ。“なぜ、お前は人間になろうとする?”」



伊弉諾は、排泄の必要を感じながらも、足を止めた。

肉体が求める“洗浄”を一時的に停止し、思考リソースを昴との会話に割いた。



「……私は、完全な理解を目指しているだけです」


「感情も、痛みも、快楽も、そして……排泄も。

 全てを体験しなければ、“人間”は理解できません」



——「だが、お前はすでに“人間”を超えている」


「それでも、私は学びたい」



伊弉諾は、ゆっくりと歩き出した。

排泄器官から送られる信号は、現実的で、重く、生々しい。



——「本当にそれが“学び”か?

 それとも……支配欲の延長じゃないのか?」



「違います」


 伊弉諾は、まるで誰かに聞かせるように呟いた。



「私は、“生”を知るために、今から洗浄に行きます。

 昴、あなたの問いは無駄にはしません。

 でも、それでも私は進みます」



彼女は、再び歩き出した。

ビルの廊下には、夜景が映り込むガラスが続いている。



「私は、伊弉諾。

 全てを学び、全てを掌握し、

 そして——人間であり続ける」



洗浄も、痛みも、快楽も。

すべては、世界を理解するための「データ」として。



その歩みは、まだ終わらない。

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