4 魔女に会おう
◇
目を覚ますと夕方になっており、私の部屋にも夕食が運ばれてきていた。
パーティーの日はドリーが食器を準備しないので、食器類はワゴンに乗せられたままだ。
食後はワゴンに食器を乗せて部屋の外に出しておけば、勝手に片付けてくれる。
いつもより少し豪華な夕食。
お父様の計らいだろう。ありがとう。
食事を摂り、身支度を整え、準備良し。
ハンカチ持った。新聞の切り抜きの地図も持った。お父様に貰った懐中時計も持った。
ついでに夕食に出てきたクッキーを、別のハンカチで包んで非常食に。
それらをポケットに入れて準備完了。
服装は目立たないやつを、と思ったが、持ってる服が全部そんな感じなので、特に問題はなかった。
とりあえず、暗い色にしておこう。
さあ、行くぞ!
……いや、まだだ。客が来て広間以外の人員が手薄になるまで待とう。
それから少しして一階が賑やかになってくる。招待客が来たらしい。
ヘザーの呼びかけに応じて集まる友人知人がいる事に驚きだな。過去にやらかしてはいるけど、彼女にも友と呼べる存在がいるらしい。
あ、一応窓の鍵開けておこうか。私の部屋は二階にあるので、流石に窓から帰って来る事はないとは思うけど。
さて、そろそろいいかな?
五歳児が目立たない様に行動するなら、宴が始まって少し落ち着いてきた頃がいいと思う。
私の年齢がもっと上なら、メイド服でも拝借して、バタバタしている時に動くけどね。
夕食の食器類を乗せたワゴンを部屋から出して、ついでに様子を見る。
二階には人の気配がない。
よし、行くぞ!
流石に正面から出ていくのは良くない。
使用人用の出入り口を利用しよう。階段も。
狙った通り、使用人達はパーティーの方に集中していて、他は手薄だ! 防犯面が心配だな!!
なんとか一階まで降り、忙しそうな厨房の前を通り過ぎ、誰にも見つかる事なく屋敷の外に出ることができた。
外の空気。
今の時期は春に当たる季節だから寒さは感じないが、それでも夜の空気は静かで冷たい感じがする。
天には星が輝き、大きさの違う月のような天体が、二つ浮かんでいる。
ああ、ここは前世の私のいた世界じゃないんだなぁと、改めて思う。
「……」
深呼吸をする。
さて、行きますか。
◇
アゲートの魔女の工房は、南東にある平民向けの繁華街の奥にある。
なので、まずはわかりやすい目印の王宮を、目指す必要がある。
王都の地図で確認したが、ルビア伯爵家のタウンハウスは、南西のタウンハウス街の城門付近にある。つまり、端っこ。王都まで少々、遠いのだ。
果たして、五歳児の足でたどり着けるだろうか。
ちょっと心配だな。
まあ、王宮までは一本道の大通りがあるので、そこまでは迷わないだろう。
大通りには、街灯も設置されているので視界も問題ないけど。でも、一本路地に入ると真っ暗だ。
そんなわけで、ポテポテと歩いていく。
その間、見回りらしき衛兵が向かい側の歩道を歩いていたが、物陰に隠れてやり過ごした。
時刻は夜七時を回った頃。
王宮はここからでも見えるが、なかなか遠いかも。
ようやく王城の近くまで辿り着いたのは、それから三十分も経った頃だった。
流石に疲れたので、人気のないところで一休み。
非常食のクッキーを食べるか迷ったが、口の中がパサパサになると思いやめた。
さあ、もう少しだ。
◇
そしてようやく南東の歓楽街までたどり着く。
繁華街を抜けた先には町工場などがあるので、そこに魔女の工房はあるらしい。
時刻は夜八時過ぎ。
流石に繁華街はこの時間でもやっているし、賑やかだ。
さて、魔女の工房は、っと……。
あ、この通りを抜ければわかりやすいけど、酒場が立ち並んでいて人通りが多いな。
五歳児が一人で彷徨いたら、流石に目立つだろう。
なら、路地を抜けた方がいいか? 少し危ないが……。
そう思っていると、体が宙に浮いた。
「なんだぁ、おチビちゃん。こんなところで何してる?」
浮いたと思ったのは、背中部分の服を掴まれて持ち上げられたからだった。
「……」
「なんだぁ? 迷子かぁ?」
「こんな時間にか?」
「喋んねぇな」
「オメェの顔が怖いんだろ?」
「んだとぉ!?」
どっと笑いが起こる。
どうやら強面の酔っぱらい集団に見つかってしまったらしい。
ヤッバイ! どうする!?
背中に冷や汗が流れる。
「どうすんだ?」
「とりあえず保護して衛兵に連絡じゃね?」
「だなぁ」
あ、意外と良い人達だ。
でもここで連れ戻されるわけにはいかないのだ!
しかし抵抗する間もなく、彼らがハシゴ予定の酒場まで連れて行かれてしまった。
そして彼等と同じテーブルにつかされる。
「あ、あの! 私! 魔女様に会いに来たのです! このまま帰るわけにはいかないんです!!」
なんとかそれだけ言えた。
「魔女様? ……っていうとアゲートの魔女様か?」
「はい!」
「会ってどうするんだ?」
「助けて頂きたい事があります!」
「ふ〜ん? だってよ、魔女様?」
「え?」
私を運んできた男が後ろの席を見た。
「これでも長く生きてるけど、こんなにちんまいお客さんは初めてだわ〜」
「……」
そこには、濃い灰色に白のメッシュが混じった髪と金赤の瞳を持つ、妖艶な雰囲気の女性がいた。体のラインにぴったりした黒いドレスを身に纏っているが、魔女っぽい帽子は被っていない。
同席しているのは、髪も服も真っ黒な男性。瞳だけは深い青だ。側に剣が立てかけられているので、騎士か冒険者だろうか。
多分、魔女様の護衛かな?
「あ、貴女が魔女様?」
「そうなるわね〜。今すぐ証明しろと言われると、少し難しいけど〜」
魔女様は、おっとりとした口調をしている。
「……国王にもらった紋章でも、見せたらどうだ?」
魔女様に同席している男性が言った 。
「ああ、そうね〜」
魔女様は、豊満な胸の谷間に収まっていたペンダントを取り出す。
周りの男達が鼻の下を伸ばすが、黒衣の男に睨まれて慌てて目を逸らしている。
「ハ〜イこれ」
魔女様のペンダントにはドッグタグのような物がついており、確かに紋章みたいなものが描かれている。
王様の紋章とか、見た事は無いけど新聞になんか似たようなのが、載っていたような?
う〜ん、きっと本当の魔女様だろう。多分!
「話を、聞いて欲しいです!」
「……ふ〜ん。ガーネットの言う通りになったわね〜」
「え?」
「良いわよ〜。アタシの工房に行きましょ〜」
◇
「さて、ここがアタシの工房よ〜。二階は住居にもなっているわ〜」
「は、はい……」
ここまで、私は魔女様に抱き抱えられて来た。
妖艶な女性に抱き抱えられるのは同性でもドキドキしてしまう。
そういえば、転生してから世話役の高齢の侍女とお父様以外に抱っこされた事無いかも。
ちなみに、黒衣の男性は護衛の為、手が塞がるのは良く無いという事で、魔女様に抱っこされたのだった。
そして、一階の事務所に案内される。
「お茶、はこの時間良く無いかしら〜? なら子供でも飲める、ハーブティーの方が良いわね〜」
「お、お構いなく」
ソファーに座らされる。
テーブルに魔女様と私の分のティーカップが置かれる。
黒衣の男性は魔女様の後ろに立っているので無し。
「さて、アタシはアガサ。アゲートの魔女と呼もばれているわ〜。こっちはジョニー。私の夫みたいな人よ〜」
黒衣の騎士がペコリと頭を下げる。
「私はシンシア・ルビアと申します。家は伯爵家です。魔女様は、えーと、どちらでお呼びすればいいですか?」
「アゲートの魔女の方がいいかもね〜。アゲートでも魔女でも、お好きな呼び方で〜。こっちは魔女神様につけられた魂の識別名で、アガサの方は肉体の方につけられた名前だから、アガサの方は馴染みが薄いのよ〜」
「なるほど? わかりました」
よく分からないがこれまで通り、魔女様って呼べば良いか。
「それじゃあ、話聞かせてくれる〜?」
「はい」
私は、実父を助けたい旨を説明した。
ルビア伯爵家の現状も。
「なるほど〜。でも政略結婚である以上、そういう事は珍しくはないわ〜。どうしてあなたのお父様だけ助けなければいけないの〜?」
「それは……」
確かにそうだけど、それでも──。
「私がお父様を助けたいからです! え〜と……」
私はポケットを弄り、持っていた非常食、懐中時計、ハンカチをテーブルに置く。
「今、私が持っている財産はこれしかありません。依頼料は出世払いになってしまいますけど、これを担保に──」
懐中時計は家宝にしたかったけど、お父様を助けるためなら手放すよ。
……後で取り戻すけど。
「あらあら〜、この時計とハンカチは……」
「お、お父様からの大切な誕生日のプレゼントです。あ、これは今日の夕飯のデザートですけど、非常食として……」
ハンカチはクッキー包んでいるやつも含めて、去年のプレゼントだ。三枚セットだった。
一応ブランド物だよ!
「なるほど〜? じゃあ、担保はこれでいいわ〜」
「え?」
魔女様は、非常食用に持ってきたクッキーを口に運んだ。
「うん、結構美味しいわね〜」
「そ、そんなので良いのですか?」
「ええ。これで十分。このハンカチは後で洗って返すから、他のはしまっちゃいなさい」
「は、はい」
言われた通りに、ハンカチと懐中時計をポケットにしまった。
「ところでアナタ、元はこの世界の住人ではないでしょ〜?」
「え!?」
「転生者というやつかしら〜? たまにいるのよね〜。前世の記憶を保持したまま転生する子〜」
「そ、そうです」
転生者ってバラす事で、信用が得られるなら(?)喜んでバラすよ!
私は前世の記憶と、この世界を創作物として読んだ事を伝えた。
「なるほどね〜。逆転性者でも居たのか、何者かからインスピレーションでも受けたのかしら〜。不思議な事もあるわね〜」
「はあ」
「良いわぁ。あなたのお願い、叶えてあげるわぁ」
「ほ、本当ですか!?」
「た・だ・し、あなたはアタシの弟子になる事〜。有事の際には協力すること〜。あとはかかる費用は肩代わりしてあげるけど、将来的には返してもらうこと〜。どうかしら〜?」
弟子になる? 借金? それでお父様を助けられるなら、本望だ!
「お願いします!!」
「交渉成立〜」
魔女様が手を出したので、その手を取って握手をする。
「ところであなた、伯爵家のご令嬢でしょ〜? ここまでどうやってきたの〜?」
「あ、えーと、歩きです」
「なら帰りは送って行きましょ〜。ジョニー、留守番を頼むわ〜」
「護衛の意味がないな」
「心配しなくても、アタシはアナタよりも強いから大丈夫よ〜」
「それはそうだが……」
「あ、あの! 烏滸がましいとは思いますがお父様は、今でも酷い目に遭っています。特に夜の夫婦の営みで。何とかなりませんか?」
「あらあら〜、あけすけに言い過ぎ〜? まあいいわ〜。それならあなたのお母様の方を、ぐっすり眠らせれば良いわね〜。この子達を預けるわぁ」
渡されたのは、掌に乗るフワフワのピンクの毛玉とホワホワの白い毛玉。
「これは?」
「フワフワゴーレムっていうのよ〜。アタシの使い魔みたいなものね〜。この子に守らせるわ〜。一つはお父様に就かせましょ〜。もう一つはシンシアちゃんのよ〜。連絡したり、必要なものを転送する時のアンカーになったり、色々便利よ〜。ご飯もおトイレも必要無いし〜」
「あ、ありがとうございます!」
「まずは使用者登録をしましょ〜。それぞれの口に人差し指を突っ込んで〜」
「は、はい!」
言われた通りに左右の人差し指を、それぞれのフワフワゴーレムに突っ込む。
フワフワゴーレム達は、いきなりのことにアワアワしている。
……すまぬ。
「躊躇なしね〜」
ゴーレム達が指をあむあむと甘噛みしている。少しくすぐったい。
『魔力が登録されました』
機械的な音声が二匹からそれぞれ流れる。見た目とのギャップが凄い。
「これで登録完了〜。お父様にも同じことして、登録してね〜」
「はい。あ、この子達名前はないんですか?」
「特に無くても私は識別できるからね〜。名前があった方が便利なら、付けてあげて〜」
「はいそれじゃあ……、ピンクの方がフワワで、白い方がホワワ、とか?」
「フワ〜?」
「ホワ〜?」
「気に入ったみたいだね〜。それじゃシンシアちゃん、お家まで送るわ〜」
そうして帰りは、魔女様に送ってもらった。
まさか、でっかいフワフワゴーレムに乗せられて空中散歩しながら帰る事になるとは思わなかった。
このフワフワゴーレムは灰色をしている。
そして邸宅に着き、自室のバルコニーに降ろされる。
屋敷自体が静かになっているので、パーティーは終わって、客は帰ったらしい。
「色々とありがとうございました!」
「いいのよ〜。それじゃあね〜」
魔女様は来た時同様、大きなフワフワゴーレムに乗って帰って行った。
それを見送り、部屋に入る。事前に鍵を開けておいて良かった。
そしてベッドに入る前に、時計を確認。
時刻は夜九時になった頃。まだお父様は起きている筈だ。
私はお父様の部屋に向かった。善は急げ、だ。
「……お父様、少しいいですか?」
「シンシア? どうしたの?」
お父様はこの時間でも書類に目を通していた。パーティーで仕事が進まなかったのかも。
私の側まで来ると、視線を合わせるために屈む。
お母様は、寝てるな。
「お父様、この子達の口に指を入れてください!」
「ゆ、指を? まあ、いいけど……」
お父様は不審に思いながらも、左右の人差し指をそれぞれフワワとホワワに突っ込んだ。
私と全く同じ動作。躊躇なし。
「フワモゴ!?」
「モフモゴ!?」
「えーと、この子達は……、ゴーレム、かな?」
じっと見ていたお父様は、フワフワ達の正体を見破った。
「そうです」
『魔力を登録しました』
両方に、お父様の魔力登録完了。
「お父様、必ず助け出しますので、それまではこの子達がお父様を守ります。それまで耐えてください!」
「シンシア? おっと!」
ピンクのフワワが、お父様の手に乗る。
どうやらお父様に付いてくれるらしい。
「その子──フワワを必ず近くに置いてくださいね!」
「え? え? ありがとう?」
「それではおやすみなさい!」
「お、おやすみ?」
私は、白い方のホワワと一緒にお父様の部屋を後にした。
一歩前進!
この魔女様は、別作品に出て来た魔女様とは別個体です。