3 この世界の事
◇
気付くとお昼になっていた。
ドアがノックされ、ドリーが食事を運んでくる。
なので聞いてみることにした。
ちなみに、食事は自室で摂るように言われているよ!
食堂を使ったことはないよ!!
家族団欒? なにそれ美味しいの?
「ドリーは魔族や獣人族の人に会ったことはある? 彼らはこの国に住んでる?」
「魔族や獣人族……ですか? 会ったことはないですね。この国に住んでいるかどうかも、存じ上げませんね〜」
「そう……」
まあ、そうか。
なら、聖女関係の方で、調べてみる?
確か、聖女は神殿に常駐しているんだよね。
五歳児が行って話聞いてもらえる?
まあ、不幸な子供を見捨てるとは思えない。でも、貴族の子供だと話が違ってくるよね……?
一時的に保護されても、すぐに親元に戻されそう。
そもそも、私一人だけが助かっても意味がない。
「ああ、でも魔女様ならこの国に住んでますよ?」
「え? 魔女様?」
「はい。私は、会ったことはありませんが……それでは、失礼します」
「え? ちょっ!?」
配膳が終わると、ドリーはさっさと部屋を出て行ってしまった。
普通、食べ終わるまで控えてない?
まあいいか。
とりあえずお昼食べよう。
メニューは、サンドイッチとスープと紅茶。
冷遇はされているけど、最低限の衣食住は保証されているんだよね。
魔女といえば、この国の大昔の危機を助けたのも魔女だったな。さっき読んだ地理の本に少し書いてあった。
さっさとお昼を食べ終わると、今度は魔女について調べてみることにした。
魔女とは。
魔女神の魂の半分をさらに分割して、生み出された魔女神の〝分身体〟。
百体前後存在しているが、神代以降はすべての魔女が同時期に全員存在したことがないので、総人数は不明。
肉体が滅んでも、前世の記憶と魔力を保持したまま転生可能。
転生後、覚醒すると膨大な魔力の影響で不老で、殺されるまで不死──
待って、待って!
ま、魔女神? 神様ってこと?
転生? 不老不死? 殺されないと死なない?
いきなり魔女様から調べるのは、なんかハードル高いな……
もっと、この世界の根本的な話から調べた方がいいかな……?
お、『神話物語』? あらすじは、この世界の創世神話がメイン。
これならいいか?
『初めに混沌があった。
混沌から〝世界神ネム〟が生まれた。
世界神は混沌から世界の〝大元〟を作った。
次に〝妖精〟(この頃には明確な呼び名はなかった)を造り出し、彼らに世界を〝整地〟させた。
世界に命を吹き込むため、血液のように魔素を世界に循環させた。その管理のために精霊を造った。
世界の基礎の完成後、世界神は〝男神ミオソティス〟と〝女神ギプソフィラ〟を造り出した。
男神と女神の役割は、この世界にあらゆる生物を生み出し、世界を完成させること。
役目を終えた世界神は、すべてを彼らに託して世界の表舞台から姿を消した。
二柱は協力し、まずはそれぞれの事象や物事を司る神々を生み出した。
生み出された神々により世界が安定すると、次にさまざまな生物を生み出した。
そうして、世界の基盤が完成したとされている。
男神と女神は生まれた子等の行く末を見守っていたが、女神には子等を慈しむ母の心が目覚め、男神より子等を優先するようになってしまった。
男神も子等のことは愛していたが、女神の心の移り変わりに嫉妬の心が目覚めてしまう。
その心は次第に大きくなり、男神の魂は半分に分かたれ、その片方から〝悪神ディアンサス〟が生まれる。
悪神は子等、すなわち生きとし生けるすべてのものに対する嫉妬心から生まれた神であり、嫉妬の元となった子等を滅ぼすために、世界に瘴気を発生させた。
それにより、多くの子等が死に絶える。
事態を重く見た女神は、自身の魂を男神同様に分割し、瘴気を浄化できる〝聖女神マルガリーテス〟を誕生させる。
聖女神により瘴気は浄化されるが、悪神は瘴気から魔物を生み出し、聖女神自体を害そうとあの手この手を使ってくる。
しかし、聖女神には戦闘力がない。
他の神々や子等では瘴気の影響を受けてしまう。
そこで女神は再び己の魂を分割し、聖女神を守るために〝魔女神トゥイーディア〟を生み出した。
魔女神は瘴気を浄化することはできないが耐性があり、膨大な魔力とあらゆる魔法・魔術に精通している女神だ。
結果、悪神を倒して改心させることに成功した。
悪神はそれまでの所業を反省し、冥界神となって冥界の管理者となった。自分が死に追いやった子等の魂の管理をするために。
しかし、悪神の作り出した瘴気は世界に焼き付き、世界の仕組みの中に組み込まれてしまった。
これではいついかなるときでも、瘴気が湧いてしまう。
しかし、聖女神は一人。
そこで、聖女神も魂を分割し、分身体を何百体と造り出し、さまざまな種族と交わらせ、浄化の力を持つ聖女がいついかなる時、場所でも一定数存在できるように蕃殖した。
魔女神も魂を分割して、聖女神と同様に分身体の魔女を造った。
こちらは、聖女たちを守るためにそれまでの記録と記憶、そして膨大な魔力の保持のため蕃殖よりも長く生きることを優先させた。これにより、魔女は転生しても魔女として覚醒した時点で成長も老いも止まり、殺されない限り死なない存在となる。
後に聖女の力は血に宿り、魔女の力は魂に宿ると称されるようになった。
その後、世界が安定すると神々は世界の裏側に去り、地上は人々の世界となる。
聖女神は魔力を管理する〝精霊神カットレヤ〟の妻となり、彼を支え、魔女神は監視の意味も込めて冥界神の妻となったという。
現在、聖女神の望み通り聖女は各国に一定数存在している。
また、聖女を守る手段が増えたため、魔女は聖女の守護よりもその知識と魔力を使い、神々の使いとして世界の平和の維持に協力しているが、表舞台に立つことはほとんどない……』
と、いうことらしい。
えーと、なるほど? 魔女は凄いってこと?
とりあえず、男神は反省してほしいかも?
とにかく、これがこの世界の多くの国で伝わる創世神話らしい。 この他に国ごとの神話もあるとか。
精霊は、精霊神がまとめているとか。
瘴気と魔物が全人類(人間以外も含む)の敵であるのが世界の共通認識であるとか。
……それはまた今度でいいか。
その時、部屋の扉がノックされた。
「お嬢様、食器を下げにきました」
「あ、はい」
机の上に置いてる懐中時計を見ると、一時間ほど経っていた。
「ドリー、魔女様が王都にいるって本当?」
食器をワゴンに乗せているドリーに、質問の続きをする。
「本当ですよ。この国の国境などに設置されている、結界発生装置のメンテナンスのために、しばらく駐在しているみたいです」
「駐在? 居場所は知ってる?」
王都にいるなら、会えるじゃん!
「さすがに場所までは……ああ、でも魔女様、普段は魔動具の修理も行なっているらしいですよ。確か新聞に広告を出してましたね」
「こ、広告!? マジで!?」
「マジですね」
「ば、場所は!?」
「さあ? でも新聞の広告にはいつも、掲載されていたような気がします」
「すぐ調べたいわ!」
「あ、午後はわたしもパーティーの準備をするようにヘザー様に命じられているので、申し訳ないです」
「え!? そ、そう、なら仕方ないね」
「では失礼します」
食器類をワゴンに乗せると、ドリーは部屋を出て行った。
くっ、そういえば今日はポーラの誕生日パーティーだった。
さすがに雇い主の命令には従うか、ドリー。
ん? 待てよ?
誕生日パーティーだから、疲れてお母様はお父様に無体をしない。
誕生日パーティーだから、人の出入りが多く使用人は、ほぼすべてパーティーの方に駆り出される。
つまり、冷遇されている私への監視はいつも以上に緩くなる。
なら今夜、魔女に会いにいけば、色々と都合が良いのでは?
毎年、ポーラの誕生日パーティーのときは夕食は運ばれてくるけど、以降の時間は朝まで毎年放置される。食器も片付けに来ないし、お風呂もこの日はキャンセルだ。
パーティー開始までに、魔女の工房の場所を調べて、夜に抜け出せばいい。
新聞に広告も掲載されているのなら、住所もそこに記載されているはず。
古新聞はどこにあるんだろう?
ドリーに聞いておけばよかった〜。
◇
「新聞、でございますか?」
普段会話することのない家令に聞いてみる。部屋を出たら丁度近くにいたのでね。
……いや、五歳児をそんな冷たい目で見入るの、やめてくれる?
「調べ物をしているの。場所さえ教えてくれれば、あとは自分で取りに行くわ」
「普段は不要品をまとめて置く場所がございますので、そちらに集められております。後ほど回収されますので」
つまりはゴミ置き場的な場所ってことね。
「ですが、丁度今日が回収日でしたので、ストックはありませんね」
「ええ!?」
なんてこったい!
「ですが、本日配達された分は、まだあるでしょう」
「え? どこに?」
「奥様の執務室ですね」
「え゛?」
「本日はお忙しいので、読む暇はないかもしれませんが、明日の分とまとめて読むのでしょう」
「な、なるほど。分かったわ。ありがとう……」
困ったわ。
自室に戻ってベッドに座りこむ。
この世界での通信技術が、どれだけ発展しているのかは分からない。
前世でいうネット検索的なことができれば手っとり早いのだが、そんな技術があるかは分からないし、あっても冷遇されている五歳児が使わせてもらえるかどうか……
だから新聞は良い情報源だったのに、タイミングが悪すぎる!
仕方がない、お母様の執務室に忍び込むか?
いや、万が一バレたら百パーセント私が疑われるわ。家令に話しちゃったから。
その結果、お父様が酷い目に遭うかも。
それは不味い。
なら、情報ゼロで無謀に行ってみる?
無理だわー。
現在の時刻は午後一時過ぎ。
まだ時間はある!
その時、部屋の扉をノックされた。
「はい!」
「シンシア、大丈夫かい?」
「お父様!?」
やって来たのは、お父様のショーンだった。
「どうしました?」
「いや、家令にシンシアの様子がおかしいと聞いてね。様子を見に来た」
家令の爺さんめ! 余計なことを!! でも、ありがとう!!
「そ、そうですか? 調べ物をしたいので新聞が欲しいと伝えたのですが、丁度今朝、古新聞は回収されたみたいで……」
「ああ、それなら。ちょっと待っていて」
お父様は一度出て行くと、すぐに戻ってきた。
「はい、これ」
「これ、新聞、ですか?」
お父様から新聞が手渡される。
質感も色も、前世の日本のものとあまり変わらない。
「うん。どうせヘザーは読まないし、僕はすでに読んで必要な情報は頭に入れたからね」
は? お母様、新聞読まないの? 家令の爺さん、ホラ吹きやがった!
「ありがとうございます!」
「役に立つならよかった。それじゃあね。……ごめんねシンシア。僕に力がないばっかりに」
お父様に頭を撫でられる。
「いいえ、お父様。私はお父様と一緒にいられれば、お父様が元気で健康に長生きしてくれれば、それでいいのです」
「……そうか、ありがとう。そろそろ行くね」
お父様は、優しく笑って部屋を後にした。
必ず助けます!
早速私は新聞を読む。
新聞の内容は世界情勢に、ゴシップに。読者の投稿欄。
前世ともあんまり変わらないかも。
でもテレビ欄とかラジオ欄はない。そういう娯楽はまだ発展していないらしい。
あ、今日の王室だって。王政国家らしい項目が……
いや、興味はあるけどそれよりも魔女様よ!
ペラペラとめくっていると、ある広告ページにそれはあった。
『アゲートの魔女の修理屋、〝魔女工房〟。
一般の方から専門の方まで、魔動具の修理のことなら──』
〝魔女工房〟の広告には、そんな説明文のほか、工房までの簡易的な地図まで記されている。
よし! これで魔女に会える!!
……いや待てよ?
今更だけど、私が住んでるこの屋敷は、王都にあるんだよね?
邸宅の敷地の周囲は、塀と高い木に囲まれていて、窓から外を見てもよくわから無いのだ。
部屋の位置的のせいか、お隣さんも見えないし。
貴族には領地というものがあり、そこが基本の拠点となる。
その他に、王都に邸宅を持つ場合もある。
王都の邸宅は、普段領地に住んでいる貴族などが夜会シーズンなどに利用する。
王都で仕事をしているなら、こちらに定住する場合も多い。
まあ、領地を持たない貴族もいるらしいけど。
お母様は過去のやらかしの影響か、王都で仕事している気配はないけど、ここは王都でいいのかしら?
いや、お母様はほぼ毎日遊んでいるので、仕事はお父様に丸投げしているっぽいけど。そのお父様は邸宅で仕事をしている。
確か原作情報ではルビア伯爵家の領地は、王都に近かったはず。馬車で一日で行き来できるらしい。
生まれて五年、自分が住んでいる場所の住所なんて意識したことがなかったけど、この屋敷が王都にあるとは言い切れ無い……
現在地が領地だと詰みだな。
五歳児の足じゃ王都までは無理。お金もないし。
金目の物を売る? そもそも伝手がないし、金目の物を持っていないわ。
お父様に貰った懐中時計? 売るわけないでしょ! 生涯大切にするわ!!
でも、お父様の命の危機なら、潔く売るわ!!
とにかく、一応住所を確かめておこう。
……どうやって?
お父様に聞いておけばよかったな〜。いや、聞いてたら怪しまれたか。
いや、とりあえず地図でも探してみるか。書庫にあるかな〜。
私は新聞を持って、書庫へ向かう。地理の本に王都の詳しい地図は載っていなかったからね。
書庫で、王都の地図を探すと……それらしいのが、あったわ。
引っ張り出して、内容を確認する。
王都の地図は冊子になっており、いくつかあった。
五年ほど前までは毎年新しい地図が買われていたみたいが、それ以降の分はない。
別の部屋にあるのか、お母様が買うのをサボっているのか、発行されていないのか……
ちなみに、今日の日付は新聞に書いてあった。
とりあえず、年代が一番新しい地図を見てみる。
おお、王都だけの地図だけど、結構詳しい。お勧めのお店の場所や貴族の邸宅の場所などが記されている。
地図というよりは、タウン情報誌っぽい。
……貴族の邸宅情報は載せて、大丈夫なのか?
いや、防犯に自信があるからこそ載せているのか? ゴーレムが普及しているらしいし。
そういえば前世でも、昔は電話帳に個人の電話番号が載っていたっていうし、そういう感覚なのかも?
王都は周りを城壁に囲まれており、王宮あたりを中心に土地を、大通りで十字に区切っている。
北西区は貴族向けの住宅街。
特にお金がある家向け。高位貴族が多い。警備も強固。
南西区も住宅街だが、北南よりは土地代が安いので低位貴族や裕福な平民向け。他に高級店の事務所や作業場などもある。
この大きな施設はなんだろう? 高級集合住宅? そういうのもあるのか。
南東区は平民向けの街。
平民向けの住宅や店、工場や工房などがある。
昔の区画整理で、身元の分かっている平民達はここに集められたらしい。
北東区は北の大通り沿いに神殿や大きな治医療院、植物園などがある。
東の大通り沿いには、冒険者向けの店や冒険者ギルドがある。
しかし、それらの奥に進むと、廃墟群などの危険な区域もある。
王宮周辺には学園や美術館、劇場に図書館、貴族院の本部などが集まっている。
王都を十字に区切る大通りは、それぞれ城門へと繋がっている。 北と西、南の城門は常に閉ざされており、基本的に東の城門が王都に出入りできる唯一の箇所らしい。
ちなみに、南の城門が〝正門〟で、凱旋パレードなどは南の大通りで行われるので、その時だけ開門する。
なので南の大通り沿いには、高級店などの上品な店が立ち並んでいるようだ。
そして平民街に近い東の大通り沿いには、冒険者ギルドや商会ギルドの事務所や、冒険者向けの宿などが並んでいる。
ルビア伯爵家の邸宅は載っているかな?
お、あった。
南西のお安め住宅街の端っこの、大通り沿い。
ならここは王都だな。いや、百パーセントそうとは言い切れないけど。
ただなんとなく、あのお母様なら王都に住んでいる気がする。だってその方が本命彼氏と逢瀬をしやすそう。あと、見栄。
ルビア伯爵家の邸宅は、大通り沿いにある。王宮までは一本道だ。
新聞の広告によれば、魔女様の工房は南西の平民街にあるらしい。
王宮まで行ければ、なんとか魔女様の工房にも行けるかな?
多分、大丈夫だろう!
今夜、行くぞ!
そして、夜に備えて今から寝ることにした。
五歳児が夜動くためには、たっぷりのお昼寝が必要なのだ。
というわけで、おやすみ!
サンドイッチは大昔に別の転生者が作って広めました。
書庫に王都の地図情報誌が毎年分あったのは、ヘザーの父が毎年購入していたから。
五年前までしかないのは、ヘザーが購入をサボっているため。
あと、本命彼氏が流行に詳しいから必要ないのだ。




