表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/38

2 前世と今世

 ◆


 前世の私は漫画やアニメ、小説が好きな、ごく普通の一般人だったと思う。

 日本という国で、中堅企業の事務員をしていた。

 最後の記憶は二十代半頃。だからそのあたりが享年なのだろう。

 特に何か特別な技能があった訳ではないが、他人(ひと)と違うことを挙げるとするならば、子供の頃は少々、波瀾万丈な人生を送っていた事くらいだろか。


 当時の家族は父と母と兄と私。

 父と兄はマトモな人だったが、母が最悪な人だった。

 専業主婦なのに家事はせず、ギャンブルと浮気三昧。更にはホストにハマって生活費を勝手に使い込む。

 そしてどういう訳か、私だけに辛辣。虐待まではいかないだろうが、()()()()手を挙げられるのは、いつも私だけだった。

 尤も、兄がいつも庇ってくれていたので、母の評価がマイナスになり、兄の好感度が天元突破したくらいでトラウマにはならなかったけど。


 なぜ父がこんな人と結婚したのかといえば、両親はお見合い結婚で私が生まれるまで母は猫を被っていたらしい。

 そしてなぜやらかしているのに離婚しなかったかといえば、この頃は父の仕事が忙しく家のことに気が回らなかったらしい。

 母は次第に浮気相手にのめり込み、家に帰って来なくなった。

 流石に父も離婚を決断した頃、父の会社が倒産。同時期に兄が命に関わる病を発症。

 父の退職金とそれまでの蓄えで、兄の治療費は捻出できる筈だった。

 しかし、無職になった父に見切りをつけた母は、記入済みの離婚届を残して失踪。父の退職金とそれまでの蓄えも持ち逃げされていたし、積み立てていた保険もいつの間にか解約されており、解約返戻金も持ち去られていた。

 

 そのせいで、兄はまともな治療も受けられなかった。治療を行えば、治る可能性の高い病気だったのに。

 父はいくつもの仕事を掛け持ちしたが、結局、間に合わなかった。

 兄は亡くなり、父も体を壊して新しい仕事を辞めざる終えなかった。

 母の行方はわからなかった。

 離婚届は兄の死後に提出された。


 それからは父との生活。

 と言っても、父方の祖父母と暮らすことになったので、不便も不自由もなかった。

 数年後には父も回復し、再就職にも成功。

 私は中学、高校、大学と順調に進学し、就職もして、ごく普通の人生を送った。

 

 ただ同時に心には、どうしても母への憎しみが消えなかった。

 

 兄が死んだのは間違いなく、全てのお金を持ち逃げした母のせいだ。

 父も兄の治療費を稼ぐために過労で倒れた。

 やらかした母だけが、何の制裁もなくのうのうと生きているなんて、許せない。

 そんな思いがどうしても消えなかった。


 そして私が二十代半ばの頃、母が私に会いに来た。

 自責の念があってきたわけでは無い。単に生活が苦しくて金の無心に来たのだ。

 記憶にあるよりも老いていた母は、私達の元を去った後にどのような生活だったかを語った。

 当初の浮気相手とは相手の浮気で別れ、最終的にホストにどハマりした母は、持ち逃げした金を全て推しのホストに注ぎ込んだらしい。

 金払いが良い時は恋人のような扱いを受けていたらしいが、金が尽きるとポイっと捨てられた。

 その後は夜の仕事で食い繋いだが、付き合う相手全てがゴミクズばかりで結局は幸せにはなれなかったという。


 ……結局、母の話は自分の不幸話ばかりで、父や兄への謝罪は一切なかった。


 もちろん、そんな母にお金を貸すわけもなく、さっさと帰ろうとした。

 しかし激昂した母に突き飛ばされた。

 運悪く倒れ込んだ拍子に、頭を歩道にある花壇のブロックに強打。以降の記憶がないので、それが最後だったのだろう。


 いや、前世も今世も実母に恵まれていないな、私。

 あの後、どうなったかは知らないが、母だった人には相応な末路が用意されていますように!

 持っていたスマホに録音されている筈の会話が、母を制裁する材料になりますように!!


 まあ、今の私の感情ではないので、前世の母に対して身を焦がすような怒りはないけどね。

 でもちゃんと制裁は受けて欲しいとは思う。


 さて、ウェブ漫画『リザンテラ〜土の中に咲く花〜』、──長いので『リザンテラ』と呼ぶが、私がなんでこの世界に転生したのか考えたが、多分、死ぬ前に読んだ漫画がこれだったような気がする。

 つまり、この作品が私にとって創作物における最後の晩餐となったわけだ。

 バナー広告に、まんまと釣られた為にこんな事に……。

 どうせ転生するなら、もっとハートフルラブコメな世界が良かったなぁ!


 いや、嘆いていても仕方がない。

 転生してしまったものはしょうがない。

 というより、目の前に私以上に虐げられている人がいるので、前世とか今世とかどうでいい。お父様(その人)を早く助けなくてはという想いが強い。


 ならどうするか? 


 物語、いや、原作と呼ぼうか。

 原作通りにお父様を死なせてシンシア()が闇落ちするなんて展開は真っ平ゴメンだ。


 じゃあどうするか?


 ぶち壊すしかないでしょう、原作を!


 ◇


 と言っても、今の私は五歳児だ。

 何ができる?


 確かこの世界には、魔法がある。

 それを利用すれば、五歳児でもやりようがあるかもしれない。

 ならば調べよう!


 私は早速書庫に向かう為、部屋を出た。


「お嬢様、どちらに?」


 部屋を出ると、すぐに専属侍女のドリーに声をかけられた。

 ビックリしたぁ〜。


「書庫よ。読む本を探しに」


 ドリーは、他の使用人の様に私を冷遇する事もないが、一切笑わす、余計な話もしない。

 聞かれた事には答えてくれるけど。

 蔑まれるよりは良いけど、なんだか人形みたいで少し苦手だ。

 お世話をしてもらっているので、こんな事を思ってはいけないんだけど。

 原作には出てこないので、多分モブだ。


「でしたら、お供します」


「そう? ポーラお姉様の誕生日パーティーの準備で忙しいのではなくて?」


 今日は、ポーラの六歳の誕生日だ。

 だから、屋敷内が朝から忙しない雰囲気に包まれている。

 尤も、私は生まれてこの方、参加した事はないし、ヘザーに誕生日を祝われた事もないけど。


 あ、お父様には毎年、プレゼントは貰っているよ。

 去年は懐中時計をもらった。

 まあ、女児へのプレゼントとしてはちょっとずれているが、お父様の精一杯のものだったのだろう。

 ヘザーの目があるから女の子が好きそうな店には、行けないし呼べないだろうし。

 でも、デザインは女性的で、花のデザインがされている。また、蓋を開けると立てて置けるので便利。

 魔力石で動いているので、相当なことがなければ狂わないし、半永久的に動くらしい。凄い!

 なお、この世界でも一日は二十四時間で、一週間は七日で、一ヶ月は三十日で、一年は十二ヶ月で、三百六十日だ。前世との齟齬があまりないのは助かる。


 ちなみに、さっきお父様がヘザーに引っ叩かれたのは、今年こそシンシア()をポーラの誕生日パーティーに参加させるべきだと、お父様が意見したからだ。

 もちろん、ヘザーは許すことはなかった。


「私は、シンシア様の専属なので、大した仕事は回って来ませんし、回ってきても断ります。面倒なので」


 断れるの? ていうか、面倒って……。


「そ、そう? なら頼もうかな?」


「はい」


 私はドリーを伴って書庫に向かった。



「どんな本をお探しですか?」


「うーん。魔法に関するもの、この世界の事、地図とか。あとは辞書かな? とりあえずは」


 ヘザーの見栄なのか、貴族の一般常識なのかはわからないけど、シンシア()も一応、家庭教師による教育は受けている。なので文字の読み書きはできる。

 流石に難しい単語は辞書を引く必要はあるけど。


「こんな物でいかがです?」


 ドリーが適当に本を見繕ってくれた。


「うん。ありがとう。部屋に運んでもらえる?」


「かしこまりました」


 分厚い本が五〜六冊。私だけでは運べなかったな。ドリーに感謝だ。


「重くない? 何冊かもつ?」


「大丈夫です」


 意外にもドリーは力持ちだった。


 部屋に戻る途中、遠目にポーラお姉様を見かけた。

 ローズピンクの髪にネイビーの瞳の美少女。


 ポーラは、私に気付く事なく、自室に大勢の侍女を連れて入って行った。

 私の部屋は中央にある主階段の北側にある。それ以外の家族は南側。だから、ポーラの部屋からは少し距離があるので無理もない。

 あの様子じゃそろそろパーティーの支度を始めるのかもしれない。


 因みにヘザーの意向で私とポーラの交流は禁止されている。なので彼女が私をどう思っているのかは、わからないし、挨拶すらした事がない。

 それはお父様も同じで、誕生日パーティーには出席するし、食卓も囲むが、まともな会話はした事がないらしい。


 自室に戻る。

 机に本を置いてもらって、私も机に向かう。

 それで、ドリーには退室してもらった。

 

 原作ではポーラは母親のヘザー同様、治癒魔法が得意でそれプラス聖女の才もある。

 しかし、シンシアに関しては、よくわからない。

 魔法が使えないとは言及されていないが、原作では自ら魔法を使う描写は無く、大抵は魔術道具(マジックアイテム)で事件を起こしている。

 学園編の終盤で罪を暴かれ、修道院に入れられて以降は出てこないので、シンシア(彼女)のことは前半のボスという情報しかなかったりする。


 まずは自分の出来る事を知りたいが、魔力の量と属性を知るには神殿か教会で調べてもらう必要があると、原作では描かれていた。

 年齢は確か五歳以上なら誰でも行える。

 果たして、誰かに頼んだところで私を神殿に、連れて行ってくれる人はいるのだろうか?


 お父様は頼めばなんとかしてくれるだろうけど、ただでさえ忙しくて自分の時間さえ取れていない。流石に申し訳ないな。


 ドリーは屋敷の中でなら面倒は見てくれるけど、外は庭までが仕事の範囲内と以前言っていたので、望みは薄い。


 それなら一人で行くしかない?


 貴族の五歳児(子供)が一人で?


 誘拐される未来しか見えない。

 それはそれでヘザーの望み通りでムカつくので、やめておこう。

 この件は保留だな。


 私は地理の本を捲る。世界地図や国ごとの特色などが載っている本だ。

 世界地図もあるとか、結構文明が進んでいる世界なのかもしれない。まあ、魔法が発展すれば難しいことではないのか。

 

 世界地図は確かに前世の世界のものとは違う。

 大陸は五つに分かれており、それぞれルベル大陸、カエルラ大陸、フラーフム大陸、ウィリデ大陸、プルプラ大陸というらしい。

 特に気になるのは、獣人族の国に魔族の国。

 人間以外が治める国もあるらしい。

 

 現在、人間以外が治めている国は三カ国。


 その内、獣人族が治める国は二カ国。

 一つは蒼き竜人族が治める『セレスト竜王国』

 もう一つは(あか)き竜人族が治める『スオウ竜帝国』

 どちらも獣人の国で大国らしいが、セレスト竜王国は他種族にも友好的で積極的に交易している。

 スオウ竜帝国は獣人至上主義で、他種族を見下しているので排他的らしい。

 旅行に行くならセレスト竜王国だね。


 人間以外の治める三つ目の国は、魔族の国で『ユウオウ魔王国』という。

 魔法が盛んで、最新の魔法や魔術が生まれるのはいつもこの国から、らしい。

 多くの国と友好関係を築いているらしく、移住者や留学生も多く受け入れているらしい。

 私の知るファンタジー世界の魔族とはえらい違いだ。もちろん王様は魔王。魔族の王様だから。

 因みに魔族とは、人間族と獣人族以外の全ての知性ある種族が含まれるそうな。

 

 獣人の国も魔族の国も魅力的だけど、放置され気味五歳児の私が今すぐ行って、誰かに協力を取り付けるのは無理。現実的ではない。


 他に何かないか?

 私はひとまず自分の住んでいる国のことを調べることにした。


 この国の名は、『クリムソン王国』。

 魔法技術の発展した国。魔動具の他に、ゴーレムなども人足の代わりに重宝されている、と。

 ルベル大陸の東南あたりにある国。

 国土は大陸内で二番目に広い。

 気候は冬以外は過ごしやすいが、冬はドカ雪が基本。王都などの主要都市は対策しているらしいので都市機能が麻痺することはない。


 北側は山岳地帯。

 山には精霊がいるらしい。土地のほとんどが山で産業をしづらい為、国が管理している土地。隣接しているのは友好国。なので比較的平和。雪の量がヤバイ。


 北南側は国境の向こう側が砂漠。

 これは北の山岳地帯も山の向こう側は同じ。隣接する国も同じ。

 砂に潜る系の魔獣がいるので、辺境伯が置かれている。ただ、ここの魔獣は温厚らしく縄張り外の人を襲うのは稀。比較的平和な辺境。たまに密入国をしようとする人がいるが、大抵は魔獣のご飯になってしまう。


 西南側は陸の貿易の窓口。

 辺境伯が置かれているが、こちらは魔獣ではなく主に人間相手となる。

 国境の向こうは穏やかな平地が広がっているが、たまに砂漠地帯の魔物が紛れ込む。

 こちらも友好国と隣接している。


 南側から南東側は海に面している。

 船による貿易が盛んで、異国情緒あふれる街並みが広がっているとか。

 観光地としても有名。海での戦闘に特化した青の騎士団の本部がある。


 北東側の国境付近には魔の森が広がっている。

 しかもその向こう側に隣接するのは、敵対こそしていないが緊張状態にある国。

 魔素の強い土地なので魔獣も強力になる上、増えるのも早い。そこを掻い潜り隣国の刺客がやってくる。

 ヤバい魔の森を突破してくる猛者なので、相当強い。そんなのを日々相手にしているので、この国で最も殺伐とした場所となっている。

 重罪を犯したけど、死罪にならなかった者が行き着く場所でもある。

 ここを治める辺境伯は、この国で最も強いかもしれない。


 国としての特色は魔動具や、魔術装置、そしてゴーレムの製作が盛ん。

 ゴーレムって、ロボットみたいなやつだっけ?

 えーと大昔、戦と疫病で国民が減り、国力が損なわれる危機に陥った。そこへ一人の魔女が現れ、ゴーレムや魔法技術の知識を与えた。それらによって人足を賄い、国は持ち直したらしい。

 なるほど〜、魔女もいるのか〜。


 そういえば『リザンテラ』でも、魔法はあったし、魔動具もあったか。ゴーレムは出てこなかったけど。

 魔女本人は出てこなかったけれど、彼女達が作ったらしいアイテムはいくつか出てきたような? 魔女印のなんとか薬〜みたいな。いや、これは別作品だったか? 詳しくは覚えていないな。

 

 まあ、とにかくここは『リザンテラ』の世界と、似た世界なのかもしれない。

 それでもお父様を助けるという目的は、変わらない。


 しかし、現状を打破する様な目ぼしい情報はないか。

 

 その後も、調べ物を続けた。






前世母は、前世父によってきっちりがっつり制裁されました。


懐中時計にデザインされている花は、クルシアナシンシアという花。

チューリップの原種らしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ