14実母との対峙
◆
とうとう、この日が来た。
私が生まれてからずっと過ごしてきた部屋には何もない。
いや、元から大したものはなかったけど。
荷物を詰めたトランクは、すでに師匠の工房に送っている。
だから、この屋敷に心残りはないし、この部屋に戻ることももうないだろう。
手ぶらで出て行ける。
恐らく、お父様の方も同じような状態だと思う。
師匠の馬車が到着する。
そして──家令が私を呼びに来た。
◇
「初めまして、アゲートの魔女でございます」
優雅に挨拶をする師匠。
今はキビキビしたビジネスモードだ。
黒地に深い赤の糸で刺繍が施されたマーメイドドレスは、スタイルの良い師匠によく似合い、何ともいえない強者感が醸し出されている。
そこに魔女らしい三角帽子を被れば、怪しくも美しい魔女様の完成だ。
完全に戦闘モードですね、師匠。
私が応接室に入ると、すでにお母様とお父様がいた。そしてなぜかポーラも。
……ポーラとは、最後まで姉妹らしいやり取りはなかったな。
そもそも、会話すらなかった。
それはお母様が、私とポーラの交流を遮断していたからなんだけど、私から積極的に関わらなかったのも事実だ。
まあ、今更どうにもできないけど。
ソファーにはお母様とポーラが座っていて、お父様はその後ろに立っている。座る場所がないので、私はソファーの横に立っていることにした。
「事前にお手紙でお伝えした通り、あなたの娘、シンシア嬢をワタシの弟子として迎えに来ました」
「え、ええ。光栄です。ですが、その、本当にシンシアが?」
お母様は、いまだに信じられないらしい。
「お恥ずかしながら、シンシアはとても出来の悪い子供でして……。この子よりもポーラの方が、魔女様の弟子に相応しいかと存じます。
神殿での鑑定結果では、治癒の特異魔法と聖女の適性があると判明しましたし……。
この出来損ないの娘に、魔女様の弟子が務まるとは、とても思えません。ぜひ、再考をおすすめしますわ」
お母様は自信ありげにそう言い切った。
ポーラはすでに神殿に行って、鑑定を受けていたのか。
しかし、気に入らないからといって、よくここまで自分の子供を下げる発言ができるものだ。
さすが、やらかしのヘザー女史だな。魔女様にそのような口をきくなんて。
「ふむ。貴女は魔女であるワタシが何の根拠もなく、シンシア嬢を弟子にしようとしているとお思いですか?」
鋭い眼光が、お母様を射抜く。
こ、怖っ! これが魔女の迫力か!?
空気が一気に冷えたよ!?
「い、いえ、滅相もありません……!」
あのお母様が恐縮しまくっている。
「ワタシたち魔女が通常の魔法の他に、様々な固有能力を有していることは、貴女も知っているかと思います。その中には予知を得意とする魔女もいます。
また、我々魔女は、現在でも神々とも関わりが深い。
そんな魔女等により、シンシア嬢はワタシの弟子に相応しいと断言されました。ですから、ワタシの弟子はシンシア嬢なのです」
「は、はい……」
「ポーラ嬢は治癒魔法と聖女魔法の浄化に適性があるのですから、治癒師や聖女としての才能を伸ばしてあげればよろしい。
違いますか?」
「そ、その、通り、でございます……」
お母様もタジタジだが、師匠の言う通りだね。
ポーラには現時点で恨みも何もないので、自分の特技を活かして勝手に幸せになってほしい。
「さて、シンシア嬢。ワタシの弟子になってくれるかな?」
師匠が私を見る。
「はい……でも、条件があります」
「条件?」
条件は、事前の計画通りだ。
「シンシア!?」
「私と私のお父様のショーンを、このルビア伯爵家から離縁させてください!」
私は、周囲にハッキリと聞こえるような声で言った。
「なるほど? 理由は?」
「お父様は、お母様に毎日虐げられています。もし、お父様をここに残していけば、きっと、殺されてしまいます!
そもそも、ショーンお父様は、ポーラ……お姉様の本当のお父様ではありませんし、ヘザーお母様には本当に愛する男性がいるのです!
それはポーラお姉様の本当のお父様でもあります。
私とショーンお父様がいなくなった方が、ヘザーお母様のためでもあるのです!!」
「シンシア!! あなた、何を言っているの!?」
そう言ってお母様は、お父様が止める間もなく、私を思い切り引っ叩いた。
あまりの威力に、吹っ飛ばされ、壁にぶつかる。
──これで良い。
「シンシア!」
お父様が駆け寄り、私を抱き起こしてくれる。
頬は焼けるように熱く、鼻と口から血が流れていた。
それをお父様が慌てた様子でハンカチで拭ってくれる。
歯は大丈夫そうだ。
痛いはずなのに、不思議と涙は出なかった。
「──ヘザー、いくら僕たちのことが気に入らないからといって、シンシアにまで……あんまりだ」
「ショーン? 口の利き方に気をつけなさい! 今のはこの子が母親である私に対して失礼なことを言ったからです!
そもそも子爵家の次男の癖に、誰に向かって──!!」
「ヘザー、君に向かって言っている。しかし、よりにもよって、このような場で……」
「──あ」
お母様はハッとして口元を押さえた。
ようやく自分の行動と発言が、この場にふさわしくないということに思い至ったらしい。
いつもの習慣だから、大切なお客様の前でもついてしまうのだ。
ポーラはこんな母親の姿を初めて見るのか、目を見開いて固まっている。
「魔女様、これは、その──」
「……なるほど。シンシア嬢の申し出も理解しました。
よくもまあ、ワタシの大切な弟子になる子供にそのような真似ができますね。しかも魔女であるワタシの目の前で」
「──っ」
「その様子を見るに、普段からそのようなことを行っていたのでしょう。学生時代は才女として有名だったようですが、堕ちたものですね」
お母様に師匠の冷たい視線が突き刺さる。
「さすがにこのような場所に、シンシア嬢のお父様を置いていく訳にはいきませんね。シンシア嬢の希望を汲み、ヘザー女史には二人との離縁を要求します」
「し、しかし……」
「何か不満でも?」
「それでは、仕事が……」
「まさか、学園一の才女と謳われ、優秀な女伯爵である貴女が領地経営の仕事ができない、ということもないでしょう?」
「いえ、その、はい……」
お母様、領地の仕事を本当に全部お父様に押し付けて、アーロンと遊びまくっていたのか?
もう見下げ果てたよ……。
「もちろん、タダでとは言いません。ルビア伯爵家がショーン殿のご実家であるレオパルドプランタ子爵に支払ってきた支援金は一括でワタシが返しましょう。
それにショーン殿と離縁した後はシンシア嬢の言った通り、今度こそ好きな殿方と再婚すればいい。むしろ、貴女にとっても良いことしかないでしょう?」
「そ、それなら、はい。そのように、します……」
「良かった。これで交渉成立ですね。ではこちらにそれぞれサインを」
師匠が指を鳴らすと、テーブルの上に書類が現れた。
お父様とお母様の離縁用の書類と、支援金についての書類。
あと、私のルビア伯爵家との離縁の書類等々。
提出用とそれぞれの控え用に、同じような書類が複数枚あるので、結構な枚数だ。
それに──。
「ああそうだ。一応言っておきますが、ショーン殿の実家であるレオパルドプランタ子爵は、チランジア公爵の寄子となりました。
なので今後は一切関わらないようにお願いします。スターアイズ公爵閣下にも、そうお伝えください」
「な、なんですって!? レオパルドプランタ子爵領には確か──」
「何かありましたか? それとも、スターアイズ公爵に何か聞いていますか?」
「い、いえ。その……」
師匠の迫力に、お母様がたじろいでいる。
美女の真顔、コワイ!
「さて、これは世間話なのですが、レオパルドプランタ子爵領で巨大な水ナメクジが見つかったそうです。
数年前の水害は、この水ナメクジが原因だったらしいですよ?」
「な、なにを……」
「水ナメクジといえば、ハートシード男爵家は、水ナメクジの養殖を特産としているそうですね。そのおかげで、財政難を逃れたとか?」
「……っ」
師匠の話は世間話と言いつつ、巨大水ナメクジがどこから誰によって、レオパルドプランタ子爵領に運ばれたかすでに知っているぞ、と暗に伝えているのだ。
「そういえば、ルビア伯爵家も、ハートシード男爵家も、スターアイズ公爵家の庇護下にありましたね。
やはり水ナメクジの養殖は、公爵様から伝授されたのでしょうかねぇ?」
「わ、分かりました! 分かりました!! すべて、魔女様の言うとおりにします!!」
お母様──いや、もうすぐ縁が切れるし、ヘザーでいいか。ヘザーは、師匠の要求を全面的に飲むことを選んだ。
これ以上、巨大水ナメクジのことを突っ込まれたくないらしい。最悪、アーロンと再婚できなくなるかもしれないしね。
しかし、あの巨大水ナメクジ、本当に人為的に送り込まれていたんだな……。
スターアイズ公爵は悪い奴なのか? 原作には出てこなかった気がする。いや、名前だけは出ていたかな? その辺りは曖昧だ。
とにかく、こうして私とお父様はひとまず暗い未来を回避することができた。
ポーラお姉様は、その様子を最後まで黙って見ているだけだった。
◇
私とお父様は、ヘザーが師匠の用意した様々な書類にサインをする様子を見ていた。
ポーラは、いつの間にか応接室から消えていた。
家令の爺さんが退出させたらしい。
書類へのサインが終わり、師匠がそれを確認する。
ヘザーはただ俯いていた。
「──良いでしょう。これらの書類を提出すれば、シンシア嬢とショーン殿は、貴女との縁が切れます。
最後に伝えることはありますか?」
「……いいえ」
「ヘザー女史にはないようですね。お二人はどうですか?」
「では、僕からいいですか?」
と、お父様。
「どうぞ」
「ヘザー、君との結婚生活は僕にとって辛いことの方が多かった。それでも君にはお礼を言いたい。
──ありがとう、シンシアを産んでくれて」
「……産みたくて産んだわけではないわ」
「ああ。それでも、僕にとっては今まで生きてきた中で、最も喜ばしい出来事だった。
……君と、君の本当に愛する人との間を引き裂いてしまって、申し訳なかったと思う。実家への支援もありがとう」
「そう……」
「以上です」
「シンシアちゃんは?」
「そうですね……今までありがとうございました。
お母様──いいえ、ルビア女伯爵様。お元気で、さようなら。
もう会うことはないでしょう」
「……っ」
ヘザーは一瞬、ショックを受けたような顔をしたがその後すぐに俯いてしまったので、気のせいだったかもしれない。
こうして、私の怒涛の約一ヶ月は終わった。
◇
それからすぐに師匠の工房に向かうことになった。
師匠は私の怪我を治すと、転移魔法で書類を提出しに行った。
そのまま工房に戻るらしいので、でっかいフワフワゴーレムのグリスターが御者をする馬車には、私とお父様と、お父様の荷造りを手伝ってくれたゴーレムさんが乗ることになった。
緑のピクトグラムみたいなお手伝いゴーレムさんの異物感が半端ない!
私もお父様も必要な荷物は、フワワとホワワを使って転送しているため、出て行く時は手ぶらだ。
最後にヘザーの監視をさせていたモフフも回収して、出て行く準備は完了。
見送りはいない。
いや、一人だけいた。
ドリーだ。
「ドリー!」
「お嬢様、この度はおめでとうございます。……でよろしいですか?」
相変わらず人形みたいな表情で、そう言った。
「まあ、そうだね。今までありがとう」
適当でも、無表情でも、彼女に助けられたのは確かだ
「わたしは、わたしの仕事をしていただけですよ」
「それでも、です」
ドリーの顔に、微かな笑みが浮かぶ。
「ドリー、もしよかったら、一緒に──」
「それはできません」
ドリーは、キッパリと言った。
もう少し悩んで!?
「わたしは、ヘザー様の側でしか、生きられませんから」
「そ、そう? 分かった。今までありがとう。気が変わったら連絡してね」
ドリーは、意外とヘザーへの忠誠心が高かったらしい。
こうして、私とお父様は、ルビア伯爵家の邸宅を後にした。
◇
「いらっしゃ〜い! シンシアちゃん、それにシンシアちゃんのお父様も!」
工房内の事務所に飾り付けがされていた。豪華な食事も並べてあり、なんだか誕生日会みたいだ。
「ありがとうございます、師匠!」
「アゲートの魔女様。僕のために色々と動いてくれていたそうで……」
お父様と師匠が握手をしている。
「未来への先行投資だから、良いのよ〜」
「これからは魔女様の元で、誠心誠意働かせてもらいます」
「頼りにしてるわ〜」
お父様は、これから幸せになれるよね?
好きなこと、やりたいことをしてさ、きっと本当に愛する人と結婚して、絶対に幸せになれるんだ!!
そう思うと、前世のこととか、今までのこととか、いろいろなことが湧き上がってきて──。
「うわあああああぁんっ」
「シンシア!?」
「シンシアちゃん!?」
思い切り泣いてしまった。
──ようやく、終わったんだ。
「よがっだ〜、よがっだよ〜、おどうざま、よがっだ〜〜」
「シンシア……」
私に釣られたのか、お父様も私を抱きしめて泣き出してしまう。
そんな姿も美少女にしか見えない。
「ありがとう、シンシア。本当に、ありがとう……」
「あら、あら〜。大変だわ〜」
師匠の声が聞こえた気がしたが、構わず私たち父子は泣き続け、気付いた時にはお互い顔が酷いことに!
その後、なんとか落ち着き、師匠が用意してくれたご馳走を食べ、その夜はお父様と一緒に眠った。
転生して誰かと一緒に寝るのは初めてのことだった。
お父様がこれから、沢山幸せになれますように……。
最後に五歳児本来の感情が戻ってきたシンシアなのでした。
ヘザーへの制裁が緩いですが、後々の章でがっつりやる予定です。




