13 お父様に伝える
◇
その日の夕方前に、私はルビア伯爵家のタウンハウスに帰って来た。
お母様は、先に帰って来ていたが、私が家にいなかった事には気付いてはいないみたいだ。
ドリー本当に放って置いてくれたんだね。有難いけれど、ちょっと複雑だわ!
それから何食わぬ顔で夕食をとった。なんとこの日も食堂に呼ばれたのだ。
アーロンが来るまで、仲良し家族を演出するのだろうか?
ヘザーは終始ご機嫌だった。
「ポーラ、今度来る従者はあなたの専属にする予定です。仲良くするのですよ?」
「はい、お母様」
そんな話をポーラとしている。楽しそうで何より。
私とお父様のことは無視だ。
どうやら今週中にアーロンは来るらしい。となると、ギリギリか?
今後の予定では、明日改めてそれぞれの契約を文章化し、伯父様やチランジア公爵様と打ち合わせをするらしい。国に申請もするが、それは後でいい。
私は不参加。明日は家庭教師が来る日なのだ。
その後、色々と決まり次第、遅くても明後日には師匠からの手紙がルビア伯爵家に届くとの事。
内容は、私を弟子にしたいというものだ。
この世界では、魔女の弟子になるという事は誉れであるので、その立場が王太子であろうと、弟子にする方が優先される。だから、断られる事はないだろう。そもそも、ネグレクトされている身だから余計にね。
ちなみに、魔女の弟子は〝魔導師〟と呼ばれ、ほかの魔法使いとは分けられる事が多いらしい。
なので、私も一応魔導師なのだ。なんか格好良い!
他の魔法使いとの大きな違いは、魔女とのコネが出来る事。コネって大事だよね!
他は普通の魔法使いとはあまり変わらないとか。なんじゃそりゃ。
そして、師匠はこの屋敷に来て、ヘザーと直接交渉。私がお父様と一緒に行きたいとワガママを言って、本命彼氏の存在をちらつかせ、離縁に応じさせるのだ!
あれだけお父様のことも下に見て、蔑みまくっていたのだから、これも断りはしない筈。
断る様なら。これまでの事をダシにする。
でも、私とお父様を冷遇したくらいで、ダシになるのかな?
とにかく計画を、お父様にも伝えたいけど、どうなんだろう?
伝えて、色々考えた挙句、離縁はしないと言われたりしないだろうか?
お父様のことだから、領民を放っては置けないとか言って、残るとか言うのではないか?
それとも、土壇場で知らせる?
それこそ、良く考えたいと言われて離縁を渋られ、取り返しの付かない事になったりしない?
困ったな。とりあえず、明日、考えよう……。
疲れもあり、その日は部屋に戻ると、直ぐに寝入ってしまった。
◆
レオパルドプランタ子爵領に行った日から、翌々日。
朝食が終わってゆっくりしていると、部屋のドアを激しくノックされた。
「失礼します。シンシアお嬢様、奥様がお呼びです」
やって来たのは家令の爺さん。珍しい。
「お母様が? 何故?」
「詳しくは、奥様にお聞きください」
「……わかりました。直ぐに行きます」
特に断る理由もないので、直ぐに執務室へ向かう。
──師匠からのお手紙が、来たみたいだね。
「お連れしました」
「失礼します」
家令に続いて執務室に入る。この部屋に入るのは、ポーラの誕生日以来か。
思えばあれから、一ヶ月くらい経っているんだ。
いや、まだ一ヶ月くらいしか経っていないのか? とにかく怒涛の一ヶ月だったな。
「シンシア。あなた、いつ魔女様と知り合いになったの?」
「魔女様、ですか?」
私は、キョトンとした顔をする。
勿論、知らないフリだ。
「……いえ、あなたが知り合う機会は無いわね。まあ、魔女様は様々な魔法が使えるから、こういう事があても不思議ではないわ」
執務室の椅子に座っているお母様は、額に手を当てている。
頭痛が痛い感じですか? 心の中でニヤニヤしておく。
どうやら本当にお母様は私が度々、屋敷を抜け出していたことは知らないらしい。
やっぱり、お母様にとって私はその程度の存在なんだね。
今更、悲しくはないけど、なんだか虚しい。
「どういう事ですか?」
「アゲートの魔女様が、あなたを弟子にしたいそうよ」
「え? 私を、ですか?」
「そうよ。まったく、ポーラならまだしも、あなたなんかにそんな才能が有るとは思えない。けど、魔女様からの指名だから、仕方がないわ。絶対に何かの間違いだと思うけれどね!」
「は、はあ……」
我が実母ながら性格悪いな。
でも、これで私はこの家から離れらるのは確定だ。あとは──。
私は、お父様を見る。
「……」
こちらは、心配そうな顔をしている。
目が合ったので、微笑んでおく。
「とにかく、明後日、迎えに来るそうだから、準備をしておきなさい」
「──わかりました」
執務室を後にする。
さて、私の方は大丈夫だけど、あとはお父様だね。
◇
それから私は、部屋を整理する。
と言っても大した物は無く、餞別代わり? にお母様からもらった古びたスーツケースも、スカスカだ。
このスーツケースはお母様のお父様、つまり私からしたら祖父の持ち物だったそうだ。
ちなみに、お母様のご両親、私からすると祖父母は、私が生まれて少ししてから、相次いで亡くなったそうだ。なので、お母様を止められる人間が、この屋敷には本当に居ない。
さて、暇になったので、レオパルドプラント子爵領に行っていて中断していた、修復の修行をやっておく。
いつもより小さな木箱の中には、どうやら何か金属の様な物が入っているらしい。
この形は、アクセサリー? ブローチかな?
分析の魔法を使って視ると、花をモチーフにしており、ところどころに宝石? があしらわれているっぽい。
分析の力で、中身を確認しつつ修復箇所を視る。
陶器以外は初めてだけど、そこまで複雑な形ではないから、直せるかも。
こう、もっと分析と修復の魔法を同調させて──。
脳裏に感性系が浮かぶ。
その通りに直す。
なんとか治せた?
箱を開けてみると、キレイに治っている。さすが私!!
中に入っていたのは、銀で作られた花を模したブローチだった。ところどころに黒い宝石が散りばめられていて、花弁の中央には赤い石があしらわれている。シンプルなデザインだがその分、洗練されているデザインだ。
特に歪みズレもなく直せた様だ。
それも箱にしまってから、とりあえずトランクに入れておく。師匠にさっさと送っても良いのだが、トランクの隙間がなんだか寂しかったのでそうした。
その時、部屋の扉がノックされた。
「はい」
「シンシア、ちょっといいかな?」
お父様だ。
「はい、どうぞ!」
「話がある」
「私も、お父様に話があります」
と言っても、私の部屋にはソファーセットなどはないので、机用の椅子にお父様が座り、私はドレッサー用の椅子に座る形になる。
「魔女様の件は、この子と関係があるね?」
お父様の懐から、ピンク毛並みの手乗りフワフワゴーレムのフワワが顔を出す。
「フワ〜」
すっかりお父様に懐いている。
「はい。この子達は、私が魔女様からお借りした、使い魔達です。私は少し前から、魔女様に密かに弟子入りしていました」
「なんだって?」
私は、これまでの事を話した。
そして、レオパルドプラント子爵領での事、チランジア公爵やエリカ・ランタナ侯爵夫人に協力してもらっている事など。
私が背負った借金の事は言わなかった。だって、私の問題だからね。お父様にはそんな事気にしないで幸せになって欲しいのだ。
「──なるほどね。根回しは完璧だ。しかし何故、そこまでしたんだい? この家を出るのなら、そこまでする必要は無いはずだ」
「それは──」
お父様を残酷ない死の運命から救う為。それを説明するには、私の前世から説明する必要がある。
「それは、お父様の命を救う為、です」
「僕の命を?」
それなら、すれば良い!
気持ち悪がられても良い。それでお父様が助かるのなら!!
「はい。実は私、前世の記憶があるのです!」
それから、私は前世の事から今までの事を説明した。
前世の私の事。
このままでは、お父様さまは命を落とすという事を。
流石にデリケートな部分の説明は避けたけど。
「そう、だったんだ……」
「信じるのですか?」
「僕には、君の話を否定する材料がない。なら、最愛の娘の話は信じる事にしている」
「そう、ですか」
胸が熱くなり、鼻の奥がツンとしてくる。
でも、まだ泣かない。
「君は、今まで僕の為に一人で、頑張ってくれたんだね」
そう言ってお父様は、私を抱きしめてくれた。
「──一人じゃありません。師匠もエリカさんもいました」
不覚にも、最後の方は涙声になってしまった。
「そうか、ありがとう。実家のことも、僕一人では、どうにもならなかった……」
「はい」
「……僕に出来る事は?」
「明後日、魔女様が迎えに来たら、一緒に来てください。住む場所も仕事も用意されています。必要な荷物をまとめておいてください。フワワに頼めば、荷物は転送してくれるので、手ぶらでこの屋敷を出ていけます!」
「うん、……わかった。ありがとう」
お父様の声も掠れていた。
◇
その後、私は師匠にお父様に計画を話した事を伝えた。
魔術通信のお互いが見える状態で、お父様も一緒に師匠に挨拶をする。
「魔女様、この度はありがとうございました。シンシアがお世話になったみたいで……。実家の方も」
『いいのよ〜。お互いの利害関係が一致した結果なのだから〜。それより、計画を聞いたのなら、今更やめますは無しよ〜』
「それは、有り得ません。流石に僕もヘザーの態度には辟易していましたからね」
『荷物の整理は一人で出来る〜? 必要ならゴーレムを貸し出すわよ〜?』
「……そうですね。お願いできますか? ゴーレムが荷物をまとめている間に、引き継ぎ書を作りたいので」
『真面目ね〜』
「伯爵家の人々はともかく、領民には罪はありませんから」
『いいわ〜。何体必要かしら〜?』
「そうですね……。二体、いや一体いれば十分かと」
『わかったわ〜。それじゃあ、細かい作業が得意な柔らかゴーレムを一体送るわ〜』
ホワワの前に魔法陣が現れ、そこに一体のゴーレムが転送されてきた。
見た目は、なんだかピクトグラムに似ている。
大きさは、お父様とあまり変わらないかも。
薄い緑色をしているのもあって、完全に非常口に描かれているアレだ。
「我らが主人、アゲートの魔女様より仰せつかってまいりました、お手伝いゴーレムです。ショーン様、シンシア様。魔力同調は既に完了していますので、ご命令をお願いします」
喋った!? しかも、めっちゃ渋い声で丁寧な話し方!!
「え、えーと、それじゃあ、僕の荷物をまとめるのを手伝って欲しい。あと、そうだ。他の人に見られるとマズイから、見つからない様にして欲しいのだけど、出来るかい?」
「かしこまりました」
ゴーレムが見えなくなる。
光学迷彩ってやつか!? それとも単に透明になっただけ?
「それじゃあ、部屋に。──シンシアの方は大丈夫?」
「私の方は、荷物少ないので、すぐ終わりました!」
「そ、そうか……。あとで欲しい物、何でも買ってあげるからね!」
「あ、ありがとうございます?」
こうして、あとは決戦の日を迎えるだけになった。
ピクトグラムみたいなゴーレムは、後にピクト君と呼ばれる様になります。




