102 小さな幸せと新しい出会い【ローナ】
◆◇◆
物心ついた時から、お母様はいつもベッドの上で過ごしていた。
元々体の弱かったお母様は、私を産んでさらに調子が悪くなって、私が三歳のときに亡くなった。
お父様はそんなお母様を気にかけることもなく、かといって再婚をするわけでもなく、事業の拡大に尽力していた。
昔は私も、お母様に似て体が弱かった。
だからいずれ、お父様は再婚でもするのだろうと思っていたけど、その気配はまったくなかった。
不思議に思って、我が家で長年働いている侍女に話を聞いてみると、私のお母様との結婚の方が再婚で、お父様はその前に一度、結婚していたことがあったらしい。
しかも、その時に生まれた子供は男の子だったけど、どういうわけかお父様は前妻様とその子供を追い出したらしい。
それで三度目は相手が見つからないのかもしれない──と、その侍女は言っていた。
でも、前妻様やお子様の名前は教えてもらえなかった。だから、その二人が今どこで何をしているのかは、今でも分からない。
お父様に教えてもらえばいいんだろうけど、お父様は私に興味はない。そんな私がデリケートなことを聞くのは、どうしても憚られた。
そして今、お父様はカプセラ伯爵領の遺跡で見つけたという生き物と契約し、何か事業を始めると意気込んでいる。
契約できたということは、恐らく魔獣か精霊。
神獣は──お父様とは契約しないだろう。
魔獣は魔法で従わせるか、子供の頃から慣らすかしないと契約はできない。
精霊は過去の様々な悲劇から、人間と契約することは稀。
お父様にそのどちらも使役できるような技量も、心の清らかさもないと思うから、そのどちらとも契約したとは思えない。
じゃあ、あの白い生き物はなんなのだろう?
私はため息を吐く。
どうしても嫌な予感が拭えない。
誰かに相談したくても、そういったことに詳しい人も知らない。
「お嬢様?」
「あ、リアムさん」
そんな私に、リアムさんが声をかけてくれる。
彼は最近、お父様が雇った護衛だ。本業は、冒険者で、一ヶ月間だけ、お父様が護衛として雇ったのだ。
本来なら、カプセラ伯爵領の遺跡探索のために雇ったそうだが、まだ契約期間中なので屋敷の警備もしてくれている。
そして、たまにこうやって私の話し相手になってくれるのだ。
「浮かない顔をしていますね。大丈夫ですか?」
「……リアムさんは、あの〝グラ〟のこと、どう思いますか?」
「私は……その、個人的には然るべき機関に調べてもらった方がいいとは思いますね。
まあ、期間限定で雇われている身の私から進言することは、少々憚られますが」
「そうですよね……」
「そうだ。よかったら、お出かけしませんか?」
「お出かけ?」
「ああ、もちろん、侍女さんも一緒に。きっと気晴らしになりますよ」
「そう、ですね」
私はなんとなくその提案に乗った。
◇
買い物にリアムさんを連れて行くことをお父様に確認したけど、特に止められなかった。
侍女は忙しいので、ついてきてはくれなかった。
蔑ろにされているのではなく、最小限の人数で屋敷の維持をしているので、余裕がないのだ。
まあ、いつものことなので気にしない。
御者だけは借りられたので、そこは助かった。
「さて、どこ行きますか?」
「そうですね……まずは……」
最近、回復薬の成分を含んだ軟膏や化粧品が、人気だと聞いたことがある。
傷薬は昔からあったけど、香りがキツくて不人気だった。
そもそも、回復薬で十分なので、小さな怪我が治るような傷薬自体が不人気だったらしい。
それが無香、もしくは様々な香りをつけられるようになり、女性を中心に人気になったのだ。
これなら、男性に贈っても喜ばれるだろう。
「回復薬クリームのお店に行ってみたいわ」
「いいですね。行ってみましょう」
お店の名前は『グリーンハーブ薬舗』。それがそのままブランド名にもなっている。
リアムさんはお店の前で待っていてもらい、一人でお店に入る。
普段買い物する時も、一人でお店に入るので、特に不便はない。
馬車は出してもらうけど。
お店自体はよくある街の薬屋のようだけど、今は若い女性で賑わっている。
見たところ、貴族の客もいるようだ。
お店には傷薬の他、化粧品やハーブティー、飴なども売られていて、どれも女性が好きそうなパッケージが目を引く。
「色々あるのね」
メイン商品の傷薬も、香りだけでも数十種類ある。
女性向けには花やフルーツ、お菓子の香りなどが人気で、男性向けには、無香や石鹸、ミント系の香りが人気みたい。
試供品で香りも確認することができる。
私は、気に入った香りの傷薬をいくつか購入することにした。
とりあえず、無香と石鹸の香りと、特に気に入ったラベンダーの香りを……
あら、ラベンダーの香りは、あと一個だわ。
「あ!」
「え?」
手を伸ばすと、誰かの手と重なった。
「あ、ごめんなさい!」
「こ、こちらこそ、すみません!」
相手は、ミルクティー色のサラサラの髪と、マゼンタ色の瞳が印象的な美少女だった。
年齢は私と同じくらい。服装からして貴族の子だろう。
「こちら、どうぞ」
「え? でも……」
美少女は私に、ラベンダーの香りの傷薬を譲ってくれた。
「バラの香りとで迷っていたの。そちらを買うから大丈夫です」
「ありがとうございます!」
でも、このままでは、申し訳ない。
それに──友達になれるかもしれないし!
そう、私、ローナ・カンタロープには、友達がいない──!
昔は体が弱くて、お茶会などにあまり参加できていなかったから。
最近は、元気だけど、無理はできないのだ。
「あ、あの!」
「はい!?」
「お詫び、というかお礼に! このあと、スイーツでもごちそうさせてください!!」
「え、ええ? でも……」
「お願いします!」
「うーん、でもこのあとは予定があるので……」
じゃあ、無理ですね……
ああ〜、振られてしまった〜。
少し、強引すぎたわね……
「今度、お茶会でもしましょう!」
「え?」
「あー、でも今は忙しいので、時間ができたらですけど……」
「だ、大丈夫です! あ、申し遅れました。私、ローナ・カンタロープと申します!」
「私は、シンシア・カプセラです。以後、お見知りおきを」
そう言って、シンシア様は嬉しそうに笑った。
◇
「楽しそうですね、お嬢様」
帰りの馬車で、リアムさんが言った。
「ええ。私、カプセラ伯爵令嬢とお茶会をする……かもしれないの!」
「え? カプセラ伯爵令嬢って……」
「今話題の領地の方ね。お父様もお世話になったそうだし、そのお礼もできるわね!」
というか、もっと早くお茶会のお誘いをするべきだったわ……
「それは良かったです」
「お忙しいみたいだから、まだ日程は未定だけどね。……お友達になれるかしら?」
「ローナお嬢様」
「え? どうしたの?」
改まった雰囲気になるリアムさん。
「ジョザイア様のことで、その、お嬢様にお話するか迷ったのですが……」
「いいわ、聞かせて」
「ジョザイア様は、カプセラ伯爵領の遺跡調査に同行しましたよね?」
「そうね。抽選で当たったのよね?」
お父様って、変なところで運がいいのよね……
「その場で、ジョザイア様は、その、不遜な態度をとっていまして……」
「え?」
「その場には、カプセラ女伯爵様や出資者のチランジア前公爵様、国から派遣された騎士たちも含まれており……
どの家からも抗議などはありませんでしたが、その、大丈夫でしょうか?」
「はぁあ!?」
お父様ったら、何をしているのですか!?
「……ありがとうございます、リアムさん。帰ったら早速、謝罪の手紙を書きますわ」
「はい……」
「っと、そうだ」
「お嬢様?」
「これ、リアムさんに」
先ほど買った、傷薬をリアムさんに渡す。
本業は冒険者らしいので、無香のものを。
「私に、ですか?」
「お父様も私も、お世話になっているから」
カプセラ伯爵領でもきっと、お父様に苦労させられたのだろう。
元々はお礼だったけど、そのときのお詫びの意味も含まれてしまった。
「……ありがとうございます」
リアムさんは、戸惑った表情をしていたが、受け取ってくれた。
良かった。
とりあえず、謝罪文の内容を考えないとな……




