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魔術狂世界  作者: あば あばば
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第七十二話 世界はあなたのもの その4

「……」

 だだっ広い廃墟に、自分の息遣いだけが響く。

 足音はかさかさと軽く、反響もせずに穴だらけの壁から外へ抜けていくようだった。

(冬子、いるのか?)

 声に出すのが怖くて、心の中で予行演習する。

 唾を飲み込む喉すら詰まって、声など出せそうになく思えた。


 長い廊下を進み、扉を開けていく。どこか見覚えのある装飾がそこかしこにある。

 夢で見た幻影城の景色と同じなんだ。構造は少し違うが、置かれた調度品や石床の感じはそっくりだ。

 そして、たどり着いた大扉の前には、錆びた西洋甲冑が飾られていた。ここが玉座の間だ。

「冬子! いるのか?」

 開いた扉の向こうで、俺の声は思った以上に反響して、大きく威圧的に聞こえた。

 返事はすぐに戻ってきた。


「……覚えてる。その呼び方」


 暗闇に立ち上がる、衣ずれの音。ひたひたと、裸足の足音。

 今度は俺も不意を打たれない。少しずつ近づく妹の姿を、まっすぐに立って待つ。


「部屋の外から、ドア越しに怒鳴る声。私の世界に踏み込むのが怖くて。私を見るのが怖くて」

「…………」

「遠巻きに名前を呼びながら、動けない私に苛立ちと、嫌悪感をぶつけてる」


 ――そんな風に聞こえていたのか。

「俺は、そんなつもりじゃ――」

 なかった、のか。どうだったのか。思い出したくない。

 あの頃のあいつを思い出すと、最悪だった頃の自分も思い出してしまうから。

「そうなの? 本当に?」

「……わからない」

 正直にそう答えて、俺は首を横に振った。


 冬子はくすっと笑って、天井の穴から差し込む光の下へ一歩踏み出た。

 セーラー服姿でひょこっと立つ妹の姿は、夢で見るより痩せて見えた。けれどその眼光は変わらず、一切の揺らぎがない。俺を見ているようでいて、俺の向こうの何かを見据えている。

「兄貴は相変わらず、何もわからないんだな。私は、だんだんわかってきたとこなのに。自分に今、どんなことができるのか。私がこの世界にいることの意味とか。なんとなーくだけど、大分わかってきたんだよ」

 そう言って、口を尖らせる冬子。

「なんか今の私って、わりとなんでもできちゃうみたいなんだよね。知ってた?」

「……ああ。そう聞いた」

「へー、そっちも事情通がいるんだね」

 冬子は話しながら、興味なげにため息をつく。

「夢のお城でちょっと練習してから、夢の外では何がどこまでできるのか、ずっと試してたんだ。私自身が起こせることはまだそこまで多くないけど、ああしたいこうしたいって思ってると、いつの間にかぴったりの人が手伝ってくれたりする。お花を飾りたいと思ってると、誰かがお花を持ってきてくれる。私にくれるつもりじゃなくても、その人が勝手に花を飾ってくれる。私が自分でも気づいてなかった、ベストな位置にだよ」

 それも因果の魔術の効果なのか。漠然と万能なイメージはしていたが、使っている本人から聞くと思った以上に無茶な力だ。

「そんな感じで、私にも色々教えてくれる友達ができたんだ。ローエングリンとか、他にもさ……私に友達がいるってどう思う? なんか面白いよね。ラノベみたい。ひきこもりのコミュ障が異世界でいきなり友達百人! みたいな。くっくっ……」

 ひねくれた自虐的な言い方に、思わず昔のように口を挟みたくなる俺。

「お前だって、普通に友達いただろ。昔は……小学生の時とか」

「『普通に』かぁ……別に私、小学生の頃も普通じゃなかったよ。あのくらいの子供って、多少変なのが混じっててもまだ話が通じるようになってるんじゃないのかな。妖怪とかと仲良くなっちゃうのもさ、大体小学生だよね」

(また、話があちこち飛んで――お前だって、まだ子供のくせに)

 そう口に出しそうになるのを、ぐっとこらえる。

 ――ダメだ。冬子と話していると、どんどん昔に巻き戻ってしまう。売り言葉に買い言葉みたいになって、お互いに神経に障ることしか言えなくなっちまう。こんなことを言いたいわけじゃないのに。

 「ごめん」の一言が、どうしてこんなに言い出せないのか。謝れない大人なんて馬鹿だと思っていたのに、自分がその立場になると、その一言がどれだけ喉に引っかかって出しにくい形をしてるかよくわかってしまう。

「……冬子」

「ナウシカが王蟲と仲良くなったみたいにさ。小さい子はそれができるんだ。でも――それからほんの少し大人になっただけで、急にみんな、できなくなる。異端の言葉が通じなくなるんだよ。バベルの塔みたいな感じで……兄貴、そういうの知ってたっけ。バベルの塔が崩れて……」

「冬子!」

 俺が声を荒げると、冬子は言葉を止めて黙り込んだ。

「お前に、話したいことがあるんだ。そのためにここへ来た。お前と戦うためじゃなくて、話がしたくて」

「…………」

 冬子からの反応はなかった。微笑みは消え、冷静に値踏みするような目で俺を眺めていた。

「俺は……言わなきゃいけない。俺は、お前を、こ、殺した……から」

 吃りながら、少しずつ言葉を前に進める。

「だから、謝りたいんだ。俺がしたこと、何もかも……」

 気づくと俺は、その場に膝をついていた。わざとらしく見えるだろうとは思いながらも、そのまま立っていられなかったのだ。同じ目線にいてはいけない気がした。

「冬子……悪かった。ごめん」

 許しを請いたいわけじゃない。でも、この言葉だけは伝えなくちゃならない。

「ごめん……」

 力なく、頭を下げた。

 石床の冷たさが、手の平から心臓まで伝わってくるようだった。


「……ふぅん。あっそ」

 冬子の返事は、たったそれだけだった。

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