4 怪我を負わせた犯人があまりにも平然としすぎていて言葉を失う1 <紹介:深町七緒>
<4話 あらすじ>
保健室に向かった南朋は、そこで怪我をした黒ネコを抱いた深町七緒と一緒になった。
彼女はネコを診ようとしない保健室の先生に「なにもできない」などと暴言を吐いている。
先生が動物病院に連絡を取ってくれている間に手指の消毒を始めた深町は、そこで初めて自分が右肘に酷い怪我を負っていることに気がつく。
保健室に着く頃には痛みで頭がぼーっとしていた。ノックをするだけで、なぜかどこにも触れていない左手首がじんとしびれる。体に刺激があるともうダメみたいだ。せっかくテストが明けたのにつまらないことになってしまった。がっくり肩を落とし、おそるおそる力をかけて扉を開ける。
「失礼します」
扉の向こうには先客がいた。俺と同じオレンジの学年カラーの上履きを履いた女の子の背中が、養護の先生のデスクの前に立ちはだかっている。来室に気づいた先生が、彼女の背中越しに顔を覗かせた。
「どうしたの、君。怪我?」
「待って、なんで無視するの、先生」
泣き出しそうなくらい必死な声が俺と先生の間を遮った。険悪な雰囲気だ。「無視するんですか」じゃなくて「無視するの」。見た感じ真面目そうな格好をして見える彼女の口から飛び出したタメ口にびっくりする。
先生はうんざりした気持ちを隠そうともせずに強い口調で反論した。
「無視なんてしてないでしょ。人聞きが悪いわね。あのねえ。何度も言うけど、保健室で動物を診てはやれないの。しかも学外から抱えてくるなんて、非常識。感染症とか、危ないのよ」
「だって生きているんだ。放っておけるわけないだろう」
半袖から伸びた肘からポタリと血が滴り落ち、ワックスのはげた木の床にシミを作っている。腕に抱いている黒いものは、怪我をした生き物だろうか。どこで拾ってきたんだろう。俺だったら、見つけたとしても触るどころか避けてしまうと思う。
「気持ちはわかるけど、保健室ではなにもできない。かわいそうだけどね」
「包帯のひとつも?」
「そう。包帯ひとつでも。そのかわりあなたの言うとおり動物病院に連絡つけてあげるから。それで我慢してちょうだい」
彼女は聞こえよがしなほど大きなため息をついた。
「なんにもできないんだな。仕方ない。それでいいよ」
まるで無能だ、失望したとばかりの言い草に、ヒヤヒヤする。養護の先生はイライラした態度を隠そうともせず、デスクの後ろのキャビネットから45ℓのゴミ袋を乱暴に引っ張り出して、床に広げた。
「連絡をしている間に、あなたは手を洗ってちょうだい。まずはビニールの上にネコを置いて、肘の後ろまでしっかり石鹸でね。消毒もちゃんとするのよ。聞いてる? 深町さん」
深町さん。深町七緒。
後ろ姿では確信が持てなかったけど、やはりそうだった。人の言葉に被せて喋る、早口で独特な口調。おそらく寝起きのままなのだろうボサボサの髪。規定通りのスカート丈。そうだ、うわさの彼女だ。
「それくらいわかっている。早くしてよ」
深町の言動はもはや、ヒヤヒヤを通り越してハラハラものだ。
「まったく偉そうに、何様なのよ」
先生の吐き捨てるようなつぶやきは、後ろにいる俺にもはっきりと届いた。より近くにいる深町には当然聞こえているだろう。偉そう、なんて言われて何を思っているのだろうか。
彼女はゆっくりと立ち上がると、言われた通りに先生の敷いたビニールの上に抱いていたネコを置き、窓際にある流し台に向かった。
治療の順番が回ってくるのには時間がかかりそうだ。諦めて、壁沿いのベンチシートに腰掛け、足を投げ出す。視線の先には事故にあったのだろう動物の……。
「えっ」
思わず視線に入ったネコの姿を二度見した。横たわっているのは、赤い首輪に金の鈴をつけた黒ネコ。首輪の下に白い三日月の模様の入った、あいつだった。
嘘だろ? 危なっかしいやつだとは思ったけど、まさか、こんなことになるなんて。図書館から学校まで五キロは離れてるのに。
「なに?」
深町が俺を振り返った。前髪に隠れてどんな表情をしているのかわからないが、声の感じはだいぶ尖っている。ネコを見て気味悪がられたとでも思ったのだろうか。言い訳がましいかもしれないが、誤解されないうちにと口を開く。
「いや、見たことあるネコだったからびっくりして」
「えっ。君、飼い主を知ってるの?」
深町ではなくデスクでパソコンをいじっていた先生の方が、ぱっと顔を輝かせた。
「いえ、知らないです。昨日、城東図書館近くで見かけたのと特徴が似ていたので、同じネコかと」
強い視線を感じて流しの方を見ると一瞬、こちらを振り返る深町の前髪の奥に隠れた瞳と視線が合った。何か言われるんじゃないかと構えたが、彼女はあっさり俺に背を向け、流し台の蛇口をひねった。それから後ろから見てもわかるくらい丁寧に、血の垂れた肘のあたりまで泡をつけてざぶざぶ洗い、濡れた手に余すとこなく消毒薬を吹きかける。
「うーん、城東駅の方か。だいぶ距離あるし、さすがに違うネコじゃない? 首輪があるから飼い猫だとは思うけどね。かわいそうに」
「かわいそうと思うなら、どうしてなにも……」
先生が深町の質問をさえぎる。
「あ、宮下商店街にある動物病院、午前中いっぱいで終わっちゃうみたい。開けといてもらえないか電話しておこうか」
「……急がないと」
深町は慌てた様子で洗った手の水分を撒き散らすようにブルブル振って、再びネコを抱き上げようとする。
「あ、こら。触らないの。何のために手を洗ったのよ。っていうかあなた、怪我してるじゃない」
先生は慌てて立ち上がる。
「え?」
「右肘。気づいてないの?」
引き続きお読みいただき、ありがとうございます。
自己紹介を兼ねてキャラバトンに答えてみました。
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1、自己紹介
宮下中学校2年3組、深町七緒です。
13歳です。
部活は入っていません。
2、好きなタイプ
好きな……一番好きなのはやっぱりニホンヤモリで、好きなところは足の形とか指先までなみなみっとしたところとか、口を開けたら中まで全部……(延々と続く)
3、自分の好きなところ
本を読むのは速いよ。
4、直したいところ
自転車に乗れるようになりたい。
あとは……神様との秘密。
5、何フェチ?
フェチってなに?
6、マイブーム
自転車の練習をすることだよ。
7、好きな事
ネコと遊ぶことも好きだよ。
8、嫌いな事
嘘。
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