2 あの時突然姿を消した同級生は、どこでどうしているのだろう2 <紹介:大葉南朋>
祐樹はさとしの話を続けた。
「駅横の図書館の入ったビルから出てきたんだ。案外近くに住んでんのかもな」
「さとしが図書館? まさか勉強……ってことはないよな」
昼休みに図書室へ行こうとするインドア派の百瀬を外へ引きずり出していたさとしの口癖は「本なんかの何が面白いの」だったはずだ。図書館のカードは隣接している市町村ならどこでも作ることができるが、中学生が電車に乗ってわざわざ遠くの図書館まで出向くとは思えない。しかもさとしが。祐樹のいう通り、綾川駅の近くで生活していると考えるのが妥当だ。
「連絡先聞かなかったのか? 住所とかラインとか」
「バスケやってるかとは聞いたかな。まぁ、とかなんとかごまかされたが」
「それじゃあ、何も分かってないんじゃん」
「いや。あんまつっこまれたくなさそうだったからよ。あの辺にいるなら、そのうちまた会えんだろ」
なんて薄情なヤツだ。あんなに日々一緒に遊んでたのに。応戦して欲しくて隣の百瀬に視線を送る。感じていないわけないだろうに、今度は百瀬が俺と目を合わせなかった。
「黙ってないで、百瀬も何とか言えよ」
「元気そうにしてるみたいで、よかったよ」
「それだけ? せっかく会えたのに。もっと他に聞きたいこと、なんかないのかよ」
本当に聞きたいこと……「どうして何も言わずに消えてしまったのか」「何が起きたのか」とは口にできなかった。誰に尋ねてもはぐらかされてきたからだ。子供心にも何か訳ありだったのだと察してはいた。
本来なら同じブレザーを着て学校に通い、おせっかいな百瀬に引きずられてイヤイヤながらもここでテスト勉強をしていたかもしれなかった。チームメイトとしてバスケの試合に出ていたかもしれなかった。それなのに。
俺は、本当はお前だって同じように思ってんだろという思いを込めて百瀬の横顔を食い入るように見つめた。柔らかな天パの髪に隠れて、表情は見えない。
彼の返答は意外なものだった。
「言いたくない事情があるんなら、無理に知ろうとしないのも友情かなって」
「そんな」
嘘だろ? らしくもない。さとしがいなくなったと知ったとき、誰よりもショックを受けていたのは百瀬じゃないか。寝込んで自分まで運動会に出られなくなったほどだったのに。
微妙な空気を変えようとしてか、祐樹はあからさまに話の方向を変えた。
「お前らは明日でテスト終わりなんだろ。俺は今日から。マジたりぃわ」
「みたいですね。でも大葉先輩はテストなんて楽勝でしょ? 超優秀だし」
百瀬が話に乗っかる。祐樹はいかにもかったるそうに大あくびした。
「まーな。中学までは寝ててもできたが、でもさすがに高校じゃそういうわけにもいかねーだろ。めんどくせえよ」
天狗になる祐樹に対し、百瀬がハハハと乾いた笑いを返す二人ともさとしの話はもう終わりにしたいんだ。同じ温度で気にかけてはいないことが寂しかった。思わず嫌味が口をつく。
「はぁ。寝てても、ね」
本人のいうとおり、ほんとうに祐樹はよく寝た。学校から帰ってくると、着ていた服をみんな机に放り出してすぐに二段ベッドの上にもぐりこむ。彼にとって机は物を置くところで、座って勉強するところじゃないのだ。同じ部屋で宿題をしている俺の頭に脱ぎ忘れた靴下が降ってきて、喧嘩になることもさいさいだった。
学校での態度も似たようなものらしく、個人面談の後など親から長々と説教をくらっていた。退屈なんだからしょうがない、眠くなる授業をする先生が悪いというのが祐樹の言い分だ。それでも奴は成績を落とさない。とりあえず授業中教室にいさえすれば、わからなくなることはないんだそうだ。つい呪いの言葉が口をつく。
「いつか痛い目を見ればいいのに」
「あ? なんか言ったか?」
「べっつに」
痛い目を見るどころか、祐樹の人生は順風満帆だ。寝てばっかいたくせに、当たり前のように県内トップ校入学。入部を請われたバスケ部を蹴って、なぜか美術部の幽霊部員。悪気はないんだろうけど存在が嫌味でしかない。
「図書勉なんて、真面目によくやんよ。正直感心する。俺には無理だね。すぐ飽きちまう」
バカにしているのかと思わずカチンと来るけれど、きっと祐樹にとってこれは素直な賛辞だ。自慢しているつもりなんてみじんもないのだろう。一所懸命勉強しなきゃどうにもならない人の気持ちなんかわからないんだ。考えてみれば、これもひとつのハンディなのかもしれない。でもフォローしてやろうという気持ちになんか、絶対になれないけれど。
百瀬ががっくり首を垂れる。
「俺だって、やらなくて済むならやりたくないですよ」
「な。まったく、嫌味だよな」
「嫌味? まさか。俺もお前らみたいに要領よく努力できれば、大人とも衝突しないで済むのにって思うがな」
ふつう要領がいいってのは、教えなくてもなんでもできるようになる祐樹のような人間のことを言うんだぜ、と心の中で毒づいた。まぁ、違う意味で不器用で苦労しているとは俺も思う。普段、家族や先生から説教を食らうのは俺より断然祐樹の方だ。俺は不思議と怒られることが少なかった。単に期待されていないだけだろうけど。百瀬が呆れたように笑った。
「はは。そんなこと言ってたらまた守姉にキレられますよ。あの人は必死ですから」
「しゃーねーだろ。わかんねーことがわかんねーんだから」
いつだっただろう。母が「兄は何も教えなくてもできたのに、弟は覚えが悪くて」とこぼしているのを耳にしたことがある。子どもに聞かせるつもりのない、母親同士のたわいのない愚痴だったんだろうけど、結構堪えた。兄と違って自分はダメで、何をやっても期待に応えられないんだと感じてしまったから。まだ学校にも入っていない、うんと小さい頃の話だ。
守さんに向かって祐樹は平気で「こんなのもわからんのか、バカ女」と腐していたけど、 猛勉強の末、南綾に合格した守さんは大変な努力家だ。百瀬だってそうだ。バスケも、勉強も、目に見えて成果が出なくても腐らず頑張っている。そんな根性、俺にはない。俺なんかどうせ、人一倍やってようやくそこそこだ。ひがんでも無駄。誰しも自分のもっているもので勝負するしかない。人生は不公平なものなのだ。百瀬には、達観しすぎと呆れられるけれど。現実なんて、そんなものだろ。
信号が変わり横断歩道を渡ろうとした百瀬が目の前で急にブレーキをかけた。ぐるぐる考え事をしていたせいで反応が遅れ、ぶつかりそうになる。祐樹が慌てた声で叫んだ。
「おい、待て。さっきのネコ」
百瀬の自転車の脇をすり抜け、赤い首輪をした黒ネコがびゅっと横断歩道へ飛び出したのだ。百瀬が声を裏返らせる。
「ひゃ。あ……っぶねーなぁ、ひかれちゃうぞ」
幸い車はなく、ネコは無事に横断歩道を渡りきった。民家の間の塀に飛び乗って姿を消す。まるで幻であったかのように。
引き続きお読みいただき、ありがとうございます。
自己紹介を兼ねてキャラバトンに答えてみました。
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1.自己紹介
宮下中学校2年3組、大葉南朋です。
部活はバスケ部です
2.好きなタイプ
え? なんだろう……嘘つけない人かな。
3.自分の好きなところ
好きなところって言われても。
なんだろう。
真面目って言われるところ?
4.直したいところ
ヘタレは嫌だ。
5.何フェチ?
え?……それ答えなきゃダメ?
6.マイブーム
音楽聴いたり? くらいかな。
部屋ではいつもイヤホンで聴いているよ。
兄貴と同じ部屋だから。
7.好きな事
歌うのも本当は好きだけど、人前では歌わない。
8.嫌いな事
争いごと。
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