花の微笑み
闇の中で声がする。
「ねえ、まだ紗綾は目覚めないの?そろそろ目を覚ましてもいいんじゃない?」
「あのな、お前とは体の作りが違うんだぞ。お前みたいに異様に治りが早いとかじゃないんだから、これぐらいが普通なんだよ。というか、なんでお前はもう既に起き上がれているんだよ!その体はどういう構造になっているんだ!」
「さあ?昔から治りは早かったし」
今ではすっかり聞き慣れてしまった三国の声と、おそらく三十代くらいであろう男性の声が響いている。
「二人とも、静かにしてくれる?紗綾があんたたちの目を覚ましてしまうでしょう。三国みたく治癒力が高いわけじゃないんだから、もう少し寝かせておかないと」
「そうそう。お前ら二人はちょっと黙れ」
「あのな、元はと言えばこいつが」
「分かった。紗綾の為なら黙っているよ」
「……」
さらりと三国が告げた衝撃的な言葉に、男性と梓ちゃんと弓弦さんがピタリと押し黙ったのが分かる。
まあ、こんなことを考えている私も目を閉じてはいるが聞かされた三国の言葉には内心ぎょっとしている。
「先生、三国でさえこう言っているんですから、黙って下さいね」
「はあ。分かったよ。でも、多分その子もう起きているぞ」
「え?」
四人が交わしていた会話から医師であろうと推察できた男性は、私が起きていることをさっさと指摘した。
此処まできて狸寝入りをするつもりもなかったからまあいいが。
「…………煩さ過ぎて起きました。三国、怪我人の周りでは喧しく騒がないように」
「はーい」
目を開けると同時に三国に注意すると、にこにことひどく無邪気に笑って幼稚園生のように元気良く返事をされた。
それもそれでどうかとも思うが、気にしない方向で行こうと思う。
「私、撃たれたところまでは覚えているんですよ。その後の記憶が一切無くて」
「だろうね。腹部に一発食らって大量出血したから、記憶が曖昧なのは当然だと思うよ」
「でも、三国が私を助けに来たの覚えていますよ」
視界が暗転する直前に三国は私を助けに来てくれた。
それだけははっきりと覚えている。
「取り敢えず、今はあの後に何があったのかを話した方がいいか」
微かな微笑みを唇に浮かべた弓弦さんが話してくれたのは、私が撃たれた後に南雲晴臣がやって来て、撃たれた私を見て錯乱したことと、その南雲晴臣が何故か翌日に殺されていたということだった。
そこにコアが確実に壊されたかという情報は含まれていない。
私が一番聞きたいことなのに。
「あの、機械人形のコアは?ちゃんと壊れていましたか?」
「壊れていると思うよ。南雲晴臣がそれっぽいことを言っていたし、機械人形たちも倒れていたから」
「そっか。良かった」
三国の口からちゃんとコアが壊れているという言葉を聞いて安堵の微笑みを浮かべる。
彼らはそれに関して何も聞かない。
私に話せないことがあるということを理解してくれているのだろう。
そして安心すると共に記憶の底から思い出したのは、ラグナロクに攫われる直前に見た何発もの銃弾に撃ち抜かれた三国。
ハッとして三国の方を見ると、相変わらずにこにことした笑みを浮かべている。
「俺は大丈夫。もう治ったから」
もう問い掛けることを許さない、有無を言わせない口調は気に食わないが、三国が嘘を付かないというのは分かっているから渋々黙る。
「ところで、貴方はどなたですか?」
「…やっとか」
無精髭を生やした、イケメンなのに残念な空気が漂っている男性は、ヨレヨレの白衣を纏って聴診器を引っ掛けているところから医師であることに間違いはなさそうだ。
「俺は秋津千歳。昔からこいつらを見ている闇医者だ。お前も治療した。言っておくがヤブではないぞ」
「私は花苑紗綾と言います。今は三国の所でお世話になっています」
「それはもう聞かされた」
飽き飽きとした表情を浮かべる秋津先生に三国は何を言ったのかと気になるが、それは後回しにする。
「秋津先生、治療をしてもらってありがとうございます」
「気にすんな。こいつらが煩かっただけだからな」
苦笑を浮かべた秋津先生は軽く手を振ると診察があるといって病室から出て行った。
その背を見送っていると、三人の視線が突き刺さる。
「えっと、その、三人とも助けてくれありがとう」
「どういたしまして」
「あまり心配をかけさせないでね」
「無事で良かった」
三人の性格が如実に現れている言葉に微笑みを浮かべる。
漸くこの場所に帰って来れたのだと実感が湧いた。
「おかえり、紗綾」
「ただいま、三国」
殺人鬼と少女は美しく笑う。
これにて殺人鬼さんと私2を完結させていただきます。
無理矢理終わらせた感が半端ないのですが、最後まで読んでいただけたら幸いです。
次は新しい話を二つほど書こうと思っています。




