閑話 ~少年と狼(?)と猫(?)の食卓~
ノワールさんの笑顔に毒気を抜かれた僕たちは、素直にテーブルに着いた。
僕たちが座っていたソファの隣に、いつの間にかダイニングテーブルが現れていたんだ。
跳躍艇って本当にすごい。まるで、びっくり箱だ。
「皆さんの感覚ではお昼どきでしょうか。しかし、太陽系標準時では午後六時です。なので、ディナーといきましょう」
ノワールさんが優雅に一礼する。二足で立っているのはなぜ?
ノワールさんの言葉と共にテーブルの上に料理が現れる。
これ、見たことがあるぞ。調査課の職員食堂のメニューだ。一番高いやつ!
「職員食堂のメニューだ!」
思わず声が出ちゃった。
「そうですそうです。アルにレシピをご教示いただきました。宇宙に出て初めての食事はこれにしようと決めていました」
テーブルには、メークインのヴィシソワーズ、タコとトマトのカルパッチョ、牛赤身肉の薪火焼き、それにガーリックトーストが並んでいる。
「さあ、お召し上がりください」とノワールさん。
アルの前には、サイボーグ用の栄養カートリッジ。ちょっと悲しい。
ノワールさんの前には、少しずつみんなと同じ料理が置いてある。
コハクさんは僕と同じ量だ。
これ、猫が食べたら駄目なやつなんじゃないかな?
ガーリックやタコはもちろん、ヴィシソワーズに入っている野菜もよくないって聞いたことがある。
そもそもノワールさんって食事ができるの?
「体の大半は機械ですが、味覚も消化器官もありますよ」
僕の視線に気づいたのか、ノワールさんが言った。
「食べた物はどうなるの?」
「よくぞ聞いてくださいました。なんと有効に活用しているのです」
そう言って、漆黒の体をぺろぺろと舐める。
「この美しい毛皮。これは、フェリシア人の遺伝情報から合成したものです。生体組織ですよ」
何か語りはじめたぞ。
「そして、この毛皮を維持するために、摂取した栄養素を使用しています」
「す、すごいんだね。え、さっき、そのまま宇宙に出ていなかった?」
「非常によい質問です。コハクたちフェリシア人は、小惑星からの鉱物資源採掘のために造られた種族です。多少の真空暴露や放射線被ばくなら平気なのです」
「そうなんだ……」
そっとコハクさんをうかがう。
丸々と太った猫が宇宙遊泳している姿を想像してしまったよ。
そう言えば、猫そっくりだけれど、コハクさんはフェリシア人という別の種族だっけ……。
「もちろん、そのままでは長時間は耐えられません。遺伝子改変で生体ケラチンを複合繊維化、真空環境下でも艶やかで美しい毛並みを維持できるようにしました!」
「ノワールは美しい毛並みに並々ならぬこだわりがあるのさ」
コハクさんが呆れたように言う。
「そうですそうです。放射線防御と断熱機能についても研究中です。完成したあかつきにはフェリシア人にフィードバックします。宇宙猫の誕生です」
「壮大な計画なんだね……」
まあいいや。ノワールさんの馬鹿話よりも今は食事だ。
ヴィシソワーズに口をつける。ポロネギの風味がふわっと香る。
続けて、なめらかに裏ごしされたメークインの優しい味、バターのコク、生クリームの濃厚な旨味が冷涼感と共に口の中に広がる。
何か隠し味があるみたいだ。あとを引く味わいだ。
前菜のタコとトマトのカルパッチョに手を伸ばす。こちらも冷たい料理だ。
軽く茹でたタコを薄くスライスしたものが、同じく薄く切られたトマトに載っている。
全体に掛けられたソースは、オリーブオイルベース。ハーブが香る少し酸味がある味付けだ。オレンジを使っているのかな。
プリプリとした歯ごたえと、さっぱりとした味に心が浮き立つ感じがする。
そして、牛赤身肉の薪火焼き。
現代の食肉は、全て培養された筋繊維だ。種類も豊富で天然ものより味がいいらしい。
それを、クヌギの薪で焼いているそうだ。
ノーザンエンドではクヌギを植林しているけれど、数はそれほど多くない。
毎年、枝打ちのときに出る薪の確保に、多くの人たちが奔走しているそうだ。
クヌギの枝は使い道が多くて引く手数多らしい。
職員食堂のメニューの中で、飛び抜けて高価なのはそんな理由からだ。
牛赤身肉の表面にオイルを塗ってじっくり焼いて、分厚く切り分けたものが提供される。
味付けは岩塩とわずかなブラックペッパーのみ。
表面はパリっと焼き上げられ、断面はピンクから赤へのグラデーションが美しい。
口に入れると、ふんわりと漂うスモーキーな香り。
噛みしめると、柔らかな赤身肉から肉汁がじわっとあふれでる。
なんと言ったらいいのかな。
野生と文明の調和? 今日の僕はちょっと詩人かもしれない。
最後はガーリックトーストだ。
バタールをアコーディオンカットして、ガーリックバターを挟んでトーストしたものだ。
食べやすいサイズにカットされたそれを手に取り口に運ぶ。
鮮烈なガーリックの匂いが口内に広がり、カリっとした表面の内側はふんわりとした食感。
控えめなハーブの風味、それに何だろうこの旨味。
自分で作ったガーリックトーストとは別物だ。
ガーリックトーストって、こんなに美味しかったっけ?
「このメニュー、調査課の課長が考えたんだぞ」
アルの爆弾発言。
「えっ! あの胡散臭い課長が?」
「言ってやるな。本人も気にしている。自覚はあるようだ」
笑い声でアルが答える。
「ひょっとして他のレシピも課長が?」
「そうだ。調査課の職員食堂のレシピは、全て課長が考案したものだ」
今日一番の衝撃だ。




