ノワール
「お父さんとお母さんは死んじゃったの?」
ジーンが震える声で問う。
「いや、まだ生きているはずだ。続きを話そう……」
―― 「意識が戻りましたか」と低い男性の声。
突然視界がクリアになる。煌々と輝くライトが眩しい。
「失礼しました。光量を落とします」
渋めの声だ。アナウンサー向きだな。
改めて周囲を観察する。眼球は動く、だが瞬きができない。
先ほど目に刺さった光源はフレキシブルアームに搭載された手術灯のようだ。ここは?
『手術室か……』
声を出そうとしたが口が開かない。舌の感覚も無い。
だが、声は出た。自分の声ではないように感じる。
「はい、セレスの救急救命室です。あなたの体は多大な損傷を負っていましたので」
『損傷……ってレベルではない気がするがな』
「何とも落ち着いていますね。荷電粒子ガンを向けられたときに胸をかばったことが生死を分けました。救命室まで持ちこたえましたから」
『これは、人工眼と音声入出力装置か……。サイボーグ技術だな』
「着弾時の制動放射で大量の電離放射線を浴びていました。申し訳ありませんが脳の保護を最優先に処置しました」
説明をぼんやり聞いているうちに、はっと気づいた。
『ナルヴィとアリスは!?』
「シャトルにいた二人ですね。『ヴェリテ』に連れ去られました。頭部だけですが、二人は生きていますよ」
『真空中だぞ、生きているわけがない』
「あれはヴェリテと呼ばれる人工的な生物です。あなたに振り下ろされたあの円盤は、簡易型の停滞フィールド発生装置ですよ」
『首を切り落として頭だけ持ち去ったって言うのか』
「あれは知的種族の生体脳を集めています。ヴェリテの詳細をお伝えしましょう」
脳裏に映像が浮かぶ。軍の新兵訓練で使われるニューログラフにちょっと似ているな。
だが、こちらはイメージ定着のための反復学習が不要な気がする。イメージが鮮明なのだ。
映像に集中する。
――― 円盤状の頭部、円盤の縁に十数個の視覚器官。首は無く頭部と胴体は固定されている。
左右の肩部からは太い二本の腕と、細い一対の腕。各腕の先端は四つに分かれ指の役割を担う。
胸部は大きく膨らみ腰は細く、臀部が無い。そして足も存在しない。
さっきは、非常用照明の赤い光の下、色までは分からなかったが薄い灰色の皮膚だ。
胸部に意識を向けると透視図のイメージが浮かぶ。
中央部に機械部品。機械知性のコアユニット設置用ソケットに少し似ている。
そして、ソケットを囲むように三つのくぼみ。
一つ一つのくぼみが、人間の脳くらいのサイズだ。
今度は脳裏に言葉が浮かび上がる。
ヴェリテは、『超越種族』を目指したある上位種族の実験生物。
三つの生体脳を連携させて相乗効果を狙い、高度な思考機械でその神経信号を解析、蓄積する。
より高度な思考能力が期待できる個体を発見すると、その個体を捕獲、古い脳を捨て新たなる脳を取り込む。
それは、既知の知的種族を超える、超越種族に到達する可能性を探るための実験の一つ。
その上位種族は、実験の結果この手法では超越種族に至れないと判断。
実験に未練を持つ研究者が実験生物を奪取。白色矮星近傍の惑星に移送。
研究者は、実験生物を秘匿施設の停滞フィールドに封印した直後に事故で死亡。
白色矮星から直接エネルギーを収集していた施設は、数万年に渡り停滞フィールドを維持。
後世、この惑星の施設が発見され、過去に滅亡した上位種族の遺跡として扱われる。
全ては『太陽系事変』の侵略者、『ヒュージロンバス』の記録と突き合わせた結果判明した事実だ。
地球圏に潜伏中の『シミラ』人科学者ラザードが、遺跡から発掘されたプロトタイプ・ヴェリテを入手。
地球連邦から強奪した地球人の受精卵に遺伝子改変を行い、多数の実験体を製造、育成。
地球人のみならず、異星種族の遺伝情報を多数用いた影響で育成は難航。
その大半は失敗に終わるが、三名が有益な才能を発現。
ヴェリテに移植可能な状態になるまで、各種訓練、教育を施される。
しかし、ヴェリテに脳が移植される直前に、三名は脱出を計画、成功する。
内訳は、男性十二歳、女性九歳、男性八歳。
計画立案者は十二歳の少年。
脱出の概要は、演習中の小惑星連合軍の協力を得て…………。 ―――
胸の悪くなるような話だ。
三人の少年少女が無事に脱出できたのが救いだった。
落ち込んだ気分で考え込んでいたが、ふと大事なことに気づいた。
俺を助けてくれた存在の名前も顔も知らない。
『今さらだが、あんたは誰だ? 命の恩人さん』
「ああ、自己紹介が遅れましたね。以前、あなたとお話ししたことがありますよ。覚えていませんか、キース」
視界に黒猫の正面顔が映った。大写しで。
『すまないが、黒猫に知り合いはいない』
「私です。ノワールですよ」
『ノワール……通信塔の機械知性か!?』
「そうですそうです。実は私、こんな姿なのですよ」
背中をぐっと反らし、腰を持ち上げて「伸びのポーズ」を取るノワール。
『まあ、あれだ。少し納得した』
「どういうことです?」
『あんたには初めて話したときから違和感があってな。人格オーバーレイが載ってないんじゃないか?』
「ご明察です。今の地球では私だけですね。超レア物です」
『ああ、やっぱりか。人格オーバーレイが載ってるやつと話すと、無条件で肯定したくなるんだよ。あんたにはそれを感じなかった』
「人格オーバーレイは地球人が生み出した傑作です。あれは凄いですよね。機械知性に大人気です」
『自分が機械知性じゃないみたいな言いようだな』
「またまたご明察です。以前は機械知性に類するものと名乗っていましたが、今の私はノワールです。それ以外の何者でもないのです」
『自我論の講義か? で、出自を教えていただいても?』
「いいでしょう。文明指標Ⅴ、いわゆる超越種族の、今は亡きいと尊き御方のサブユニットの一基です。元隷属種族、コハクに仕える守護者の任を賜っております。また、元小惑星連合軍、第三七技術試験小隊全員の友人でもあります」
『おいおい、いきなり情報量が多いな。消化しきれないぞ』
「これは失敬。細かいことは気にしない精神で行きましょう」
『参ったな……』
俺は軽薄なノワールの語り口に辟易した。 ――




