信じていたはなし
見切り発車で好き勝手性癖だけで行きたいと思います!! どうぞご容赦ください!!
魔王を倒せば、世界が平和になって、もう苦しい思いをする人なんていなくなるんだと。
信じていた。
思っていた。
裏切られた。
そもそもの話で、当代の勇者には難があった。当代の勇者の血筋だ。
長い間語り継がれてきていた幾人もの勇者は、誰もが僅かであろうともどこかの国の王族の血を引く存在で、それだけでもう選ばれた人間として十分な背景を背負っていた。
だが、当代の勇者は一滴もどこかの王族の血を継がない身の上だった。
勇者は魔の国のものとの戦乱のさなかに両親をなくし、親戚を頼りながらもその親戚たちに疫病神と言われて虐げられてきていた存在だった。
ほとんど奴隷になるような身の上だったのだ。
それだけでも当代の勇者は、聖剣を所有する国々の統治者たちから眉をひそめられる身の上だった。
統治者たちには矜持があった。そして我らの何処かの王族が、この度も勇者となり、また魔の国の王を倒し、世界を覆う闇を切り払うのだと思っていたのだ。
故に当代の勇者がその何処の血も受け継がないというのは、大変矜持を傷つけるものだった。
そして王族の正当性を問われることでもあったのだ。
勇者になりうる血だからこそ、国の統治者としてふさわしい。
そんな暗黙の了解に似たものが、この当代の勇者の存在によって壊されることを、統治者たちは恐れたのだ。
それゆえ勇者は秘匿された。
聖剣に呼ばれ、本来ならば下々の身の上のものなど立ち入れない城の聖域に聖剣によって導かれたことで入り、聖剣を引き抜いたその勇者は、その国の統治者によって隠された。
だがそんなものは情報戦によって容易く他国の統治者にも知られた。それは聖剣を引き抜いた際に立ち上った聖なる光ゆえだろう。
その光がその国の聖剣を引き抜ける何者かが現れたことを示し、何者か勇者足り得るものが覚醒したと数多の国にも理解できるほどの輝きだったからとも言える。
勇者は現れたのだ、覚醒したのだ。
もう長いこと魔の国のもの共との争いを続け、疲弊していた国々は勇者覚醒に歓喜し、勇者にふさわしいものをと財を投じた。
だが。
勇者がどこの王族の血筋もひかないことを、その国の統治者は他国の統治者に伝えたのだ。
それはどこの国もそのことで王権が崩壊する危険性があり、それにより世界が混沌と化する可能性があったからだ。
その国の統治者は知恵が回った。回ったからこそ同じような立場の者共に隠しておくのは不利益だと気付いたのだ。
結果。
勇者は統治者以外の者たちには認識されず、隠された。隠されて、魔の国の王を倒すようにと命じられ、統治者の後継者になるであろう者たちと長い戦いの道に旅立った。
勇者は確かに懸命に魔のものたちと戦い、魔の国の王を打倒した。その場には統治者の後継者たちが臆病風に吹かれて、一人も居なかったが、魔の王が滅びたことにより魔のもの共が消滅したことで、魔の王を討ち滅ぼしたと誰もが理解できたのだ。
魔のものは魔の王のちからにより生み出された生き物でないもので、生き物は魔獣と呼ばれている。その違いはとても大きい。生き物ならば死体を残す。だが魔のものは魔の王の力により生み出されたものなのだから、死体を残さない。
殺して初めてどちらかわかるという冗談のような話も聞けるほどだった。
勇者は一途に己の使命を果たしたのだ。間違わないように必死に魔のものどもを倒し踏み越え、ついには勇者が行うもっとも英雄的であろう行動、魔の王討伐に成功したのだ。
それに成功した勇者はどうなったのか。諸外国の悲願を果たした勇者に名誉が与えられたのか。
その答えは、光届かぬ暗い牢獄の中一人、足枷と手枷をつけられ暗闇を見つめる、真の勇者だけが知っている。
「おい、お前。また仕事だから外に出ろ」
暗い牢獄。時間の感覚も失われるような孤独の時間しか存在しない、暇つぶしになるのが壁を伝う地下水のしみる音を数えることと、どこかで小さな獣が蠢く音を数えることでしかない、そんな空間にいる少年は、そう言われて顔を上げた。
「またひとごろしすんの」
「お前の役目だ。それともここで食事を抜かれて死にたいのか」
「しにたくないよ」
「だったら仕事に文句を言うな」
泥のように濁った瞳の少年は、言われて体を起こした。暗闇に長くいることは、体を壊すことでもある。人間は日光の下に居られない生活を過ごすと覿面に体調を崩すし、無気力にもなる。
この少年もそれに違わない状態で、のろりと身を起こし、したたかに背中を蹴飛ばされた。
「ぐずぐずするな! 勇者様もお前が来るのをお待ちなんだぞ!」
「ゆうしゃはおれだよ」
「もう言ばかりを」
呼びに来た兵士は少年が暗闇の中で妄想を膨らませたのだと思っている。事実暗闇は人の正気を奪っていくのだから、その考えもおかしなことではないだろう。特に暗闇の監獄の管理をしてきた兵士なら、見慣れた態度とも言えた。
「ゆうしゃじゃないならなんでおれにひとごろしさせんの」
「お前はその程度のことしか出来ないからだろうが。死にたいか」
「しにたくないよ」
「なら戦え。辺境の土地で反乱軍がまた決起した」
「それをころせばいいの」
「そうだ。そうすれば陽の光のもと歩いていられるし、食事もあたえられる」
兵士は弱りきった思考回路の人間をどう操ればいいのかを知っていた。この手の人間を長く見てきた兵士だからこその対応だった。
そして都合の良いことに、この少年は生きることに執着している姿勢を見せていたのだから。
生きながらえられると言う選択肢を見せれば、この少年は口先以外は素直に従うのだと、兵士はもう扱い方を理解していた。
「深く兜をかぶれ。鎧を身に纏え。しくじるな。二撃か、三撃ですべてを終わらせろ」
「わかった」
少年は言われたままに素直に頷く。この素直さは扱いやすい。勇者が手を汚すまでもない。国を守る勇者が手を下すまでもなく、この少年一人ですべてが終わるのだから簡単な話だった。
反乱軍が決起したのは、国境線沿いに国が重い税を課したからだ。魔のものどもとの戦いで疲弊した国境線沿いは、本来は人間たちの奪い合いになるくらいに豊かな土地だった。
豊かだからこそ、自治領になるのだということを長く夢に見てきて、そして魔のものどもとの戦いが一段落したから、自治領になる一歩を踏み出そうとし、国と対立関係になって反乱軍という形になった。
この反乱軍に隣国の息が掛かっているのは明白で、故にしっかりと叩き潰さなければ隣国の影響がどう国に向かうか考えたくもなかった。
同じ敵を失った今、国と国はお互いに利益を求めて火花を散らし争いの道に進んでいたのだ。
辺境からすれば、魔のものどもとの争いがあった頃の方が平和に思えたかもしれない。
そんな風に変わっていた世界で、少年は土煙を上げて進軍する反乱軍を単身見据えていた。
少年の後方には、少年が失敗した時のために勇者が構えている。うち漏らしのないように。
少年は濁った瞳で反乱軍を見据え、剣を構えて、一気に横薙ぎに振るった。
たった、それだけ。それっぱかりの動き。
しかしそれは甚大な力を見せつけるのだ。剣から振るわれたのは白い稲妻を伴う斬撃であり、それはとてつもない広範囲に広がり、容赦などなく反乱軍の人間の命を奪っていく。
少年は顔色を一つも変えずに二撃目を振るう。倍の数の命が散る。
それでも少年は何も変わらない調子で三撃目に移る。その終わりに残るのは、見えぬ死者の魂が天上に昇っていく光景ばかりだった。
魔の王を倒せば、皆平和になると信じたから、言われてきたから、ちゃんとがんばったのだ。
でも。
「ひとごろしのどうぐだ」
勇者だった少年は、人殺しの道具として国から使い勝手がいいように使われる未来となっていた。
目の前で親をなくした少年は、死というものが怖かった。故に自死の道を選べず、その道以外に進む道を見つけられなかった。
「あのとき」
少年は呟いた。
「相打ちになってれば、なにか変わっていたのかな」




