028・番の竜
「……2頭だと?」
王国最強の『黒の王剣』様は、その美貌をしかめた。
同行するマリウス団長始め、騎士たちも顔を見合わせざわついている。
お母様は、
「はい」
と、確信の表情で頷いた。
(え~、予定外)
1頭の討伐に軍が出動する『地角竜』が、まさかの2倍になるとは……僕も驚きである。
お母様は数秒思案し、
「ひょっとしたら、『番の竜』かもしれません」
「番……」
「ええ。本来はアルカナ大霊峰の麓で生息していた『番の竜』が、先日の霊峰の崩落で危機を覚え、巣を捨てて移動しているのでは……と」
「なるほどな」
ジューレンヌさんも納得したように頷く。
「だが、『番の竜』ならば、産卵期、出産期の可能性もある。そうした竜種は攻撃性も強くなり、危険度も増す。霊峰近隣で暮らす人々への被害の可能性も高まったな」
「はい」
「マリウス団長」
銀髪の美女は、彼を呼ぶ。
「はっ」
「1名、伝令を出せ」
「伝令ですか?」
「私たちはこのまま『番の竜』を追う。だが、万が一に備え、この情報を『オルガランテ』と『王都アヴィタ』の騎士団にも伝え、共有させておく。人員の選抜は任せる」
「はっ、承知しました」
団長は敬礼し、部下の騎士たちの方へ向かう。
緊迫した空気だ。
(…………)
と、その時、
「お兄様?」
「? 何?」
「お兄様、どうして笑ってるの?」
「え?」
笑ってる?
幼女の声に美女2人も振り返り、そして驚いた表情になる。
「エト君……」
「お前……」
(え、本当に笑ってる、僕?)
と、自分で困惑。
だけど、内心、わかってる。
――敵がより強くなったなんて、楽しいじゃないか!
ああ、『前世の僕』、悪い癖だよ。
まだ全力の『マギ・ブラスター』も見せてないし、相応しい相手にも出会っていない。
だから、期待したいのはわかるけどさ。
(……あは)
いや、やはり本心は隠せない。
うん、どうなるか、僕も楽しみだ!
でも、まぁ、一応、美女2人には「すみません」と謝っておく。
お母様は苦笑し、
「もう、本当にエト君は……」
と、『困った子供』を見るような眼差しである。
一方、褐色肌のダークエルフの美女は美貌をしかめ、呆れと非難の声で僕に言う。
「お前は本当に、状況をわかっているのか?」
「ええ、はい、もちろん」
「…………」
「でも、結局、『番の竜』を倒す目的は変わらないんでしょ?」
「……ああ」
「なら、いいじゃないですか。2頭に増えたって怯えるより、楽しみにしてた方が……ね?」
と、僕は笑いかけた。
『黒の王剣』と呼ばれる美女は金色の目を見開き、やがて息を吐く。
「……まぁ、一理はあるか」
と、諦めたように認めた。
(うんうん)
僕も頷き返す。
と、彼女は、お母様を見て、
「この少年は、こういう性格なのか?」
「ええ、まぁ」
「……貴殿も苦労しているな」
「苦労とは思いませんし、それに見合う価値のある少年です」
「…………」
「この子には、あの人とはまた違う強さがある……私はそう感じ、そして、その強さを信じています」
「…………。そうか」
「はい」
お母様は真っ直ぐな、明るい笑顔で答えた。
そんなマルティーナさんに、同じ男を好きになった銀髪の美女は少し複雑な顔になる。
(ま、感じ方は人それぞれだよね)
でも、お母様に信じられている。
それは、うん、やはり心強く、そして嬉しかった。
と、その時、
「うん、お兄様、凄いもんね!」
と、僕の横で幼女も笑う。尻尾もパタパタしてる。
(あはっ)
いや、もう1人いましたね?
◇◇◇◇◇◇◇
マルティーナさんが『臭い』を覚えたので、僕らはまず川沿いに下流へと向かう。
下流に行く理由は、特にないらしい。
『番の竜』がいる保証はなく、もし下流で『臭い』が見つからなければ、今度は上流に向かう予定なんだってさ。
(ま、2分の1の確率だしね)
1発で当たるといいな~。
そして僕は今、『黒の王剣』様の後ろで馬に乗っている。
目の前で揺れる兜越しに、稜線の一部が丸く抉れた『アルカナ大霊峰』が遠く見えている。
(…………)
僕は、前の彼女に聞く。
「あの、ジューレンヌさん」
「何だ?」
「騎士団は最初、あの山の崩落の調査に来たって聞きましたけど、原因、わかったんですか?」
「いや、まだ不明だ」
(ホッ)
内心、安堵する。
「だが、明らかに自然現象ではない。何か大きな力が外から作用し、崩落したのは間違いない」
「……ですか」
「ああ。現地には魔力残滓も残っている。恐らく、魔力的な『何か』の結果だ」
「…………」
「しかも、あの崩落の大きさを見るに相当な威力だ。それを1個の生物が発するのは、竜種でも不可能だろう。となれば、他国の開発した新型の『軍事兵器』の可能性も視野に入る」
「兵器……」
おいおい。
(じゃあ、僕の『マギ・ブラスター』は軍事兵器レベルの武器なのかい?)
くっくっ、凄いぜぇ。
内心の悪人笑いを堪え、僕は聞く。
「あの、『古龍』の仕業って噂は……?」
「ただの噂だ」
「…………」
「『古龍』は神話に出てくる存在で、最後の記録が確認されたのは300年前の聖典だ。当時、北方にあったゴアナという国を滅ぼし、そして『アルカナ大霊峰』の地の底で眠っているとか」
「それ、実在するんですか?」
「する。同族の長老の中には、目にした者もいる」
おお、さすが長命種。
(そのダークエルフの長老様は、つまり300年以上、生きていらっしゃるのか)
そして、同じダークエルフの美女は、
「しかし、本当に大霊峰の地中にいるのかは不明だ。少なくとも今回の件とは無関係だろう。それに、もし本物の『古龍』が目覚めたのなら、『オルガランテ』どころか『アーヴィン王国』そのものがすでに壊滅している」
「……へぇ?」
そんなに強いの?
もしかして、『魔力充填射撃』の最大威力でも倒せない存在なのかな?
(『古龍』、か……ふふふっ)
おっと、いかん。
また1人で笑ってしまった。少しは自重しなければ……んんっ。
と、前を見れば、
「……全く、お前は」
目の前の『黒の王剣』様は、呆れたようなため息をこぼしている。
あ、もうバレて~ら。
僕は「あはは……」と誤魔化し笑い。
まぁ、でも、あの『大穴』が僕の仕業だとバレていないのなら万々歳だ。今後もバレない事を祈ろう。
そんな感じで、僕らは森の中の川沿いを移動する。
そして、約3時間後……、
「――ありました、『臭い』です」
と、お美しいお母様が『番の竜』の手がかりを感知した。
◇◇◇◇◇◇◇
最後の痕跡から約8リード離れた地点で、足元は砂利から岩場に変わっていた。
お母様は森の方を示し、
「2頭とも上陸し、森に入ったようです」
「そうか」
僕の前の『黒の王剣』様も頷く。
けど、地面は固い岩場なので足跡もない。今までと変わらない風景だ。もしお母様が言わなければ、竜の上陸地点とは誰も思わないだろう。
現に何人かの騎士は疑わしげだ。
「団長。森へ偵察を送れ」
「はっ」
マリウス団長は頷き、2名の騎馬が森へ向かう。
しばし待機。
マルティーナさんを見るけど、その美貌は確信した表情だった。僕の視線に気づき、ニコッと上品に微笑む。
(うん、僕も信じてますよ)
と、笑い返しておく。
5分後、偵察が戻り、
「痕跡がありました」
「そうか」
「巧妙に隠した様子ですが、明らかに大型の竜種の通った跡が見られます」
「なるほど。竜なりに知恵を回したか」
と、黒騎士の美女は呟く。
(へ~?)
足跡の残らない岩場で上陸したり、森の痕跡を隠したり、竜って意外と頭が良いらしい。
世界最強の生物――でも、生まれながらの肉体の強さに驕らない。
生きるため、知恵を駆使する。
(うん、そりゃ強いや)
ただ偵察の報告によると、『番の竜』の姿はないらしく、
「上陸したのは、3日ぐらい前の『臭い』でしたよ」
と、お母様も言う。
騎士団は、そのまま森へ入る。
樹木の背は高く、木同士の間隔も広い。足元の黒土には草と苔が満ち、北欧の森林みたいである。そして、その地面に時折、足跡らしい痕跡が見られた。
(4本指……しかも、1メードぐらいある)
相当でかい竜だね……。
時折、痕跡が消える。近くには大きな岩があり、その岩の上を移動したらしい。
でも、
「『臭い』はこちらに」
と、お母様は『臭い』を追い、即、次の痕跡が発見されていく。
(さすが、マルティーナさん)
この頃になると、誰も『白印級の魔狩人』の言葉を疑わなかった。
指示に従い、森を進む。
やがて、『索敵』を始めてほぼ半日、
「――この中ですね」
美しいお母様は告げ、馬の歩みを止めた。
目の前にあるのは地面の段差で、その岩と草の壁面には亀裂のような『洞窟』があった。
洞窟の入り口は、斜めに傾いだ樹木の枝葉に半分覆い隠されている。
(見つけ辛っ)
普通に移動してたら、多分わかんなかったと思う。
僕の前の美女が頷き、
「――竜どもの新たな『巣』か」
と、呟いた。
僕らは全員、降馬する。
ランタンを灯し、騎士数名が入り口付近を確認する。
どうやら『亀裂の洞窟』は幅が3~4メード、高さも7メード近くあり、更に奥に入るにつれ広くなっていく構造らしかった。
(この奥に、2頭の『地角竜』が……)
ドキドキ
鼓動が早くなる。
『黒の王剣』と団長は相談し、この『竜の巣』への騎士団の突入を決断する。
さすがに馬では入れないので、騎馬たちは気配を悟られないよう少し離れた地点で待機させておく。
そして、騎士全員が洞窟前に集まって、
「貴殿らはここで待て」
と、僕と母娘のみ、指示される。
(え?)
僕は驚く。
でも、お母様は『当然』という顔で頷く。
更に銀髪の美女は、
「『気配殺しの護符』を渡しておく、身を潜めておけ。もし万が一、明日になっても誰も戻らなければ『全滅』と考え、街の騎士団本部へ報告を頼む」
「はい、わかりました」
と、『魔法文字』や『魔法陣』の描かれた3枚の札をお母様に渡している。
(え? 僕ら、行かないの?)
少々、唖然。
だけど、考えたら『戦闘不参加』って言われてたっけ。
うわ、マジか~。
ここまで来て、正直、がっかりだ。
(せめて、『地角竜』ってのを生で見たかったし、騎士団との戦闘シーンも見たかったなぁ)
無念……無念であるっ。
僕の表情に美女2人は苦笑し、幼女は「???」という顔である。
やがて、
「全員、抜刀!」
シャシャン
剣を抜いた王国騎士と『黒の王剣』の計30名は『亀裂の洞窟』へと入っていく。
暗闇の中に、彼女や彼らの姿が消えていく。
僕は、その背を見送る。
(…………)
つい唇を強く結ぶ。
お母様の白い手が、そんな僕の背中を優しく撫でてくれる。
でも、世の中、思い通りにはいかなくて。
――このあと、僕らにとっては想定外の事態に見舞われてしまうんだけどさ。




