王都への出発(ノエル視点)
【????視点】
「ヴェイルの反応が消失した」
黒髪の男が、静かに言った。
「恐らく、死んだのだろう」
他の魔人たちは無言だった。
背筋を真っ直ぐした男が、机を指で叩いた。
「ヴァルトハインがやったのか」
苛立ちを隠していなかった。
「いや」黒髪が答えた。「王都の廃教会を調べさせたが、ヴァルトハインの魔力残滓はなかった」
「では、王国軍と何らかの理由で衝突でもしたのですか」
白金の髪の女が、静かに言った。
「少なくとも、アルベルトの兵も含めて王国軍に何らかの動きがあった形跡はない」
黒髪は一度言葉を切った。
「そもそも、ヴェイルの反応が消滅したと思われる夜、ヴェイルが魔法を使ったと思われる反応はあった。しかし他には大した魔力残滓もなく、大きな争いになっている形跡もなかった」
沈黙が落ちた。
橙色の髪の娘が、その沈黙を破った。
「それって、ヴェイル相手に苦戦することなく撃破した、ってこと?」
「不明だ」
「……そもそも」白金の女が続けた。「ヴァルトハイン以外に、我々魔人に対抗しうる人類がいると?」
「不明だ」
再び、重い沈黙が落ちた。
魔人たちにとって、人間というものは地を這う昆虫と同じだった。
普段気にする必要もなく、目に付けば鬱陶しく、踏み潰しても何ら罪悪感も覚えない。
虫一匹に自分が殺されるなど、考えたこともなかった。
しかし今、得体の知れない何かにヴェイルという同格の存在が消された。
大きな争いの跡もなく、人間特有の群れた集団で個を倒した訳でもなく。
その沈黙の中で。
それまで目を瞑り黙っていた男が、口を開いた。
「ヴェイルの件にせよ、ヴァルトハインにせよ、不確定な要素が王都には多い」
全員が、その声に反応した。
男が、目を開けた。
その瞳を見た魔人たちが、思わず身を固くした。
そこには何もなかった。
ただ、闇があった。
「魔王様復活のために、ここまで順調にきていた。それをここにきて邪魔をされる訳にはいかん」
静かな声だった。
しかしその言葉の一つ一つが、場の空気を塗り替えた。
「魔王様の復活は近い。今後は王都周辺を探りながら、計画は最終段階に進めよ」
魔人たち全員が頭を下げた。
「ハッ」
全員の声が重なった。
そのまま、闇の瞳を持つ魔人は、音もなく姿を消した。
それに続くように、他の魔人たちも一人ずつ、その場を立ち去っていった。
最後に残ったのは、橙色の髪の娘だった。
誰もいなくなった魔人会議の場を、娘はゆっくりと見回した。
「ヴァルトハイン。旨味のない領地の公爵に手を出してから、何かが動き出したか」
少しだけ、口元が歪んだ。
愉快そうな笑みだった。
娘は舌舐めずりをして、その場を後にした。
◇
【ノエル視点】
時は来た。
今日、ライアスと共に王都へ向かう。
ついでにクラウスもついてくる。
そして恐らく、いよいよゲーム本編が開始される時期だ。
(まだまだ準備は足りないが)
個人的な身の安全については、腕輪と短剣で何とかなりそうだということがヴェイル戦で確認できた。
そのヴェイル戦のドタバタも、危うく聖女などというわけの分からないものにジョブチェンジさせられるところだったが、あれ以降は特に追及もない。
ライアスにその後何か夢のお告げはあったかと聞かれたが、ないと答えたらそれ以上の追及もなかった。
夢のお告げ説を信じて、納得したのだろう。
(私の完璧で緻密なロジックの勝利だ)
心の中でガッツポーズを取った。
これで心置きなく、ゲーム本編開始後の名場面をこの目で生で拝めるというものだ。
などと考えていると、グラントが声をかけてきた。
「ベルナード嬢、馬車の準備が整いました」
ノエルは振り返った。
公爵家の立派な黒塗りの馬車の周りに、多くの人がいた。
公爵家の使用人たち。
仕事などで関わった公都の領民。
そして孤児院のみんな。
今日ライアスとノエルが王都へ発つと聞いて、みんなが見送りに来てくれていた。
みんながそれぞれ声をかけてくれた。
ミルダが、目を潤ませながら笑っていた。
バルトが、腕を組みながら不愛想な顔で、しかし確かにそこに立っていた。
孤児院の子供たちが、口々に声を上げていた。
その中で、レイが少し離れた場所に立っていた。
手は振っていなかった。
しかしちゃんとそこにいた。
ノエルと目が合うと、レイはいつものように素っ気なく顔を背けた。
(来てくれたんだ)
それだけで、十分だった。
グラントが前に出た。
「ベルナード嬢、閣下のことをよろしくお願いいたします。領地についてはお任せください」
いつも通りの穏やかな表情だった。
しかしその目が、普段より少しだけ柔らかかった。
「はい、王都でのことはお任せください」
ノエルは答えた。
ライアスからも声をかけられて、馬車に向かった。
その際、今までクラウスがエスコートをしてくれていたところを、ライアスが手を差し伸べた。
(恐れ多い)
しかし人も多かった。
周囲の視線がある中で、ライアスにエスコートをされる。
少しだけ恥ずかしかったが、それよりも何だか嬉しかった。
ありがたくエスコートを受けて、馬車に乗り込んだ。
そして、馬車が走り出し、ノエルは窓から顔を出した。
「いってきまーす」
みんなが手を振って答えてくれる。
グラントが、静かに一礼した。
レイが、ほんの少し、手を上げた。
(ちゃんと振ってくれた)
馬車が走り出すにつれて、みんなの姿が遠ざかっていった。
公都の街並みが、窓の外を流れていった。
公都に来て一年、ずっと過ごしてきた景色が、少しずつ遠くなっていった。
(いってきます)
ノエルはもう一度、心の中でそう思った。
街道に出た。
王都へ続く道を、馬車が走っていた。
(今回は書類仕事は控えておこう)
前回の馬車酔いを思い出して、ひっそりと決意した。
この馬車が王都に着いた先で、いよいよゲーム本編が始まる。
期待と、少しの不安と、覚悟が混ざり合ったまま、ノエルは窓の外を見ていた。




