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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第二章 隣国との戦争

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宣戦布告(ライアス視点)

【???視点】


 そこは、光のない場所だった。


 正確には、光がないわけではない。

 壁に沿って等間隔に並ぶ燭台が、青白い炎を揺らしている。


 しかしその炎は、温かみを持たなかった。

 照らすというより、闇を区切るだけの光だった。


 天井は高く、声が反響するほどの広さがある。

 中央に、巨大な石のテーブルがあった。


 テーブルを囲むように、六つの椅子があった。

 そして六つの椅子に、六人が座っていた。


 口火を切ったのは、テーブルの右側に座る男だった。


 艶やかな黒髪を後ろに流し、緩やかに腕を組んでいた。

 口元には、常に薄い笑みが張り付いていた。


「ヴァルトハイン領からの報告が途絶えてひと月になる」


 誰に言うでもなく、しかし全員に聞かせるように言った。


「手駒が消えた。丸ごと、だ」


「知っている」


 男の正面に座る女が、短く返した。


 白金の髪を肩まで垂らし、両手を組んでテーブルに置いていた。

 表情は動かない。

 瞳だけが、静かに、しかし鋭く動く。


「消えた原因は」


「捕捉された後、自滅した。呪いが正常に機能したということだ」


「そう」


 女はそれだけ言って、口を閉じた。


「まあ、想定の範囲内じゃないのー?」


 全員の視線が、テーブルの端に向いた。


 そこに座っているのは、見た目だけなら年若い娘だった。

 派手な橙色の髪が、肩の上で跳ねている。


 椅子に浅く腰かけて、足を組み、頬杖をついていた。


「ヴァルトハイン領はもともと旨味が少なかったでしょ。統治がしっかりしてるから、こっちの手駒が入り込む隙がなかった。孤児の収穫先としても、他の領地より全然少なかったし」


「少なかった、では済まない」


 男が言った。


「今回の件で、向こうは警戒を強めた。しばらくあの領地への介入は難しくなる」


「だから旨味がないって言ってるじゃーん」


 娘が気軽に言った。


「他でやればいいでしょ、他で。あの領地一個消えたところで、計画には影響しないっしょ」


 テーブルの奥、最も暗い場所に座る人影が、ぼそりと言った。


「……影響は、ある」


 声が低かった。

 顔が、影に沈んでいて見えない。


「ヴァルトハイン公爵が動いている。あの男の動きは、計画の邪魔になりうる」


「あー、あの公爵ね」


 娘が軽い声で言った。


「強いんだっけ」


「王国内でも最強格だ」


 黒髪の男が答えた。


「加えて、王太子と親密な関係にある。二人が同じ方向を向いて動き始めると、厄介なことになる」


「じゃあ、排除すれば」


「容易ではない」


 そこで初めて、別の声が入った。


 テーブルの左端に座る人物だった。

 背筋が、板を入れたように真っ直ぐだった。

 両手を膝の上に置き、微動だにしない。


 目が、静かに、しかし油断なく全員を見渡していた。


「ヴァルトハイン公爵は、今回の戦争に出兵する。戦場で動きを封じることが最も確実だ」


「戦場で、か」


 黒髪の男が少し笑った。


「いいな。それは誰が」


「既に仕込んである」


 背筋の真っ直ぐな人物は、それだけ言った。


「戦場で、あの公爵を試す。排除できれば上々、できなくても今後の材料になる」


「材料、ねえ」


 娘が面白そうに笑った。


 そのとき、最後の一人が動いた。


 それまで一言も発していなかった人物だった。

 テーブルの右奥に座り、腕を組んで目を閉じていた。

 何かを考えているのか、眠っているのか、どちらともとれる姿勢だった。


 その人物が、ゆっくりと目を開けた。


 口は開かなかった。

 ただ、全員を一度だけ見回した。


 それだけで、部屋の空気が変わった。


 黒髪の男も、白金の女も、橙の娘も、影の人物も、真っ直ぐな人物も。

 全員が、一瞬だけ、その視線に緊張した。


 目を閉じた人物が、また目を閉じた。

 それで、全てが終わった。


「……以上だ」


 黒髪の男が、静かに言った。


「ヴァルトハイン領の穴は他で補う。戦場での仕込みは予定通り進める。計画に変更はない」


「異論は?」


 誰も口を開かなかった。


「では、散会だ」


 青白い炎が、静かに揺れた。


 六人が、それぞれ立ち上がった。

 足音もなく、影の中に消えていった。


 最後に部屋を出たのは、橙の娘だった。

 扉の前で振り返り、誰もいなくなった部屋を一度だけ見た。


「旨味がないっていったのに」


 誰にも届かない声で、そう言って。

 扉を閉めた。



【ライアス視点】


 戦争が確定したのは、アルベルトの訪問から十日後のことだった。


 正式な書状が届いた。

 王国への宣戦布告だ。


 隣国からの書状は、表向きには王国側の国境警備の行き過ぎを理由としていた。

 しかしライアスは、書状を一読して判断した。


(言いがかりだ)


 長年国境を管理してきた部署が、突然このような失態を犯す理由がない。

 しかも時期が、東の国境付近で動きが出始めた時期と一致している。


 アルフレッドも同じ見方をしているはずだ。


 ライアスは書状を置いた。

 窓の外を見た。


 公都は、いつも通りの朝だった。

 市場が開き始めていた。

 荷運びの男たちが行き交っていた。

 子供たちが路地を走っていた。


(この景色が、変わる)


 戦争になれば、必ず変わる。


 男たちが徴兵される。

 市場の物資が変動する。

 孤児が増える。

 未亡人が増える。


 ライアスはそれを知っていた。

 知っていて、今まで戦場に行き続けた。


 しかしそれは、領地管理から目を背けるためだった。


(今は違う)


 帰る場所がある。

 守りたいものがある。

 だから行く。


 ライアスは執務室の扉を開けた。

 廊下にグラントが立っていた。


「書状を読みました」

 グラントが言った。

「閣下、出陣の準備を」


「ああ」


「いつ頃を想定されますか」


「二週間以内に動く。準備を始めてくれ」


「かしこまりました」


 グラントが一礼して、歩き出した。

 ライアスは少し、その背中を見た。


「グラント」


「はい」


「ベルナード嬢に、時間をもらえるか伝えてくれ」


 グラントが少し、止まった。

 振り返らなかった。


「……かしこまりました」


 その声が、いつもより少し、柔らかかった気がした。

 ライアスは気にしないことにした。


 窓の外を、もう一度見た。

 公都の朝が、静かに続いていた。


 まだ、間に合う。


 今のこの景色が続くように、行って、帰ってくる。

 それだけだ。

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