宣戦布告(ライアス視点)
【???視点】
そこは、光のない場所だった。
正確には、光がないわけではない。
壁に沿って等間隔に並ぶ燭台が、青白い炎を揺らしている。
しかしその炎は、温かみを持たなかった。
照らすというより、闇を区切るだけの光だった。
天井は高く、声が反響するほどの広さがある。
中央に、巨大な石のテーブルがあった。
テーブルを囲むように、六つの椅子があった。
そして六つの椅子に、六人が座っていた。
口火を切ったのは、テーブルの右側に座る男だった。
艶やかな黒髪を後ろに流し、緩やかに腕を組んでいた。
口元には、常に薄い笑みが張り付いていた。
「ヴァルトハイン領からの報告が途絶えてひと月になる」
誰に言うでもなく、しかし全員に聞かせるように言った。
「手駒が消えた。丸ごと、だ」
「知っている」
男の正面に座る女が、短く返した。
白金の髪を肩まで垂らし、両手を組んでテーブルに置いていた。
表情は動かない。
瞳だけが、静かに、しかし鋭く動く。
「消えた原因は」
「捕捉された後、自滅した。呪いが正常に機能したということだ」
「そう」
女はそれだけ言って、口を閉じた。
「まあ、想定の範囲内じゃないのー?」
全員の視線が、テーブルの端に向いた。
そこに座っているのは、見た目だけなら年若い娘だった。
派手な橙色の髪が、肩の上で跳ねている。
椅子に浅く腰かけて、足を組み、頬杖をついていた。
「ヴァルトハイン領はもともと旨味が少なかったでしょ。統治がしっかりしてるから、こっちの手駒が入り込む隙がなかった。孤児の収穫先としても、他の領地より全然少なかったし」
「少なかった、では済まない」
男が言った。
「今回の件で、向こうは警戒を強めた。しばらくあの領地への介入は難しくなる」
「だから旨味がないって言ってるじゃーん」
娘が気軽に言った。
「他でやればいいでしょ、他で。あの領地一個消えたところで、計画には影響しないっしょ」
テーブルの奥、最も暗い場所に座る人影が、ぼそりと言った。
「……影響は、ある」
声が低かった。
顔が、影に沈んでいて見えない。
「ヴァルトハイン公爵が動いている。あの男の動きは、計画の邪魔になりうる」
「あー、あの公爵ね」
娘が軽い声で言った。
「強いんだっけ」
「王国内でも最強格だ」
黒髪の男が答えた。
「加えて、王太子と親密な関係にある。二人が同じ方向を向いて動き始めると、厄介なことになる」
「じゃあ、排除すれば」
「容易ではない」
そこで初めて、別の声が入った。
テーブルの左端に座る人物だった。
背筋が、板を入れたように真っ直ぐだった。
両手を膝の上に置き、微動だにしない。
目が、静かに、しかし油断なく全員を見渡していた。
「ヴァルトハイン公爵は、今回の戦争に出兵する。戦場で動きを封じることが最も確実だ」
「戦場で、か」
黒髪の男が少し笑った。
「いいな。それは誰が」
「既に仕込んである」
背筋の真っ直ぐな人物は、それだけ言った。
「戦場で、あの公爵を試す。排除できれば上々、できなくても今後の材料になる」
「材料、ねえ」
娘が面白そうに笑った。
そのとき、最後の一人が動いた。
それまで一言も発していなかった人物だった。
テーブルの右奥に座り、腕を組んで目を閉じていた。
何かを考えているのか、眠っているのか、どちらともとれる姿勢だった。
その人物が、ゆっくりと目を開けた。
口は開かなかった。
ただ、全員を一度だけ見回した。
それだけで、部屋の空気が変わった。
黒髪の男も、白金の女も、橙の娘も、影の人物も、真っ直ぐな人物も。
全員が、一瞬だけ、その視線に緊張した。
目を閉じた人物が、また目を閉じた。
それで、全てが終わった。
「……以上だ」
黒髪の男が、静かに言った。
「ヴァルトハイン領の穴は他で補う。戦場での仕込みは予定通り進める。計画に変更はない」
「異論は?」
誰も口を開かなかった。
「では、散会だ」
青白い炎が、静かに揺れた。
六人が、それぞれ立ち上がった。
足音もなく、影の中に消えていった。
最後に部屋を出たのは、橙の娘だった。
扉の前で振り返り、誰もいなくなった部屋を一度だけ見た。
「旨味がないっていったのに」
誰にも届かない声で、そう言って。
扉を閉めた。
◇
【ライアス視点】
戦争が確定したのは、アルベルトの訪問から十日後のことだった。
正式な書状が届いた。
王国への宣戦布告だ。
隣国からの書状は、表向きには王国側の国境警備の行き過ぎを理由としていた。
しかしライアスは、書状を一読して判断した。
(言いがかりだ)
長年国境を管理してきた部署が、突然このような失態を犯す理由がない。
しかも時期が、東の国境付近で動きが出始めた時期と一致している。
アルフレッドも同じ見方をしているはずだ。
ライアスは書状を置いた。
窓の外を見た。
公都は、いつも通りの朝だった。
市場が開き始めていた。
荷運びの男たちが行き交っていた。
子供たちが路地を走っていた。
(この景色が、変わる)
戦争になれば、必ず変わる。
男たちが徴兵される。
市場の物資が変動する。
孤児が増える。
未亡人が増える。
ライアスはそれを知っていた。
知っていて、今まで戦場に行き続けた。
しかしそれは、領地管理から目を背けるためだった。
(今は違う)
帰る場所がある。
守りたいものがある。
だから行く。
ライアスは執務室の扉を開けた。
廊下にグラントが立っていた。
「書状を読みました」
グラントが言った。
「閣下、出陣の準備を」
「ああ」
「いつ頃を想定されますか」
「二週間以内に動く。準備を始めてくれ」
「かしこまりました」
グラントが一礼して、歩き出した。
ライアスは少し、その背中を見た。
「グラント」
「はい」
「ベルナード嬢に、時間をもらえるか伝えてくれ」
グラントが少し、止まった。
振り返らなかった。
「……かしこまりました」
その声が、いつもより少し、柔らかかった気がした。
ライアスは気にしないことにした。
窓の外を、もう一度見た。
公都の朝が、静かに続いていた。
まだ、間に合う。
今のこの景色が続くように、行って、帰ってくる。
それだけだ。




