表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1435/1435

1435話 予選ブロックF リリィの戦い-1

 コウタが乱戦式特別予選を戦っている頃。

 別区画の小闘技場では、リリィの予選が始まろうとしていた。


 こちらは一対一の勝ち抜き戦。

 三連勝すれば本戦出場。

 形式だけなら、コウタが放り込まれた乱戦よりずっとまともだ。

 しかしそれでも、リリィにとっては決して楽な道ではない。


 石造りの観客席は人で埋まり、歓声と野次が波のように降ってくる。

 砂の匂い。

 汗の匂い。

 鉄と革の匂い。

 剣を握る手のひらが、じっとり湿っていた。


「リリィちゃん」


 試合場へ向かう直前、ユヅキが声をかけた。

 その声は、喧騒の中でも不思議とまっすぐ耳に届いた。


「勝とうとしすぎなくていい。まず相手を見る。足を止めない。呼吸を忘れない」


「呼吸……ですか?」


「そう。緊張すると、みんな息を止めるからね」


 リリィは胸に手を当てた。

 確かに呼吸が浅い。

 喉はからからで、心臓だけがやけに大きく鳴っている。

 ナディアも静かに頷いた。


「そなたはまだ未熟だ。しかし、基礎は積んでいる。怖くても、剣を構えられるなら戦える」


「……はい」


 リリィは小さく頷いた。

 未熟という言葉が胸に刺さる。

 けれど、ナディアの声には見下す響きがなかった。

 ただ事実を置き、同時に背中を押してくれる重さがあった。


「それと」


 ユヅキが少しだけ笑った。


「コウタなら、たぶんこう言うよ。負けても死ぬな。死ななきゃ次がある、って」


「お館様なら……言いそうです」


 リリィの頬が少しだけ緩む。

 けれど、試合場へ踏み出した瞬間、その笑みは消えた。


 足裏が砂を踏む。

 ざり、と乾いた音がした。

 その音が、自分がもう観客でも付き添いでもなく、戦う側に立ったことを告げていた。


 初戦の相手は、片手剣を持った若い冒険者だった。

 年齢はリリィより少し上だろう。

 体格は大きく、構えも安定している。

 ざっくり言えば、”今はまだDランクだが将来有望な若手”といったところだろうか。

 相手はリリィを見るなり、鼻で笑った。


「おいおい、子どもじゃねえか。覇剣祭もずいぶん間口が広いな」


「こ、子どもじゃありません!」


 言い返した声は、思った以上に震えていた。

 観客席から笑いが起こる。

 それだけで、足元の砂が急に沈み込んだように感じた。


「第一試合、始め!」


 合図と同時に、相手が踏み込んでくる。

 速い。

 そう思った瞬間、リリィの身体は硬直していた。


「っ!」


 剣を上げるのが遅れる。

 刃と刃がぶつかり、腕に重い衝撃が走った。

 受け止めきれず、後ろへよろめく。


「どうした! やっぱり威勢だけか!」


 相手が畳みかけてくる。

 リリィは必死に剣を合わせた。

 だが、腕が動かない。

 足が砂に絡まる。

 頭の中が真っ白になり、普段なら見えるはずの間合いが見えない。


 怖い。

 見られている。

 失敗したら笑われる。

 負けたら、やっぱり自分は足手まといだと思われる。


「リリィちゃん!」


 観客席の端から、ユヅキの声が飛んだ。


「足!」


 その一言で、リリィははっとした。

 そうだ。

 剣だけで受けるな。

 足を使え。

 何度も言われてきたことだ。


 リリィは相手の二撃目を受けず、横へ逃げた。

 完全には避けきれず、肩口を浅く裂かれる。

 痛みが走る。

 だが、その痛みで逆に頭が冴えた。


「……大丈夫。動けます」


「何をぶつぶつ言ってんだ!」


 相手が大振りに斬り込んでくる。

 今度は見えた。

 肩が先に動く。

 踏み込みが深い。


 リリィは半歩だけ下がり、刃を流した。

 相手の腕が伸びきった瞬間、胴へ木剣の柄頭を叩き込む。


「ぐっ……!」


 相手の呼吸が一瞬止まり、身体がわずかに折れる。

 その隙を、リリィは見逃さなかった。


「やあああっ!」


 踏み込み、剣の腹で肩を打った。

 全身の力を乗せた一撃だった。

 相手は膝をつく。


「勝者、リリィ!」


 歓声が上がる。

 大きなものではなかった。

 圧勝でもない。

 鮮やかな勝利でもない。

 それでも、リリィは確かに勝った。


「か、勝てた……」


 剣を握る手が震えている。

 怖さは消えていない。

 けれど、震えたまま勝てた。

 控え場所に戻ると、ユヅキが水筒を差し出した。


「初戦突破、おめでとう。よく戻ってきたね」


「はい……でも、最初、全然動けませんでした」


「大舞台の初戦なんてそんなものだ。我も初陣の時は、剣の重さが倍になったように感じた」


 ナディアの言葉に、リリィは目を丸くした。


「ナディアさんでも、ですか?」


「当然だ。恐怖を知らない者は、ただの愚か者。戦いの重みを知っているからこそ、動きは鈍る」


 その言葉は、不思議と胸に落ちた。


 二回戦の相手は、槍を使う女傭兵だった。

 初戦の相手より明らかに場慣れしている。

 構えた瞬間、リリィは悟った。

 強い。

 少なくとも、今の自分より戦いを知っている。


「小さいのに、よく一回勝ったね」


「あ、ありがとうございます」


「でも、ここで終わりだよ」


 穏やかな声だった。

 だからこそ怖い。

 合図と同時に突き出された槍は、まっすぐで速かった。


「くっ!」


 リリィはかろうじて横へ避ける。

 だが、槍の間合いが長い。

 近づけない。

 一歩踏み込もうとするたび、穂先が顔の前に現れる。


「防戦一方ってとこかい。怪我しないうちに、諦めな」


「っ、まだ……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ