001:夜廻りさん
8月あたりになると新入社員が交替班にやってくる。
4月に入社してからそれまで研修を長々受けてやっと配属された新人。
もちろん班に配属されてからも一人前として扱われるわけではなく、見習いとして先輩と一緒に仕事をする。
一人前になるのはさらに半年後。
働くっていうのは大変なことだ。
だが、8月といえば怪談。
そう、工場勤務の夏の夜中は怪談や心霊映像がはやるのだ。
交替勤務で年中夜中に働いているのに真夏とか全く関係ないのだが、何故か毎年飽きもせずに起こるちょっとしたブーム。
それはただ単に夜勤で暇な我々が新入社員で遊びたいというだけである。
性格が悪いとも言う。
◇
今年の新人である大川は関西出身でいかつい風体の大男だ。
どのくらいいかついかと言えば、何でこんなとこにチンピラいるの?くらい。
私の体内に存在するイジメられっコンドリアが反応して思わず敬語になるくらいだ。
年の差10歳あるのにな。
しかし、彼はとことん心霊物に弱かった。
まぁ弱点見つけたらとことんイジり倒すのが世の常。
心霊物のビデオの鑑賞会に大川を無理やり参加させ、悲鳴を上げて逃げてくのをみんなで大笑いしながら楽しむという図式が定着することは想像に難くないだろう。
……世の中は厳しいのだ。
◇
私達も別に遊んでいるばかりではない。
当然、仕事もする。
見廻りは当時2時間に一回、夜中でも行かなくてはいけない。
さっきの軽い心霊ビデオのせいで怯えきった大川をなだめすかしながら現場に出る。
今は深夜2時、いわゆる丑三つ時だ。
夜中の現場っていうのは意外に明るい。
昼間みたいとはいかないが、光源がなくても普通に歩けるくらいの明るさだ。
繁華街の夜よりは少し暗いかもしれない。
だから懐中電灯を持って歩く。
大川に「現場のここを見るんだぞ」、「ここが大事だぞ」等と説明しながら現場を見廻る。
……大川はまだ心霊ビデオの恐怖が抜けきっていないようで、私が説明しても無言で高速で頷くだけだ。
こんなんでこいつ1人前になれるんだろうか……1人前になったら1人で現場歩くんだけどな。などと他人事のように見ていた。
大川があまりにもテンパってて説明にもならないので気分転換にジュースでも買ってやろうと、自販機のある場所へ向かうことにした。
自販機エリアは自分たちの担当装置から少し離れた協力会社の事務所の前にある。
いわゆる防爆仕様じゃない機械は装置の近くに置いたら危ないからだ。ガスでも漏れたら大惨事必至だしな。
自販機エリアに向かうため、装置の外周道路を歩いていた時、遠くの方で誰かが見回りしているのが見えた。
ちなみに私の働いている装置は1辺が100mはある巨大なものだ。
位置関係で言えばその端と端である。
私はそれほど目が良くないので、人がいて何色の服を着てるかくらいしか分からない。
大川は目がいい奴だったので、背が低いから弓沢さんですねなんて言っていた。
試しに懐中電灯を回して合図すると、弓沢さんもそれに応えた。
やはりそうか。目の良いやつは便利だな。と思いつつも、作業服の色に少し違和感を感じた。
当時は水色の作業服だったのだが、弓沢さんが着ていたのは茶色い作業服だったのだ。
大川もその辺が気になったらしく、「作業服の色、違くないですか?」なんて言っている。
さすがに色は私でも見える、目のいいこいつが見えるのは当然か。
私は古い作業服が茶色いのは知っていた。だがその作業服は私が入社する以前のものである。
まぁ弓沢さんが物持ちいいのは知ってるし、防寒服の茶色は見たことあるから多分夜だけ着てるんだろうと勝手に納得し、大川にもそれを話した。
大川は「何で古いの着るんすかね?」とは言っていたが弓沢さんだからということで納得したらしい。
結局その流れでジュースを大川に奢ったが、怖がるのは相変わらずで見廻りにならなかったから計器室に帰ることにした。
◇
計器室に帰ると弓沢さんが奥から出てきた。
「あれ?弓沢さん、現場いませんでした?」
私が聞くと弓沢さんは目をパチクリしながら言った。
「俺、早寝だったから現場行くわけねーっべよ。」
弓沢さんの言葉に大川が反論する。
「え?だってあのコンプレッサーの脇にいたじゃないですか。茶色の作業服で。」
「茶色の作業服?あーあそこ出るんだよ。お前知らなかったの?」
出るって何だよ。
確かに昔から聞いていた話ではある。正直なところ私は新人を怖がらせるための使い古されたネタだと思っていたのだ。
……本物だったのか。
大川がしばらく固まったまま動かなかったのは言うまでもない。
弓沢さんは笑いながら見回りに行った。
◇
しかし……幽霊も見回りするのかよ……。
真面目というかなんというか……。
ただ、このプラントが紙一重で止まらず運転できているのは、夜廻りしてくれる幽霊、夜廻りさんがいるからかもしれない……。
この話は体験8割です。




