松林にて
再び、荒野に出る。
太陽が照らす大地は、最初に訪れた時と同じ景観を保っていた。
ここは変わっていない。安堵しつつ、少女は最初に訪れた集落の方を向く。乾いた風に潮が滲む。少女が漂着した海も残っているようだ。
「マチ、マチ」
小鳥が喚く。
「まずはこっち」
髪の毛を突くのを止めることもなく歩む。
「別にむこう行ってもいいよ」
そう告げると、小鳥は大人しくなって肩にしがみついた。
「君の方がいいんだね」
海産物がうねる。小首を傾げるような仕草がわざとらしい。
「……まあ、向こうは怖い人がいるし」
ね、と小鳥に問う。かくかくと頭を振った。おそらくあの姫騎士の事で合致はしているだろう。
神殿での出来事が脳裏をよぎる。
神官が見せてくれた予言書の「回遊」は、少女が「見られた」魚の襲来を意味しているのだろう。予言書がどうやってやってきたのかは置いて、目指すところは一緒のはずだ。
あの壺も、魚への対応なのだろうか。
もしそうなら、その手段にはまったく賛同できない。砦で戦っていた彼らも行き着く先はあの壺なんて、あんまりじゃないか。
「いかにも魔法とか自由に使えそうな場所なのに」
「そういう法則はあるけど、出力が違うんじゃないかな」
ぽつりと溢した言葉に海産物が答える。頷きそうになって見下ろした。
「考え読まないで」
「そんなことはしてないよ」
単にわかりやすいというだけなのか。肩を竦める。
「あの、玉座に座ってた人が命令してるのかな」
姫騎士とよく似た顔で座っていた神子は、結局一言も発することはなかった。なんとなく、実働は騎士が担当し、神子は精神的な支えになっているような気がした。操り人形にされているのかもしれない、とも。
「どんな人?」
自分よりは古株であろう小鳥に尋ねる。かしかしと片脚で頭を掻きながら小鳥は答えた。
「ワカンネ」
「そっか」
「椅子ニスワッテ、ウナズクダケ」
小鳥が知っている情報も少女と大差ないらしい。神子について何の見解も得られないまま荒野を歩く。
馬のような何かに乗ってここを駆けたのが遠い昔のようだ。この事実も、波に呑まれて消えてしまっているかもしれない。
潮風が強く吹き付けた。
「わ……」
目を閉ざして再び開けた時、遠くに見える木々が松林に変わっている事に気付いた。見覚えのある風景に背中を押され小走りになる。
松林の端まで近付いて立ち止まる。林縁の彼方に集落が見えた。
「あそこだよね」
「うん」
恐る恐る近づく。小鳥と出会った集落よりも活気がある。ひとまず存在している事に安堵して踏み入った。
民家から少年が一人、出てくる。こちらを二度見して、もつれた足を数歩踏み出す事で持ち直した。
「あれ、この間の……?」
ぽつりと呟いた言葉が意味の通るものだったことに少女は沸き立つ。
「言葉、わかる!?」
駆け寄る少女の剣幕に気圧されたのか、少年はどこか怯えた目をして首を縦に振る。
「よ、良かったあ」
「……おじさんと一緒に神殿に行ったよね?戻ってきたの?」
少年の問いに何と答えるか迷い、手配書のことを思い出す。
「その、問題になってる?」
問いに問いで返してしまった。怪訝な顔の少年は、以前も立ち寄った集落の神殿を指差す。
「似顔絵あったよ」
唸る。あの指名手配書に違いない。
「そこは変わってないんだ」
「長呼んでいい?」
「えっ、いやそれは待って」
少女は止めるも、既に少年は離れていた。慌てて追いかける。
走り去る少年の影が神殿に消えた。駆け込んだ少女の目の前で、見覚えのある青い炎がうつろう。
「おさぁ」
何だか危機感のない声が響く。応答は無く、代わりに青褪めた顔色の老人が死角から現れた。
「貴女は」
狼狽える老人に何と声をかけたら良いかわからず、もじもじと指を絡ませる。
「あー、その……お久しぶりです」
「何故ここに戻ってきたのです。役目を果たすべきです」
皺くちゃの手が少女の手を包む。その手が祖父にそっくりで、思わず少女は息を呑む。
「衛士が貴女を探しております。見つけた場合は必ず生きて連れ戻すようにと」
「やっぱり怒ってますよね」
言った後で「能天気すぎる」と内省する。一方の老人は呆れもせず、懐から手配書を取り出した。
「イジンは裁かれません。神子の庇護の元にあります」
そうやって、あの少年のように使い潰すのだろうか。顔を顰める少女の手に手配書が握り込まされる。もう一度文面を眺めても、やはり理解は出来なかった。
「……神殿に戻ってくだされ」
懇願の言葉に胸が締め付けられる。
そうだ。この村が少女を匿ったなどと誤解される恐れがある。その場合あの姫騎士はどんな手段に出るのか。
「も、もちろん」
答える。皺の合間に光る目が、ほっとしたように輝きを潜めた。
「それと、ここって避難所みたいなところはありますか。もしかしたら、今までより大きな魚が来るかもしれないんです」
「魚?」
「はい。大きくて、それが通ると少し世界が変わるんです」
何を言ってるんだ。
口を動かしながら頭の片隅でそんな事を考える。
伝えてどうなる。あれから逃げられる方法など考えてもいないくせに。
目の前の老人も、唖然としたような表情だ。
「それを、イジンサマがどうにかなさるのですか」
困惑するような、すがるような言葉。唇を噛み押し黙る。




