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宴にて

 夕暮れの街に明かりが瞬く。簡素な幕屋が並ぶ通りで、住民達が列を作っている。今回の襲撃で家を失った人々なのだろうか。傷を負い、杖をつく姿も見える。手にした鍋や皿は何とか瓦礫の中から探し当てたものなのだろう。


 眼下の景色をまんじりともせず眺めていると、肩に誰かが軽く触れた。


「ぬわっ」

「あ、ゴメン」


 振り向くと、唯一おちついて会話できる男性が立っていた。片手にパンのような塊を持ち少女に差し出す。


「なんも食べてないっしょ」

「あ……はい」


 有り難く受け取る。しかしどうも頬張る気力が出て来ず、もう一度街並みに目を向ける。


「なんか気になんの?さっきも声かけても返事しなかったから」

「あっ、す、すみません」


 無視をしてしまっていたのか。頭を下げると男は少女の隣で共に街を見る。


 背後では他のイジン達の喧騒が絶えない。


「いつもは別々に暮らしてんだって」


 もしゃもしゃと自らもパンを頬張りながら男は呟く。


 派閥とやらなのだろう。孤独な異邦人を更に二分する必要があるのだろうか。


「まあ今日はみんな集まるしかないんじゃん?」

「怖いですもんね」

「ん」


 どこともわからない方角に日が沈む。


 夜の帳が下りるのを、茫然と少女は眺める。


 星が瞬いた。一つ、二つ。


「知らない星」


 思わず溢れてしまった言葉を隠すように俯いた。首元の海産物に埋もれる。


 故郷と同じくらい澄んだ夜空なのに、似ても似つかない星々が恐ろしい。


「ほんと」


 男もぼやく。


「月がない」

「新月なんですかね」

「シンゲツ?」


 男が眉端を少し上げた。それから一瞬背後の人々を窺い、少女に目を向ける。


「あの変な怪物に襲われた時さ」


 声を顰める。


「なんかした?」

「え」

「てか、覚えてる?俺らあの時絶対に死んでたって。無事じゃなかったって」


 口調とは裏腹に、男の目は至極真面目なものだった。


「し、死んでたらここにはいませんよ」

「じゃあなんだろ、反転?俺たちに当たる前に瞬間移動でもした?痕跡も残ってなかったし」


 唇を突き出し顔を背ける。考え込む時の癖なのだろうか。


 ……男も覚えたのであろう違和感は、少女自身もよくわかっている。


 だからつい、尋ねた。


「あの時」

「ん」

「海に落ちませんでしたか」


 わっ、と歓声が上がった。思わず振り向くと、人だかりの中で火花が弾け飛んでいた。イジンの合間に見知った少年の横顔を見つけて、一瞬会話の内容を忘れる。


「海?」


 男が返した。顔を見上げて頷くと、怪訝そうに眉が下がった。


「わかんね」


 あっけらかんとした返事だった。おかしな質問をしてしまったと思ってつい苦笑いをしてしまう。


「すみません、変なこと聞いちゃって」

「いや、別に構わないし、謝ることじゃないでしょ。それになんか気になっちゃったし」


 口を尖らせる。


「もしかして、そういう加護なんじゃん?」


 あ、と納得しかけて少し引いて考える。身に危険が及ばないと発動しない加護ということだろうか。幻覚?転移?


「だとしたら、この事あんまり大っぴらに言わない方が良さそーだね」


 男の言葉を聞いて、言わんとするところを察する。他のイジンに申し訳ないような気がして、答えあぐねた。


「危険な時にしか効果がないなら、危険な目にあわせられちゃうでしょ。たぶんここの人達、そういうことするだろうし」


 無論、推測でしかない。本当にそういう加護なのか、あるいは別の要因なのか。どちらにせよ不用意に言うことではないのだろう。


 少女としては、あの現象が加護なのだとは思えなかった。加護という言葉を額面通りに受け取るのなら、その力は友好的な何者かから授けられるものなのだろう。


 あの時少女が落ちた海には、確かに何かがいた。ただそれはあのミジンコと同じで、此方など少しも眼中に入っていないのだろう。少女達を海に引き摺り込もうなどとは微塵も考えていないはずだ。ましてや、加護や救済など。


 ぬるりと首筋を冷たいものが這った。


 海産物の存在を思い出して、ちらりと肩に目を向ける。極彩色の襞が明暗の狭間で蠢く。


「ねえ」


 尋ねる。


「海に落ちた?」


 当然、海産物は何も返してはくれなかった。


 ため息が溢れ、片手で海産物をぷにぷにとつつく。


 途端、風切り音が耳元で響いた。身をすくませると、隣の男もまた驚いたようにのけぞった。


 首の海産物も僅かに縮こまる。


「メシ」


 ばさばさと騒がしく羽ばたきながら手摺りに赤い鳥が降り立つ。器用に片足で擬宝珠のようなモニュメントを掴み、もう片足で白い物体を握り込んでいた。


「ン」


 門でも出会ったインコは白い物体を差し出す。


「ンマイヨー」


 鳥特有の鋭い目とは不釣り合いな言葉に愛想笑いを返して、右手を差し出す。手のひらにぽとりと柔らかいものが落ちた。


 先程とは逆の立場になったような気がして、少女は愛想笑いから自然な笑みに変わる。


「ありがとう」

「ドイタシマシテ」

「他の食事?俺にもちょうだい」

「ナイ」


 一人と一匹のやり取りをよそに、少女は物体を千切る。一欠片海産物の元に近づけても、以前の焼きしめた粉物のように何の反応も示さなかった。


 白い欠片を口に含む。


 意外にしょっぱかった。

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