アニマルセラピー
「ほら、あとちょっとだから頑張れ」
「うう、……も、だめです、ろるふ、だめ……」
優しげに声をかけながら腰の辺りを太い腕で抱えられ、泣き言を言うものの下から大きく揺すり上げられた拍子にぐらりと揺れた身体が大きな胴体の真ん中辺りに沈んだ。
しかし身体がそこからズリ落ちる前に、腰へ回った腕が力強く引き寄せる。
「さっき休憩したばっかりだろ?もうダメなのか?」
「うう……だって、もう、腰が……」
優しげながらも困ったように笑う声に、情けなさに眉をさげて涙目になる。
「僕の国では一般人は、乗馬は嗜まないんですよぉ……!」
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
2人は川のほとりを離れ、『デカント』という町を目指す事となった。
ギルドがあり、ほどほどに人が居るというのも大きな理由だが、何よりあの場所から近かったそうだ。
近い、はずなのだが。
(もうどれくらい乗ってるんでしょう……)
足並みを三葉に合わせたり途中で休憩を入れているからだろう。既に朝から半日ほどは馬で移動している気がする。
三葉の元々つけていた腕時計は『精霊の棲家』で水没した際に壊れてしまったので、時間を測ることもできないのだが。
更に言えば鞍が1人乗り用なのも良くないらしい。
手綱と鐙の関係上、ロルフは鞍の中央からあまり位置を変えられないのだが、そうすると鞍の前方は幅も狭く、後ろ側へ傾斜していて、そこに乗って身体を真っ直ぐに保つのはあまりに難しい。
ゆっくりと歩いてくれているらしいが、歩を進めるたびポンポンと跳ね上げられるため、長距離移動すると尻の骨が痛い。と言うか、尻の骨が自分の尻の肉に刺さって痛い。
太腿で馬の胴体を挟んで身体を固定するのだと言われたが、躍動する筋肉の塊を挟んで捕まえるような筋力が三葉にあるわけもなく、先のようなやり取りがもう何度も繰り返されている。
「うーん、また休憩するかぁ」
「うう、すみません……」
「しょうがねぇ、落ちて怪我でもしたらシャレにならん」
少し拓けた場所で馬を止め、ひょいと軽快に鞍を跨いで降りたロルフは三葉の胴体をガシッと掴んで軽々と降ろす。
その動きの躊躇の無さから、本当に僕が5人くらいいても運べてしまうんだろうなあ、と遠い目をする三葉である。
ぽんと草の多い地面へ放られた三葉の胸の辺りに、ウーヴェがその鼻づらを押し付けてくる。
まるで「大丈夫か」と気遣ってくれているようで、つい笑ってしまいながら太い首をポンポンと叩いた。
ロルフに聞くまで知らなかったが、ウーヴェに限らず大体の馬は首を叩かれるのが好きらしい。
雑にも見える仕草でウーヴェの首を叩くロルフに最初はそんなに強く叩いて良いのかと思ったが、三葉の心配をよそにウーヴェは気持ちよさそうだった。
もっとも、三葉はやはり少し怖いので、軽くポンポンと触る程度にしているが。
それはそれで悪くないらしく、ウーヴェは三葉にも嬉しそうに擦り寄って来てくれる。
「街へ着いたら、あんたの服も買わねぇとな」
言われて三葉は自分の格好を見下ろす。
街でスーツを着るのは流石に目立つと言われて昨日に引き続きロルフの服を借りていたが、大き過ぎてまるで子供が大人の服を無理矢理着ているかのようだ。
大きな麻のシャツは腰を紐で止めているがブカブカ過ぎて油断すると襟から肩が抜けてしまうし、ズボンも紐で止めているが太さも太過ぎてダボダボだし、裾が余ってしまって捲ってもズリ落ちてきて足が隠れる。
靴は替えが無いので革靴を履いたままなので、足元が隠れている方が良いのかも知れないが、あまりまともな格好でない事は確かだ。
しかしそこで思い出した三葉はハッとして跳ね起きた。
「僕、財布が鞄の中でした……!!」
その鞄は水の中に落ちた際に捨ててしまった。
その時は財布だけを選んで持ってくる余裕などとても無かったわけだが、見知らぬ土地で無一文となるとあまりに心許ない。
「落ち着け。財布があってもこっちの通貨はねぇだろ」
「……!!、言われてみれば……!」
それで左腕にはめたままの腕時計の存在を思い出して、壊れていても売れるでしょうかと相談したが、この国の技術から考えて完全にオーパーツなのでやめろと言われてしまった。
「生活に必要な最低限くらいは出してやるよ」
「い、いえ、さすがにそこまで甘えるわけには……」
「よし、分かった。ちゃんと金額ツケて貸しといてやるから、仕事決まったら返せ」
「え、う……そ、それじゃあ、少しだけ、甘えさせて頂きます……」
先立つものが無くては仕事を探す事もままならないのは確かである。
三葉は首を竦めてロルフの言葉を了承した。
ここまで読んでくださりありがとうございます
続きも頑張っていきますので応援よろしくお願いします