とある銅級冒険者の視点・再び②
緊張の面持ちで並んだギルド受付。
「ふむふむ、なるほど」
アッシュ、リリア、ロイセンの3人がワチャワチャと書き込んで汚くなった藁半紙を、おじさんは楽しそうに眺める。
「『足りない物』…
『リリアの魔法練習』←命中と力の調節
『ロイセンの防具』→高い←盾だけでも買え
『パーティメンバー?』←魔◼️◼️←もう少し考えてから決める
『焔蜥蜴』って特殊な防具要る?←火炎耐性マント?→高すぎ!!←ナシ×
『報酬の使い道』…金貨8枚・銀貨136枚・銅貨4枚
『アッシュ銀貨30枚…ご飯代』
『リリア銀貨30枚』
『ロイセン30枚』←銅貨←アッシュ飯抜き←◼️◼️
『銀貨50枚…ロイセンの防具』?←『銀貨80枚のやつ買う?』←俺の剣は自腹なのに!?→金貨5枚の剣は高過ぎ←必要じゃん!
準備代・装備代ってどこまで?
『リリアもなんか装備』←なんかってなんだよ
『杖』←要らない
『靴』?→走れるやつ←それはあっても良い
『銀貨20枚』←『35枚』←OK
『傷薬・ポーション補充…銀貨50枚』
『次の冒険の準備代?』←なんて言うの?
『金貨1枚?』←そんな要る?←分からないけど無いと不安
残りは??←もう無理!分かんない!! 」
そんな調子で書き連ねてあった。
汚くて読みにくいかとは思ったが、考えるうちに頭がこんがらかって、綺麗に描き直す余力は無かった。
「なるほど、なるほど。沢山考えて頑張りましたねぇ。大変だったでしょう」
確かに大変だったけれど、途中で分からなくなってしまったし、これが正解じゃない事くらいは三人も分かっている。
なのに。
ニコニコと笑ったおじさんは、机の隅に置いていた『銀級冒険者昇級申請書』の、手続者のところにサラサラとサインをして、紙をこちらへ向けて来る。
『申請書』は、『申請者』ーー三人の名前を書く欄以外は、もう全部埋めてあった。
三人がこの受付にまた来ると思って、書類を用意して待っていてくれたらしかった。
リリアは、なんだか分からないけれど目の前がジワリと滲んできてしまった。
嬉しい気持ちと歯がゆい気持ちが、両方あった気がする。
「あのっ、でも、私達……全然、上手くできなくて、分からないのに……」
後ろに並ぶ冒険者達の邪魔になってはいけないと分かっているけれど、せめてヒントが欲しかった。
けれどおじさんは、ふわふわと笑って頷く。
「そうですねぇ、分からない残りの報酬の使い道は、とりあえず置いておいたら良いんじゃないでしょうか」
「ーー……え?」
何を言われているのか分からなかった。
残り金貨5枚と銀貨800枚余りを、とりあえず置いておく?
改めて考えても三人共何を言われたのか分からなくて、それぞれ顔を見合わせた。
もしかしてこのおじさん、実は何も考えてないんじゃないだろうか。
一瞬そんな事まで思った。
しかし、おじさんは頷いて、軽く肩を竦めながら首を傾げる。
「ええ。貴方達は後になってもう少し生活費が必要だと思うかも知れませんし、特殊な装備や道具が必要だと思うかも知れません。なので、残ったお金は今の時点では用途を決めずに置いておくんです。……こういうの、『予備費』とか『共益費』という考え方です」
『余ったお金を置いておく事』にそんな名前があるとは知らなかった三人は、とても驚いた。
そして、おじさんは何も考えてないのではと思った事を、ちょっと申し訳なく思った。
「強いて言うなら、僕はアッシュさんの剣の費用も『準備代』ーー『必要経費』に入るかと思いますが、今回の報酬から金貨5枚をアッシュさんに渡すのが不安になるようなら、次の報酬も合わせて半分ずつ2回に分けて出してあげても良いかも知れませんね」
人差し指と中指をピンと伸ばして『2』を作るちょっとかわいいおじさんを見ながら、三人とも目をぱちぱちさせた。
『準備代』を2回に分けて払うなんて、考えた事も無かった。
「それから、『リリアさんの魔法練習』がお独りでは難しいようなら、誰かに先生を頼むという方法もあります」
「えっ、そんな事できるんですか?」
驚くリリアに、おじさんは事も無げに笑う。
「勿論できますとも。ギルドには優秀な魔術師も沢山居るでしょう?『依頼受付』に行って、『魔術指南』を依頼してみてください。初級の攻撃魔法なら、大体『金貨1枚』くらいで習えますよ。『研修費用』ですね」
今度は『1』を作るおじさんに、多分これも『準備代』に入るんだろうと理解したリリアだった。
三人共、冒険者は依頼をこなすものという意識が強過ぎて、自分達が依頼をするなんて思いつきもしなかった。
「今回のことは練習ですから、まだまだこれからも、色んな事を考えてみてくださいね」
御三方の今後ともの活躍を楽しみにしています、と少し難しい丁寧過ぎるような挨拶をされて、三人はいよいよ話は終わりらしいと『申請書』を受け取り受付を後にした。
時間を取ってしまって後ろの冒険者を怒らせやしないかと不安になって振り返ったが、後ろに並んでいたはずの冒険者達がいつの間にか受付の周囲に集まってきて話を一緒に聞いていたようで驚いた。
中にはわざわざメモを取っている冒険者までいた。
「……やっぱり冒険者って、情報が命だよな」
ああして色んな話を聞く人が上に行くんだな、と頷くロイセンを見て、リリアも頷き返しながらも思う。
さっきのおじさんの話、長年冒険者をやってる人達でも知らない事だったんじゃないかな。
「情報って言えば、ロイセンがあの試験の噂集めてくれてて助かった」
アッシュがやれやれと両腕を頭の後ろで組みながら、珍しく素直そうな事を言う。
「だって、それ聞いてなかったら絶対ヤル気にならなかったぜ、あんなややこしい話」
そう言われてみれば確かに、ロイセンだって事前情報が無ければ「試験の義務なんか無いはずだ」とか言って突っかかってしまったかも知れない。
ともあれ、そんなわけで。
アッシュ、リリア、ロイセンは、無事に銀級冒険者へと昇級を果たしたのだった。
*****
「おい、タク。なんか最近、面白ぇ事やってるらしいな」
「あれ、ガルドルフさん。下に降りて来るの珍しいですね。……面白い事?しましたっけ?」
大きな身体の癖に妙に気配を殺すのが上手いギルド長に背後に立たれ、肩にのしりと腕を乗せられた三葉は目を丸くした。
「昇級する冒険者に、試験出したり講義したりしてるらしいじゃねぇか?」
「あー……、最初はちょっとした雑談のつもりだったんですが……。業務の妨げになりますかね?」
「気にすんな、叱りに来たんじゃねぇんだよ」
気まずげに首を竦める、小動物のような三葉の肩を、ガルドルフはバンバンと叩く。
「むしろ一部じゃ、依頼達成率が上がったのは試験のお陰なんて言うやつも居てよ。効果がありそうならギルド全体で取り組んでも良いかと思ってんだが、お前どう思う?」
「……うーん、統計が出ない事には断言しかねますが、僕の予想では、試験を義務化するのは効果的では無い気がしますねぇ」
「お?試験出してる本人からそんな意見が出るたぁ思わなかったな。どういう事だ?」
悩みながら首を傾げる三葉に、ガルドルフの青い眼が興味深そうに光る。
「僕が出してるのは、ただの問いかけでして……正解とか、明確な合格基準があるものでは無いんです。それに答えられなければ冒険者になれないとも思いません」
「……ほぉ」
「僕の問いかけを気にせず昇級した方達も、後でふと僕の言葉が気になって考えたくなる時が来るかも知れません。そういう時に少し思索の取っ掛かりになれば良いなと思っていますし、そういうタイミングは本人が選ぶべきだとも思うんです」
「……お前、そんな、冒険者の思索のタイミングまで考えてんの、疲れないか?」
「え?いえ、楽しいです?」
「……そうか」
話すうちに、ガルドルフの目が奇妙なものを見るように変わってきた気がする。
「そんなわけで、試験は必要では無いと思うんですが……強いて言うなら、冒険者がお金の使い方について学ぶ機会が少ないのと、魔術やスキルを学ぶ方法が他の冒険者に師事するか依頼する程度しか無いのが、気掛かりではあります」
「……金?」
「ええ、中には報酬を渡した時、全く確認しないで袋に入れる方もいますし」
「……そりゃ、まあ、……だろうな」
ガルドルフからすると、冒険者というのは大体、数の計算と勉強が苦手だ。
大体、計算と勉強ができるヤツは商人なり学者なりになるのだ。
一部には冒険に夢見て冒険者になってしまう変態も居るには居るが、多くの場合は他に稼げるような道が無くてなるのだ。
そして、言ってはなんだが、ギルドというのは冒険者が計算できないのを良い事に依頼料の一部を毟り取ってこき使っているという側面がある。
正確にはガルドルフの代からはかなり適正な価格に是正したつもりであるが、冒険者達が知らず損をしてくれるほどギルドが儲かるというのもまた事実である。
さすがに詐欺を働くような職員はいないように教育しているつもりだが、冒険者達が損得の計算をできるようになってくれと望む職員は、恐らく誰も居ないだろう。三葉を除いて。
「……ギルドの損にならないなら、お前が親切心から何したって構わんがね」
「?いえ?」
「ん?」
「ギルドの利益しか考えていないです?」
「……んん??」
ガルドルフからすると三葉の行動は、老婆心……とでも言うのか、前途ある若者の将来を心配していてお節介を焼いているようにしか見えないのだが。
目をぱちぱちと瞬いた三葉が朗らかな笑顔で首を傾げながらそんな事を言うので、ガルドルフは自分の耳の方がおかしくなったのかと思った。
「あ、いえ、正確には彼等の無事と成功も祈ってますよ。勿論」
パタパタと手を振る男にホッとする。
が。
「『人的資源』は重要な『財産』でもありますし」
「……?」
ガルドルフの頭が変になったので無ければ、三葉が何か、金と人の区別がつかない魔物に乗っ取られた可能性があるのではなかろうか。
真剣に思案したガルドルフである。
「……えっ、あっ……いえ、そういう言い方……、僕の国、会社では……経営に関する考え方でそういう言い方をするんです!別に人権を無視して人間をお金のように使い捨てる思想とかじゃないです!むしろ『すごく大事な物』という意味ですよ!」
ガルドルフの反応に首を傾げた三葉が、ハッとしたように手を振って説明を並べる。
分かったような分からないような話だが、とりあえず三葉は三葉のようである。
こほり、と一つ咳払いして。
「つまりですね、冒険者が育つ事は、ギルドが育つ事に繋がるんです。ただ冒険者を放ったらかして働かせて、怪我したり働けなくなったら別の冒険者を雇って……という考え方ではなく、冒険者一人一人を育てます。冒険者がお金の計算をして有効に装備や道具を整えたら上の依頼を達成できて、ギルドの支払った報酬がどこかへ消えずにギルドに還元された、というように考えます。ギルドとしても、上級依頼の方が達成報酬も良いですし、上級冒険者を擁するギルドは信用も上がりますよね?」
「……なるほど、遊びに使っちまう金を、依頼達成に使わせると」
「端的に言えば、そういう事ですね」
ガルドルフは髭を撫でて、ふーむと唸った。
「……簡単な計算と、金の使い方くらいなら、手の空いたギルド員使って日時を決めて、講習……できなくもないが、冒険者で計算を習いたがるヤツがそんなに居るか?」
「まだあまり居ないかも知れませんね」
低く唸ったガルドルフは、息を吐きながらもう一度首を傾げた。
つまり三葉が行っているのは、その前段階。『計算に興味が出るような』冒険者作り。
「気の長い種蒔きだな」
「そうかも知れません」
笑った三葉が両手の指を組んで腕を伸ばした。
肩が凝るという仕草だ。
そんな仕草をするあたり、自分が気の遠くなるような事をやっている自覚はあるのだろう。
「あ、それよりギルド長。現時点で講習をするなら、ギルド職員に向けての方がオススメですよ」
眼鏡越し、ガルドルフを見上げて首を傾げる三葉は少し楽しそうだ。
「ギルド職員は冒険者よりも貴重で、既にギルドに定着している人財ですし、『お金の使い方』にせよ、『スキルアップ講習』にせよ、確実にギルドに還元されます」
なるほど、と頷いたガルドルフは、ふと思い出して首を傾げる。
「タク、お前、就職の時『何もできない』って言ってたのは、なんだったんだ?」
ぱちぱちと目を瞬いた三葉が少し思案してから苦笑する。
「僕は、上司と友人に恵まれただけの、『何もできない』おじさんじゃないですか?」
そんなわけあるか。
その場の誰もが思った。
『〜〜・再び②』というタイトル、PCフォルダ整理ができない人のフォルダ名っぽいとは思いつつ適案が無かった……。
『予備費』・『共益費』は厳密には『余ったお金を置いておく事』ではなく利益から一定金額プールするものですが、おじさんは収入不安定な冒険者の感覚だとそういうことになるなーと思っています。
ワチャワチャし過ぎてさすがに読みにくかったので修正




