愛というものの形2
ロルフが部屋を買いに行くというので、三葉は休みをもらってそれに随行することにした。
案内をしてくれるのは不動産管理を兼ねた土地管理ギルドの人らしい。
「こちら、築5年の新築です。街の中心にも近く二階建てに屋根裏部屋、地下部屋がついてなんと金貨7000枚」
「ふぅん、悪くないな」
「いやいや、待ってくださいロルフ。こんな凄い家を買われたら、僕の稼ぎでは家賃が払えません」
「別に、お前が払うのは金貨5枚で良いよ」
「馬鹿言わないでください……!!これだけの家借りたら金貨25枚は硬いですよ!そんなもの金貨5枚で借りたらバチが当たりますよ!慈善事業じゃないんですから……!!」
「別に俺が買ったものいくらで貸そうと俺の自由だろ」
「ダメですよ!市場価格の暴落は経済の破綻を生みますよ!大体僕だって分不相応な暮らしをしたら何かしら不幸な事件が起きますよ絶対!!」
「なんだそれ……」
「こちらは築30年ですが改装済みです。二階建て、郊外に近いのもあって金貨2000枚です」
「いきなり安いな」
「ええ、実は……」
(事故物件かな……)
「『魔法要塞』ミャルガさんと『夢の防人』ジェイミーさんのお家が近く……」
「それ、マイナスポイントなんですか」
「……夜な夜な笑い声が聞こえてきたり、突如爆発が起こったりします」
「よし、この家はやめよう。次」
「爆発は流石に……怖いですね」
「左様ですか……。『金色狼』ロルフ様ならばもしやと思ってご紹介したのですが、やはり……」
「何が悲しくてあいつらの近くに家を買わなきゃならん」
(あ、問題は爆発の方ではないんだ……)
「こちらは新築ですが『精霊の棲家』の影響で時折幻影のようなものが……」
「ひえ……」
「『精霊』系の影響がある家は基本的にナシだ」
「左様でございますか……」
「こちらは『精霊』の影響は全く無いのですが何故か夜な夜な天井に足跡が浮かび上がるという……」
「どうして急に事故物件ばかりなんですか!」
「いえ、昔、怨霊の出る物件が強い冒険者が住んだ途端ピタリと鎮まったという事がありまして……『金色狼』ロルフ様ならばもしやと思いまして……」
「そういうのは退魔系のスキル持ってる物好きに回してくれ」
「それは失礼いたしました……」
「こちらは築57年、二階建て。小ぢんまりとした作りですが、お庭は広いです。場所も郊外になりますし、建物も改装はしていますがいかんせん古く小さな家なので金貨3000枚です」
「へぇ、素敵じゃないですか?」
「……ちっと使いにくいだろ」
「ん、ああ、ドアがロルフには小さいですかね」
「保留だな。次」
「街の中央からはやや離れますが徒歩圏内。築20年、二階建て。特筆した作りは無いですがその分使いやすくなっています。金貨5000枚」
「ここ、良いな」
「なお、賃貸の相場は安くても金貨20枚程度になるお部屋です」
「それは別に良いんだよ、5枚で」
「いえ、流石にそういうわけには……20枚お支払いしますよ!」
「俺がこの家が良くてこれにするんだから5枚で良い」
「ダメです」
「じゃあ7枚」
「せめて18枚は受け取ってください」
「嫌だ」
「あの、こちらお買い上げで宜しいでしょうか……!?」
振り回された土地管理ギルドの人にはお礼と謝罪をして、ロルフはその家を買い上げることにした。
そして2人は散々逆の値切り交渉を重ねた結果、三葉が月々金貨13枚を支払うということで話がついた。
三葉のギルドでの給料が初任給で金貨28枚、現在は鑑定の部署を教育・管理するという立場を貰って月に金貨40枚を貰っている。
ロルフが部屋代と食事代を出してくれるお陰で今までの給料もほとんど貯金できているし、払えない金額ではないだろう。
「ところでお前、化粧水がいくらするかって知ってたのか?」
「以前アーズラィルさんの『リズスティンブールの工房』で並べられているのを見ましたが、香水が金貨5枚、化粧品が金貨2枚だったと記憶してます」
「よく見てるな、ほんと」
「しかも、あまり大きな瓶ではありませんでしたし……毎月金貨2枚は流石に出せるかどうか……」
「だから、家賃5枚で良いって言ってんのに」
「その話はもうしたでしょ。家を買わせただけでも申し訳ないんだから、家賃くらい払わせてください」
「どうせ近々買うつもりだったんだから、良いんだよ」
「……ずっと根無草だったのに、どうしたんです?」
「別に」
不思議に思って見上げた蜂蜜色の瞳からは、感情を読み取れなかった。
いや、むしろひどく優しい表情に見えたそれが三葉を余計に混乱させた。
「君、僕に優し過ぎやしませんか?」
「別に、やりたくてやってることだ」
苦笑気味に嗜めると、拗ねたような顔でぷいとそっぽを向かれてしまう。
「『リズスティンブールの工房』に化粧水を卸してるやつなら知り合いだ。安く買えるように交渉してやろうか」
「いえ、そこまでは……」
「別に俺が買ってやっても良いんだけどな。お前はまた嫌がりそうだ」
「そりゃあ……だって、そこまでされたら僕じゃなくてロルフが愛美を養うようなものじゃないですか」
「俺はあんたを助けてやりたいだけだ」
何故だか少し子供っぽく唇を尖らせるロルフに、思わず苦笑が漏れる。
「あのねロルフ、これは……愛美には内緒なんだけれど。……正直ね、彼女はこんな風に化粧品を買うにも苦労する生活は我慢できないだろうと思うんだ」
「……分かってて苦労させようってのか?」
「だって、僕のところに来るってことはそういう事だろ?それとも僕は君に出してもらったお金で彼女を養って亭主面していれば良いの?」
「……」
「愛美がね、それでも良いなら多分僕は、彼女をもう一度お嫁に貰うと思うよ。……僕の出来る限りで彼女を幸せにするって誓ったんだもの。でも、彼女がこんなの我慢できないと思った時に帰る先が無いのが一番困るんだ。……だから、お試し期間の間に彼女には当然することになる苦労はしてもらうし、万が一の間違いも起きないようにメイドだけでなく君にも見ていて貰いたいんだ」
「……あんたにくっつき過ぎないようにって?」
「僕はこれから数ヶ月、可能な限り彼女には触れないつもりだよ。体はマリアさんのものだし、エルダイルさんに怒られたらマリアさんと愛美が可哀想だし」
ロルフはつまらなそうにふんと鼻を鳴らして低く唸った。
「まだるっこしいな。好きなら貰っちまえば良いだろ」
「僕が娶るのが彼女の一番の幸せなら、多分そうする」
黒に近い焦茶の瞳がじっと迷いなくロルフを見つめる。
視線を先に逸らしたのは、ロルフの方だった。
「僕を選ばない方が彼女が幸せになるとして、……それを無理矢理自分のものにする事を、僕は愛だと感じない。……だから、それで、良いんだよ」
ロルフは答えなかった。
その沈黙が、何より雄弁に同意と肯定を示していた。
彼もまた、同じ理由で今目の前の男を手放そうとしているのだ。分からぬはずがなかった。
けれどその痛みもまた、ロルフには分かってしまうから、彼に愛が向くことを願わずにいられないのだ。
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胃の痛い展開が続いていて申し訳ないです




