食糧調達と魔法書
ミャルガは深夜に起き出して、焚き火の前で小さくため息をついていた。
大好きなタカノリはロルフに捕まって彼のテントに寝かされているらしい。
親のいない子供達も一緒にテントへ入って行ったので不埒な真似はされていないだろうとは思うが、合流して以来ロルフの主張が強めである。
(まあ、知らない間に怪我してたら仕方ない気もするけどなぁ……)
でも、ミャルガだってタカノリと一緒に寝たい。
子供と一緒に潜り込んだらぎゅっとして寝られただろうか、なんて夢想するけれど実行するほどの勇気は無い。
そして実行した場合、多分ロルフにつまみ出されるのだ。ミャルガは分かっている。
(それにしても、さっきは何を話してたのか気になるなぁ)
食事の後子供達が寝てから、二人とも視線は合わせないのに妙にお互いを意識しているようなのを見かけた。
遠くてミャルガには何を話しているのか聞こえなかったけど、なんだか良い雰囲気だった気がする。
ミャルガだってタカノリとくっついたりイチャイチャしたい。
思わず尻尾をぱたこんぱたこんと揺らしてしまうミャルガである。
「何やってんだ」
声をかけられてら顔を上げると、気怠げなガルドルフが起き上がってこちらへ来るところだった。
「サリオと穀物酒まだあるか?」
「ん、あるにゃ」
ガルドルフはまだ片脚を引きずっている。
三葉が、息の止まっていた時間が長いとそうなる事があると言って、それで初めてガルドルフが死にかけていた事を知った。
ガルドルフ自身も知らなかったらしくて、目を丸くして驚いて、それなら仕方ねぇやな、と苦笑した。
ちなみに、魔法でも蘇生できない心臓の止まった人間をどうやって蘇生したのかと聞いたが、
「タカノリの国の儀式?みたいなので蘇生したらしい」
「いえ、多分魔法の器とかをウェインさんが修復してくれたからで、あれは蘇生した後の後遺症を軽減するだけでして……」
二人の話はかなり分かりにくかった。
しかも肝心の儀式の内容については二人とも話そうとしないのだから余計に分からない。
魔法の器というのはミャルガも知っている。
壊れると魔力が流れ出してしまって死に至る。
魔法を限度を超えて使い過ぎると起こる事がある現象だ。
器にヒビが入った程度であれば似通った魔力を与える事で修復された例もあるが、心臓が止まった後で修復蘇生できたとすると歴史に残る大偉業ということになる。
けれどウェインは「今回のことは偶然上手くいっただけで他の例には使えないと思う」と言って説明を渋っている。
ガルドルフが尋ねると少しは口を開くようなので、落ち着いた頃にゆっくり尋ねるつもりであるらしい。
「サリオを割るのは頼むにゃ」
そんな死地から生還したガルドルフにサリオ割りを頼む。
こういう力の要る単純な動作は『リハビリ』と言って元の機能を取り戻すのに必要なのだとタカノリが言っていたので、やらせる方が良いだろうと思ったのだ。
ミャルガはその間に二つのカップに水を生成して火にかける。
ガルドルフも以前は素手でサリオを割れる程度には豪腕だったが、今はサリオ割りペンチが無ければやりにくいらしく、使いにくそうにペンチを使ってサリオを割っていった。
殻を割って取り出した中身の柔らかい果肉をカップの上で搾ると水が白っぽく濁り、これをもう少し火にかけると少しトロリとして甘い匂いがしてくる。
火から下ろしたサリオジュースに穀物酒を垂らしてガルドルフに渡してやる。
「はい。熱いから気をつけるにゃ」
「おう。ありがとさん」
隣へ座って二人それぞれカップを吹き冷まして思い思いに口へ運んだ。
甘みと酒精の香りに身体が温まる。
「死にかけたのに長いこと歩かされて、ガルドルフも難儀だったにゃ」
「なに、命拾っただけで儲けもんだぜ」
そんな話をして、しばらくは特に喋る事も無くて二人黙ってサリオを飲んだ。
「命を拾うと言えばこの『魔獣暴走』、これだけの規模で起きたにも関わらず今避難している全員が助かったら、これも歴史に残る記録になるにゃ」
「そうだろうな。特に冒険者がこれだけ生き残ってるのは奇跡に近いだろ」
「……」
ずず、と音を立ててサリオを啜ったガルドルフは、わずかに唇を鳴らす。
不機嫌そうな音だった。
「だが、気がかりもある」
「……魔獣の動きの話かにゃ?」
「お前さんも気付いたか」
「にゃ。北門に居た時も、暗がり森から来た魔獣が真っ直ぐ走って来ずに東門へ行ったので驚いたにゃ。……あれは暴走と言うには理知的過ぎる動きにゃ」
二人して、また少し間をおいた。
考えを言葉にまとめる時間が必要だった。
「魔獣に、戦略を練れるやつが出たと思うか?」
「確かに少しにゃらそういう奴もいるけど、今回は違うと思うにゃ」
サリオをちゃぷりと揺らし、ミャルガは余った干し肉をにゃぐにゃぐと噛んだ。
ガルドルフも同じように乾いた肉をしがむ。
二人は互いに沈黙する。
避難所に用意された食糧はおよそ10日分。
それ以上『魔獣暴走』が続くようならば、ゆくゆくは餓死するか食糧を求めて魔獣に襲われるしかない。
しばし悩み、それからぼそぼそと相談する。
「……で、……」
「そういう仕事は……、……」
彼等の相談は他の面々が起き出すまで続いた。
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「つまり」
「有り体に言えば、お前さんら二人で可能な限り魔獣を狩ってくれ」
「他の避難所にも連絡して、防衛隊の面々にも協力をお願いするにゃ」
魔獣を食糧として討伐する役として、ロルフとウェインに白羽の矢が立った。
「つまりあんたらは、この『魔獣暴走』は10日以内には収まらないと見ているのか」
「それどころか、この街が魔獣の棲家として飲み込まれる可能性もあるにゃ」
「この状況を打開するにはどのみち魔獣の数を減らさなきゃいかんということだ」
ガルドルフとミャルガは偉そうに両腕を組んで頷き合うが、彼等が留守番でロルフとウェインが駆り出されることが微妙に納得のいかない二人である。
と言っても、確かにガルドルフは手足の自由がきかず、ミャルガの魔法は市街での戦闘に向かない。
消去法で、近接戦闘で火力を誇る二人が指名に上がったのは致し方ない事だろうか。
「仕方ねえ、行くか」
「俺は西門方面へ向かって防衛隊と合流を図る。あんたは南か東へ向かってくれ」
「……分かった」
指示を出されるのは好きでないロルフだが、状況として他に選択の余地も無い。大人しく頷いた。
ウェインが西へ向かうならばひとまず東へ向かうかと決める。
「二人とも、気をつけて行ってきてくださいね」
少し心配そうな声を三葉にかけられて、ロルフとウェインは軽く手を振って避難所を出ることにした。
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「なるほど、これは異常だ」
街道を走るロルフは小さくため息をついた。
避難所から東門へ向かう僅かな間に、既に三頭もの『龍輝角鹿』に遭遇していた。
神獣などと呼ばれるのはその強さだけではなく、遭遇する頻度の低さにも因るというのに。
三頭目の神獣による雷撃を『俊歩』で躱し、ロルフは勢いをつけて『龍輝角鹿』の背後へ跳びかかる。
しかし、すぐに察知されて角による反撃が来る。
「くっ、こいつもか……」
まるでロルフの攻撃パターンを覚えたかのように魔獣が反応してくる。
過去に同じ手を使った魔獣は既に討伐している筈だから、この魔獣がロルフを知る筈もないというのに。
「仕方ねえ、下から斬るぞ、『相棒』」
声をかけると鉈剣が嬉しそうにヒュイイイイッと高音を奏でて青く光る。
その光がロルフの全身へ流れ込んで全ての感覚を底上げする。
ロルフを踏み潰そうと持ち上げられた脚を躱して、残った脚を斬りつける。体勢を崩した長毛鹿の首元を斬りつけて首を落とす。
強化された鉈剣は『龍輝角鹿』の鱗すら容易に切り裂くようになったため、防御頼りで動きの遅い『龍輝角鹿』などはロルフにとってむしろ討伐しやすい魔獣と化していた。
しかし、まるでそれを予見したかのように倒した『龍輝角鹿』の背後に『酸毒大蛇』が姿を現す。
「はー、面倒なのがお出ましか。……『完全防御』」
パッと自分の肩を叩いて防御魔法をかける。
「あとは……えーと、あったあった」
腰につけた『夢見カバン』を漁り、事前に描いた魔法陣を広げる。
このように魔法陣を事前に記入した布や紙は古くからある魔道具の一つで、『魔法書』と呼ばれる。
ロルフは放出系の魔術が不得手で空に魔法陣を細々と描くことが嫌いなのでこの手の魔法は『魔法書』頼みだったが、『夢見カバン』のお陰で持ち歩ける荷物が増えて戦術の幅が広がった。
事前に用意しておけば忙しい戦闘の最中に短杖を振り回して煩わしい思いをしなくて良いし、『魔法書』は瞬時に魔法を発動できるため、詠唱をするよりずっと速い。
「……『炎よ荒れ狂えーー火炎陣』」
地面へ落とした魔法陣に魔力を通し、お手軽に魔法を発動して『酸毒大蛇』を焼く。
発動した魔法陣は火炎陣に巻き込まれるように燃えて無くなってしまった。
「まだ生きてるか。……行くぞ『相棒』」
声をかけられて嬉しそうな鉈剣を振り下ろし、焼け焦げた大蛇の胴を横なぎに払う。
今際の際に一牙報いんと切り落とされた大蛇の首がロルフへ噛み付きに来たが、それも『完全防御』の壁に阻まれた。
食いかかった顎を鉈剣で上下に切り裂かれ、巨大な蛇はようやく絶命した。
「……さすがにちょいと疲れたな」
肩を押さえて首を横に伸ばし、独りごちながら『龍輝角鹿』と『酸毒大蛇』をそれぞれ丸ごと『夢見カバン』へ収め、ロルフは東門へと歩いてゆくのだった。
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一方のウェインは『俊歩』と影の魔術を駆使して街中を駆けていた。
『ツノウサギ』や『幻影蛇』、『赤色怪鳥』などの細々とした魔獣を速度を活かして狩る。
『ツノウサギ』はともかく他の魔獣は大して美味くもないので肉を集めるのも諦めて捨て置いた。
けれど今回の討伐は食糧調達だけが目的ではないようである。
「できるだけ目立つように討伐して欲しいにゃ」
「大物が狩れれば一番だが、小物を討伐してくれるんでも良い」
そんな指示をミャルガとガルドルフから受けていた。
なんとも妙な話だ。
ともかくそれで派手に魔獣を蹴散らしながら進んでいたウェインは、右側ーー北門方向から巨大な影が近づいてくる事に気付いて物陰に隠れた。
ズシリと音を立てて地面を踏み鳴らす魔獣の名は『立ち暴れ牛』二足歩行の牛で、2トラルクを超す体高と首元を覆う長毛、魔獣ならではの赤い目が特徴的である。
「かかれ『槍騎兵』!」
ウェインは影から大型の槍を持った騎兵を呼び出す。
この能力も、ウェインはガルドルフへ返そうと思ったのに断られてしまった。
「今は俺が持ってても持ち腐れだ。お前が使ってやってくれ」
そう言われて、それではいつになったら受け取ってくれるのかと一抹の不安を覚えながらも断り切れずに預かったままになってしまった。
だが事実、この能力はウェインの元々持つ能力と相性が良かった。
影の騎兵に攻撃をさせている間に敵の影へ潜り込み、よく研いだ剣で背後から急所を狙う。
今も見事に暴れ牛の首と腕を撫で斬りにして落としたところだった。
「……っは……」
すぐに影へ引っ込んだ『槍騎兵』を見送り、ウェインは小さく息を吐く。
『龍輝角鹿』の鱗を刃に使った新しい剣は恐ろしいほどよく切れる。
それでも大型の魔獣を相手にするには、精神力と集中力の消耗が激しかった。
「くそ……ロルフ、本当に化け物だな……」
専門が違うとはいえ、目の前で易々と『龍輝角鹿』を両断する姿を見てしまった後では、己の力不足に辟易してしまう。
ウェイン自身はまだ20歳で歳若いとはいえ、防衛隊全体がまとめて『金色狼』と同世代のような扱いをされるから、なおさらである。
適当に解体した暴れ牛の肉を影兵に運ばせて、ウェインは苛立ちに頭を掻きながら西門へと向かった。
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大変励みになります。
ロルフは魔法書を自力で書いて準備していますが、買うと金貨5枚〜200枚程度します。(描かれた魔法陣により値段が変わる)
火炎陣の魔法書だと金貨20枚くらいです。お高い。
ウェインパートを追記しました。




