その感情の名は
避難所は完全に地下へ潜る形になっており、四角いハッチを開けると段差の少ない螺旋階段でぐるりと大回りに下ってゆく道があり、その階段に囲まれるように真ん中に部屋があるような作りになっていた。
梯子などで垂直に降りるようにすると怪我人が入りづらくなり、階段を作るにも広い範囲は使えないためにこのような作りになったらしい。
真ん中の部屋には火が焚かれ、換気は魔法を併用したダクトによって充分行われているという。
広い大部屋のそれはいかにも地下の秘密基地という風体で、不謹慎ながら三葉は密かに目を輝かせていた。
中へ入ると流石は冒険者と言うべきか、各自がテントなどを張ってプライベートスペースを確保しているらしい。
一行が部屋へ入ってくるとテントからゾロゾロと姿を現し、それぞれなんとなく挨拶をしてくれた。
三葉は担当のギルド員に挨拶をしようと思ったが、なんとこの避難所の担当ギルド員は現れていないという。
管理室へ入って担当者の名前を確認した三葉は、そこにルキオという名前を見つけて首を傾げる。
なんだか妙な記憶に引っかかる名前だ。
「……あ」
忙しくて忘れていたが、三葉に妙に絡んできたり倉庫に鍵をかけたりしてきたのが確かそんな名前の男だった。
「……うーん、」
一度嫌な思いをさせられた程度で職務放棄を疑うのも偏見だろうか。
どこかで危険な目にあっているという可能性も捨てきれない。
「とりあえず他の方には担当者名は伏せて不在の旨だけ伝えましょうか」
探す余裕はこちらも無いが、魔術鳥を使って他の避難所と連絡を取るくらいの事はできるだろう。
「僕は僕のやるべき事をやらなくては」
担当者が居ないならば食料の配給もできていないだろう。
食料の在庫確認をするべく、三葉は上着を脱いで腕まくりをした。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「今日の分のお水とサリオの実を配ります。食料はまとめてお雑炊を作りますので必要な方は器を持って後ほど集まってくださいね〜。タオルと毛布もあります。1人1枚まで持って行ってください」
声をかけるとテントからわらわらと人が集まってくる。
三葉が驚いたことに、子連れの冒険者も多い。
最初からこの避難所に避難する前提で子供を預けていたのか、途中で合流してきたのか、どちらだろう。
所々に親と合流できていない子がいるところを見ると、前者だろうか。
(この中に、東門で亡くなった方の子がいる可能性も……)
三葉の胸がズキリと痛む。
しかしこのような状況で悠長にその痛みを味わうことすら失礼な気がして、慌てて首を振って考えを逃した。
「親御さんとまだ会えてない子達は、こっちにおいで。サリオを絞ってあげるから、皆でご飯を食べよう」
子供だけでは危ないだろうと声を掛けると、小さな子達が様子を見い見い三葉の方へ寄ってくる。
クルミ割りペンチの様な見た目のサリオ用ペンチでサリオの実を割り、中身をお湯に垂らすとホットミルクのような見た目になる。
味は蜂蜜入りのスキムミルクのような味がする。
栄養があり鎮静・安眠効果もあるとのことで、心細い思いをしているであろう子供達には是非飲んで欲しかった。
ところで、過去にサリオを飲んだ時ロルフがさらりとサリオの殻を素手で割っているのを見た気がするのだが。
今ペンチでサリオ割りをしてみた感想としては、記憶の方を疑いたくなる三葉である。
「ご飯作るの?」
「おなかすいたぁ」
「僕、手伝います」
比較的歳上の子達が手伝いを申し出てくれたため、干し肉を千切ったりルッカと呼ばれる穀物ーー淡い黄色の丸い粒で、茹でると柔らかく膨らむ穀物が主食として食べられているーーを洗ってもらったりした。
その日の食事は肉とルッカの雑炊に塩胡椒で味付けしたものと、硬めに焼いて保存性を上げたパンと青リンゴのような見た目の果物だった。
その果物はアルルークと呼ばれ、酸味が強いけれど保存性が良いのが特徴だ。
多くの場合はジャムなど作るのに使うが、疲れた身体にはそのまま齧っても充分に美味しかった。
火の番は子供には危ないので三葉がやった。
途中でロルフやミャルガも手伝いに来てくれたので、火を任せて子供の世話に向かったりもした。
「なあ、ウチのも一緒に食べさせても良いか……?」
「ウチのも一緒に食べたいって言ってて」
「ウチも頼むよ」
何人かの冒険者は子供を連れて食事を共に囲んだ。
「パンはスープに浸すと食べやすくなりますよ。熱いからよく気をつけて『ふー、ふー』ってしてくださいね」
「おじちゃん、ミアが泣いてる〜」
「教えてくれてありがとう。僕はちょっと見てくるから、ロルフ、子供達を見ててあげてくださいね」
「俺かよ」
「頼りになりますから」
「……しょうがねぇな」
横で見ていたミャルガが「扱い慣れてるにゃあ……」と言ったのは子供の事なのかロルフの事なのか。
ミャルガは子供達にも人気だった。
「ねこちゃん!」と言って群がられるのをどうにかいなそうとするも、揉みくちゃにされていた。
「ヒゲと耳と尻尾はやめるにゃ!!いたたた……!!」
「こら、エディック、マキアも。お友達になりたいなら優しくしなきゃね」
叫ぶミャルガから子供をそっと剥がしながら諫めるのは三葉である。
「……、……うん……」
「ミャルガにごめんなさいして」
「……ごめんなさい」
「ごめんなさぁい……」
素直に口々に謝罪する子供達に、ボサボサの毛を撫でながらミャルガが唸る。
「……みゃ、ゆ、許すにゃ……」
しかし、子供というのはメゲない生き物である。
キラキラとした目で、またジッとミャルガを見つめてくる。
「……お腹は触っても良い?」
「や、優しくするにゃら良いにゃ……」
つい気圧されて頷くミャルガ。
途端にパッと別の子が手を上げた。
「尻尾もふもふしたぁい」
「僕もぉ」
「……そっと、ちょっとだけにゃらもふもふしても良いのにゃ……」
無事了承を得た子供達が、紅葉のような手でミャルガの毛並みをもふもふしている。
ちょっとだけ羨ましい気持ちになりながらそれを眺めていた三葉は、ロルフにちょんちょんと横からつつかれて顔を向けた。
「ん。お疲れさん」
言いながら差し出されたサリオのお湯割りに口をつける。
いつかの夜のように、やはりお酒の混ざっている味がした。
このほんのりとウイスキーのような芳醇な香りは、オルガノと呼ばれる穀物種だろうか。
確か、ルガンと呼ばれるルッカとは別の穀物から作られた酒であるはずだ。
「子供、久しぶりか?」
「……そうですね。……ちょっと懐かしいです」
うちの子はあんなに聞き分け良く無かったですけどねぇ、と笑う三葉をじっと見て、ロルフはサリオを一口飲んだ。
彼があの日のように泣いていないことが分かれば、ロルフはそれで満足だった。
「……帰りたい、よな」
聞かない方が良いとは思いつつ、ついそんな話題を出してしまう。
けれど返答は、ロルフの予想を外れていた。
「今は、……どうでしょう。……分からないな」
視線をやると火に明るく照らされた顔がある。
細く青白かったいつかとは違い、肉付きもしっかりして顔色も良い。
彼は迷うようにカップの中の白い液体を眺め、少し勢いを付けるように中身をぐびりと飲んだ。
「……前は、帰りたかったですけど。今、こうして、皆と過ごして、これを捨ててまで帰りたいかと言うと、分からないです。……娘には、連絡の一つくらい取りたいとは思いますけどね……」
その言葉が、誠実に選ばれた言葉だと分かるから、ロルフは何も言わず頷くことしかできなかった。
ミツバの中でこの国での生活がそれだけ価値あるものになった事が嬉しく、帰郷をどこか諦めさせてしまっている事実が切なくもあった。
「……まあ、ロルフがついてきてくれるなら、日本を案内するのも楽しそうですけどね」
目を細めて笑うミツバに、そういえばそんな話をした事もあったと目を細めるロルフ。
「……それって、お前が捨てたくないのは他の奴との生活じゃなくて俺だけって聞こえるけど、自惚れても良いのか?」
尋ねると不思議そうに首を傾げたミツバが、ハッとしたように目を見開いてじわじわと赤くなる。
「いえ、それは……、……っ、……そ、ぅ、かも知れません……」
意外にも肯定する言葉が出てきて思わず視線を向けると、相手はぷいと視線を外すところだった。
そっぽを向いた耳の先とうなじが赤い。
「……『魔獣暴走』の避難誘導をしてる間も、本当はずっと、君の心配ばかりしてました……無事で、良かったです」
小さく縮こまるようなその背中を、ロルフは今すぐ抱きしめたかった。
けれどこんな場所で抱きしめたら、警戒心の強い彼には逃げられてしまうかもしれない。
それで、人目を忍んで物陰でこそりと彼の手を握った。
赤らんだ、困ったような目がちらりとロルフへ向く。
けれどそれ以上は何も言われなかったから、気付かぬフリで手を繋ぎ続けた。
その静かな時間は、寝入った子供が起きるまで続いた。
「おじちゃん、おトイレ……」
目を擦りながら起き出した少女に、ミツバが慌てたように立ち上がる。
「こっちにありますよ!一緒に行きましょうね」
逃げるように少女を連れて仮設トイレへ向かう背中を見送り、ロルフは温もりの残る自分の手をそっと見下ろした。
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三葉さんは何回プロポーズをする気なんでしょうね(何を言ってるんだ)




