東門・『蛮勇の王』ガルドルフ
ガルドルフはバイクを可能な限り加速して走っていた。可能な限りというのは、つまり行き交う人を轢かない程度に可能な限りということであるが。
誰も彼もが馬にはあり得ないその速度に息を呑んで振り向く。制服姿で人々を誘導しているのはギルド員だろう。ガルドルフが不在でも予定通り避難活動を継続してくれているようで一安心である。
すぐに東門へ着き、門の横へバイクを止める。
「おい、状況はどうなってる」
門を閉じようとした門番を止めて声をかける。
「どうもこうも、来ちまいますよ!」
閂をかけられかけた門を無理矢理開けさせたガルドルフは、冒険者達の数歩手前まで迫った『金鴨鹿』の姿に声を張り上げた。
「盾持ってる奴は前に出て防げ!持ってない奴は下がって伏せろ!穴開いたところは俺がなんとかする!!」
統制の取れていなかった冒険者達が、はっとしたようにガルドルフの声に反応した。
分かりやすい指示に盾を持った者は腹をくくり、盾を持たぬ者は遠慮なくその後ろへ下がれた。
「『影に潜みし兵よ。王の呼び声に応えよーー影の盾兵』」
ガルドルフが街壁の影に手を当て声をあげると、盾を持った冒険者の隙間を埋めるように影でできた盾が地面から生え出して『金鴨鹿』の突進を受け止める。
「よぉし!盾の奴らは押し返せ!武器を持ってる奴は盾の隙間から攻撃しろ!ーー『影の槍兵』!」
号令と共に冒険者達の影から針山のような槍が突き出て『金鴨鹿』を貫く。
それに合わせるような形で冒険者達が掛け声を上げ、まだ立っている『金鴨鹿』へ切り掛かってゆく。
「角にだけ気をつければ、防御が硬いだけの鹿だ!怪我した奴はすぐに下がって回復を待て!」
ミャルガの回復と補助の魔法陣が上空に浮いている。これがある限り冒険者達の能力は数段階も底上げされていると言って良いだろう。
ひとまず大きな波をやり過ごせたことに、ガルドルフは大きく息をついた。久しぶりに能力を使ったせいか腕の表面がズキリと痛んだ。
昔、ガルドルフは『蛮勇の王』という二つ名を持つ単独冒険者だった。それが『救国の英雄』などという呼ばれたくない名に変わってしまったのはアルテマ国のとある街を『聖女』と呼ばれる女と共に『魔物暴走』から守った時からなのだが、その辺りの話は横へ置いておくとする。
『蛮勇の王』とは1人で戦う『蛮勇』とあらゆる物という『万有』を掛けた名だそうで、ガルドルフの能力をそのまま表していると言っても良かった。
いつ誰から彼の能力が知れ渡ってしまったのかは謎だが、特に隠したことも無かったので大して気にもしなかった。
ガルドルフにこの能力を覚えさせたのは父だった。ガルドルフの全身には父が刻んだ雷のような模様の黒い刺青がある。
ガルドルフには分からないが、この刺青は一種の特殊言語であるらしく、この刺青に魔力を流すことで影の中から兵隊のようなものを呼び出せる。
その兵隊がどこから補充されるのかは分からないが、ガルドルフの魔力を糧に強化されているようにも思われる。
父はガルドルフを兵隊として育てようとしたが、兵士の上下関係が肌に合わなかったガルドルフは三ヶ月で兵役を辞めて冒険者になってしまった。
その時父から勘当を言い渡されたのも今ではいい思い出と笑い飛ばせる話である。
そのせいで残された兄弟が同じように兵役につかされた事は申し訳なく思っているが。
「さぁて、と」
影の中から巨大な槍を召喚し、それを片手にガルドルフも前衛に突っ込んだ。
「っせぇりゃ!!」
横なぎにした影の槍が『金鴨鹿』の胴体を叩き切る。
ガルドルフの片目は以前の『魔獣暴走』で傷ついて以来見えなくなってしまったが、複数方向の影から情報を受け取れば敵のおよその位置は把握できる。
目で物を見るよりも酷く疲れるので、長く戦うには向かないが。
「うわぁあ!!」
声が上がった。
見れば『金鴨鹿』のすぐ後ろに黒に紫の模様の『恐慌熊』が数頭姿を表している。
「ちっ、やはりこの門を狙って来てんのか……」
事実としては認めざるを得ないが、どうにも解せない。『魔獣暴走』とは、増え過ぎた魔獣による混乱と暴走である。それがこのように手薄な門を狙うような戦略的な攻撃をしてくるなど、前代未聞である。
「全員、耳栓は用意してるか!?耳栓も護符も無い奴は後ろの方で下がっとけ!!あいつの声聞くと恐慌にかかるぞ!」
言われた冒険者の多くが荷物の中に耳栓を準備していた。『恐怖熊』の対処法として防衛隊からもたらされた耳栓はすぐに改良され(この改良にも三葉とミャルガが積極的に関わって防音率を向上させた)ギルドの基本装備の中に並んだ。
今ではロープやナイフ、傷薬、毒消しと並ぶ必需品である。
「良いか、耳栓する前に聞いとけよ!盾が前出て攻撃止めろ!遠距離と魔法は盾にぶつかるまでは撃ち続けろ!盾に当たったら近距離担当は俺と一緒に打って出るぞ!」
何しろ親しんだギルド長から直々の号令である。冒険者全体から「うぉおおおっ!!」と雄叫びが上がった。
「よし!耳栓してかかるぞ!」
「おおおっ!!」
ガルドルフも荷物の中から耳栓を探して耳に入れる。すると周囲がシンとなって自分の心臓の音だけが響く。
護符と違って安価で使い回しが効くのが耳栓の良いところだ。駆け出しの冒険者でも気軽に手に入れられる。
耳栓をしてから作戦の変更がしにくいのが多少難儀ではあるが、この程度の単純な物ならばなんとかなるだろう。
ふと上に光が見えたと思いちらりと見上げると、空に輝くミャルガの魔法陣に何かが追加されていた。
ガルドルフはこれを完全に読み解けるほどは魔法に詳しくないが、読める部分と状況から察するに『精神防御上昇』の魔法をミャルガが追加してくれたのだろうか。
(あいつ、自由に見えて状況よく見てるよなあ……)
自分を紳士だのと言うのを見ると何を言ってるやらと思ってしまうが、さすがは白銀級冒険者である。
紫の熊が何やら吠えたが、ガルドルフには聞こえない。後ろで待機していたはずの冒険者達へ向けて、ミャルガの魔法陣から光が流れ星のように走った。『精神防御上昇』だけでなく『解呪』の魔法も同時に組み込まれているらしい。どこまでも有能である。
魔法使いや弓使いが攻撃をしかける中、盾持ちの冒険者達が前へ出て『恐慌熊』の攻撃を受け止める。そこまでは良かった。だが、立ち上がった一頭の腹の毛を見てガルドルフに戦慄が走った。
(赤いーー!!)
ただ赤いだけでない。周囲の毛皮は一見して黒い。
つまり、遠目に見ると『潰し熊』か『恐慌熊』に見えるように偽装されている。
(どこのどいつだ、こんなことしやがるのは……)
一瞬、大局を見ようと俯瞰してしまった。それはガルドルフが長く戦場を離れギルド長という座にいたからか。
それ故に指示が一歩遅れた。
ーーオォオオオッーー!!
耳栓をしていても全身がビリリと震えるような咆哮。その直後、上空の魔法陣が弾けるように壊れた。
(魔力にまで干渉すんのかーー!!)
焦るガルドルフは、背筋にひやりとした物を感じた。
ーー何かを忘れている。
直後、後ろ脇腹に焼かれるような熱を感じた。
「うぐっ……」
咄嗟に振り返ると、目を真っ赤な光に支配され顔を真っ青にした冒険者が1人、ガルドルフの背にナイフを突き立てていた。
それで思い出す。後ろには耳栓を忘れた者が待機していた。
揺れる視線の向こうに、何人か混乱状態で仲間に襲いかかる者の姿があった。
ガルドルフは彼等に、耳を塞ぐよう指示を出さなければいけなかったのだ。
だが、咄嗟に判断が遅れた。
声は聞こえない。
聞こえないが、ガルドルフにナイフを突き立てた冒険者は泣いているようだった。
(まずい……)
俺が倒れたら、この場は総崩れになってしまう。
浮かんだのは、それだけだった。
(影よ……こいつらを、守ってくれ)
倒れ伏し、地面に手を突きながら言葉にならない言葉で願う。
その言葉と共にすうっと血の気が引いて、大事な力が器から溢れて流れ広がる感覚がした。
そのまま、ガルドルフの意識は闇の中へ消えていった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
『あ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ!!!』
どこからともなく慟哭が、突如として上がった。
熊と戦う冒険者、仲間に襲われる冒険者、混乱して仲間を襲っていた冒険者すら、その声にビクリと動きを止めた。
彼等の影だったものが、地面からどっと立ち上がり慟哭と共に青白い涙を溢しながら巨大な武器を構えた。
それは、熊の影ですら例外ではなかった。
熊の影達がその大きな爪でもって『恐怖熊』の横っ面を張り倒した。
ーーオォオオオッーー!!
『がぁああああっ!!』
咆哮と慟哭が同時に響き渡る。
『恐怖熊』が影の熊の腕へ食らいつくが、それはするりと消えてしまう。
そしてすぐにまた影は形を取り戻し、『恐怖熊』の横面を叩く。食らいつく。脇腹を裂く。
『お゛ぉおおおおっ!!』
涙を流す熊の影による蹂躙がそこにあった。敵に回れば恐ろしいその大きな爪で『恐怖熊』の頭を叩き胴を殴る。それは他の『恐慌熊』や僅かに残った『金鴨鹿』に関しても同じだった。熊の影が爪でなぎ払い、冒険者の影が盾で殴りナイフで刺し弓矢で魔法でその胴を攻撃した。
更に後ろにはまた別の『恐怖熊』や『恐慌熊』がいたが、これを見た熊達は進路を変えて今度は北門へと向かって行った。
「やった!」
「俺達やったのか!」
「おおお!!」
まだ混乱した冒険者を取り押さえながらも、冒険者達は勝鬨を上げる。
冒険者の形になった影達はゆらゆらと揺れて泣いている。
だが、そこにガルドルフの姿は無かった。
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