心を占めてゆくもの※
「この辺は肉料理が美味いんだ。なんか食ってくか?」
言われて入った店は、なんと小型ドラゴンのステーキを出す店だった。
「ドラゴンの羽の付け根の肉は最高だよ!」
「じゃあ、付け根の肉と舌の肉を1デルクずつ」
「あいよ!どっちも分厚くなるが、半分に切っても良いかい?」
「おう」
「焼き加減は?」
「レアで」
よく分からないままの三葉をよそにぽんぽんと注文を決めるロルフ。
500gもあると食べきれないのではないかと思ったが、ジューシーな肉は噛むたび肉汁が溢れてスルスルと食べやすく、舌の肉と付け根の肉をロルフと半分ずつ交換して、味に飽きたら塩胡椒を足したりソースを掛けたりするうちにするりと無くなってしまった。
「あんた、よく食うようになったよな」
満足そうに正面から微笑まれて、最後の一切れを咀嚼していた三葉は思わず口の中の塊をゴクリと飲み込んでしまった。
言われてみれば、最近はすぐにお腹が空くようになったし、出されたものを食べ切れるようになった。
しかし太ったという気はしない。正確には、肉付きは良くなったし体重も増えたと思うが、筋肉が増えたのか体感では身体は軽くすら感じる。
「……ロルフと一緒に食べると、美味しいからですかね」
長年の、1人での食事は味気なかった。
ロルフと話しながら食べる食事は美味しく楽しく、時間がすぐに過ぎていく気がした。
それで素直にそう言ったのだが、ロルフは胸の辺りをぎゅっと押さえると、なんとも言えない顔で俯いてしまった。
「お前な……ほんと、不意打ちでそういう……」
「あれ、なんか失礼な言い方でした?」
「いや、そういうんじゃねえけど……」
首を傾げるも、手を振って濁されてしまった。
何故か、他の人には同じ事を言わないようにと念を押され、そもそもロルフとしか食事をしないと言ったらやはりなんとも言えぬ顔で俯かれた。
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「で、薬塗るから服脱げ」
「や、やっぱりですか……?」
食事処からあまり遠くない宿屋での会話である。
何しろ以前よりウーヴェが張り切っていたもので三葉は尻をぽんぽんとぶつけ続ける羽目になり、これは痣になっているだろうとは覚悟していたところである。しかし。
「あの、じ、自分で……」
「自分で塗ったら治りが悪かっただろう」
「……うぐぅ」
実際、三葉が自分で塗った腹の痣はそこだけ治りが悪かった。塗り方(もしくは人?)でこれほどの差が出るものかと驚愕したものである。
しかし何故バレているのか。
「脱がしてやろうか?」
「……う、じ、自分で脱ぎます……」
脱がされるのは恥ずかしいが、自分で脱ぐのも恥ずかしい。
顔を真っ赤にしながらもそもそとズボンを脱ぐと、なるほど、腿の後ろと尻が青と紫のまだら模様になってしまっている。
「あ、あんまり見ないでください……」
「見なきゃ薬が塗れないだろう」
「そ、それはそうですけど……」
最初の頃は下着を変えるのを渋っていた三葉だったが、いつまでもボクサーパンツ1枚を洗って着回すわけにもいかず、結局こちらの下着を買った。
しかしそれが腰を紐で止める紐パンツのようなものか腰タオルのようなものの二択で(正確にはつけない選択肢もあるので三択か)悩んだ末に固定感を優先して紐パンツを選んだ三葉なのだが、人に見られるとなるとこれは恥ずかしい。
……いや、しかし腰タオル式の下着だと薬を塗る際に捲られることになるわけなので、この方がマシだろうか。いや、でも。
余談だが、ボクサーパンツの形状を見た『リズスティンブールの工房』の店主・梟人のアーズラィルは目を輝かせ、似たような素材で似たようなものが作れないか努力してくれると約束してくれた。
身体の動きを妨げないまま防御力の上がった下着をこの世界で履けるようになる日も近いかもしれない。
「……っ、」
考え事をしている間に軟膏が太腿に塗られ、その冷たさにひくりと肩が跳ねた。
「っぁ、……」
自分でも魔法というものを使ったからだろうか。ロルフの指先に熱量のあるエネルギーが集中して、薬を通してそれが自分に流れ込んで来るのが分かった。
熱がじわじわと流れ込んで、身体の奥でパチパチと弾けて光になって消えていく。
「ん、ふ……」
もっと触れられたいと思わず太腿を差し出すような姿勢になって、そんな事をするのは流石にはしたないのではないかと気付いて慌てて腰を引いて逃げようとする。
「こら、逃げんな」
「ひゃっ」
シャツを着たままの背中にのしりと体重をかけられ、身動きが出来なくなる。
後ろにロルフの体温があると思うだけで背筋がゾワゾワとして、なんだかおかしくなってしまう。
「なんにも考えないでボーッとしてりゃ、すぐ終わるからよ」
「そ、そんな事を言われても……」
耳元であの低い声が聞こえる。温かく大きな手のひらが三葉の太腿を撫でている。その度にじわじわと温かいものが流れ込んできて、身体が蕩けそうになる。
けれど以前は平気だったその感覚が、悪いことのように感じるのは何故なのだろう。
全身の熱が上がって息が苦しい。
何も考えないでいたいわけでもない。
彼の掌の感触一つ一つを鮮明に覚えていたいと思う。
でもそれが、どうしてそんな事を思うのかが分からなくてモヤモヤとする。
触れられるたびにぼんやりとする頭では覚えていたくても覚えていられない事も嫌だった。
自分がそんな事を思っていることも嫌だった。
きっとそれは思ってはいけないことで、それなのに、自分ばかりが思っている。
「僕、これ、嫌です……嫌だ……」
枕をぎゅっと抱きしめたまま子供のようにすんすんと泣くと、優しい狼は薬を塗るのと反対の手で男の頭を撫でてくれる。
「そんなに泣くなよ……弱っちまう」
薬を塗り終えたのだろうか、大きな温かい身体が枕ごと三葉を抱きしめてくれる。
ぽんぽんとあやすように背中を撫でられ、三葉はやっと大きく息を吐けた。
涙でぐしょぐしょになった枕をぱっと取られてあっと思ったら、金色の顔が覗き込んできてニッと笑う。
「あはは、ガキみたいに顔真っ赤にして」
くっくっと喉を鳴らしながら眼鏡を外され目元を拭われ、また正面からぎゅっと抱きしめて頭を撫でられる。
分厚い胸板が顔に迫って少々呼吸が苦しかったが、息をするたびに大きな動物の背中に顔を埋めた時のようないい匂いがして心地よかった。
「……ん……」
ぎゅっと抱きしめられるのは心地が良くて、自分からも大きな背中に手を回した。
大きな体には全然腕が回らないけれど、なんとなく真似をするように背中をぺちぺちと叩いていたらくっくっくっと笑い声が聞こえてきた。
その低い振動が好きで、温かい身体が好きで、その感情が、涙が出るほど嫌いだった。
だからそっと蓋をして、大きな動物に埋もれて眠る夢を見るために目を閉じた。
「……おやすみ、タカノリ」
低く囁かれた途端、大きな動物は体格の良い男に変わってしまったけれど、三葉は気付かないフリをしてぎゅっと抱きついた。
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長くなっていたので2つに切りました。
内容は変更無いです




