イヴァン帝国ギルド
「そういえば、チラッとしか見えませんでしたが、あの熊、図鑑や討伐依頼には無かった魔獣ですね」
三葉のその言葉で、ロルフはもう一つ行くべき場所が増えた事を知って大きく唸った。
三葉が見た記憶が無い魔獣ということは突然変異か今まで倒されていなかった魔獣ということで、そんなものが出現した事実は国の所轄機関に報告しなければ国民の命に関わるのである。
「まあ、『あの熊』っつーか、『この熊』だけどな」
言いながら差し出される大きな骨つき肉に目を丸くする三葉である。
塩を振られ焚き火で焼いただけの肉は獣臭さもあったが、朝から空腹だった三葉はそれをペロリと平らげてしまった。
なんでも、冒険者達は倒した魔獣は牙や皮、魔石を剥いで換金し、肉は可能な限りその場で食べて一部を保存食にするのが一般的らしい。
何故かと言うと魔獣の肉は多くが美味や珍味で、しかし保存の関係上市場に出せないからだと言う。
「保存の関係上なら、この鞄に入れたら市場に出せるのでは?」
『夢見カバン』をパカリと開けながら言ってみると、ロルフは「あっ、それだ」みたいな顔をした。
「けど、良いのか?」
その鞄の先が三葉の夢に繋がっていると知っているからだろう、ロルフは少し遠慮がちだった。
しかし、
「任せてください、なんたって相棒ですからね!」
えへんと胸を張る三葉がそう言うと、ふにゃりと笑み崩れて二つ返事で任せてくれた。
そこで、捌いた肉を殺菌力のある『アイナメトウヒ』という大きな葉に包んで、ロルフが描いた魔法陣の上で凍結させてから鞄に入れることにした。
なんでもロルフは炎や氷を出すというような魔法(このような魔法を『放出系』と呼ぶらしい)はあまり得意ではないそうで、普段は身体能力を向上する補助系を多く駆使して戦っているらしい。
ちなみにジェイミーの得意とするのは弱体系、昨日三葉が使った解呪は回復系に属するそうだ。
と言っても、得意不得意はあっても全く習得できないというものは稀であるようだ。
三葉も練習次第では色々な魔法を使えるかも知れないと分かり、思わずやる気が出る。
また、熊の毛皮も嵩張るので鞄にしまって運ぼうという事になったが、そのあたりで『夢見カバン』の欠陥が明らかになった。
重たく嵩張るので三葉がカバンを開けロルフが荷物を詰めていたのだが。
「ぅあっ!?ひっ、」
なんの気無しに腕ごと鞄に突っ込んでしまった途端、ミツバが大きく身震いして真っ赤な顔でロルフを見た。
「えっ、なんだ、どうした」
「な、なんか……あっ、ダメです、抜いてください!」
真っ赤な顔で焦ったように首を振る三葉に慌てて距離を取るとすぐにカバンを締められてしまった。
「なっ、なんか……心臓の真ん中と言うか、頭の中をロルフに触られてるみたいな感覚がして……」
「……」
涙目で眉を下げる三葉の姿に、(おい!馬鹿猫ー!)と心の中で叫んだロルフである。
当然そんなものは当猫には届かないのだが。
「すまん、……えーと、荷物が入ることで違和感は無いのか?」
もしも問題があるなら鞄の使用は早急に中止しようと思ったのだが、胸の辺りに手を当てた三葉は少し考えてこくりと頷いた。
「えーと、意識を向けると荷物が入ってる感覚はありますが、それ以外は大丈夫みたいです……」
その後少し検証などを重ねて、三葉自身の手を鞄に入れる分には違和感は殆ど無いことが分かった。
自分で自分をくすぐってもあまりくすぐったくないのと同じ事でしょうかと三葉は首を傾げていた。
ロルフは鞄を渡す前に既に一度中に手を入れて荷物を取っているのだが、その時違和感が無かったかと聞くのははばかられた。
それで、この件は製作者の黒猫になんらかの対策を立ててもらうことにして、今は三葉以外が荷物の出し入れをしないということに決めた。
「じゃあ、残りは俺が渡すから……」
「僕が鞄に入れますね〜」
しかしやってみると、鞄に近付けただけでも三葉が念じると鞄に吸い込まれていくということが分かった。
「これは……一般化するには色々とまずいな」
何しろ悪人が使えばスリ・万引きがし放題であるし、本人が何もしなくても疑われるという事もある。
これもミャルガに改良を要求せねばならない点だろう。
「でも、これだけのものがポンと入ってしまうなんて、ミャルガさんの発明は凄いですね」
「元々言い出したのはあんたって聞いてるけど?」
「えっ、僕ですか?……いやっ、それはアレですよ。『あったら良いな〜』と適当に言っただけで、まさか本当にこんな凄いものが出てくるなんて思いませんでした」
ミツバとしてはその発想自体も日本の先人の空想なので功績として褒められても恐縮である。
ともかく便利な鞄で荷物を減らせた2人は、ウーヴェに乗って山道を駆けていった。
馬というと平坦な道は得意でも凸凹とした場所を走るのが得意でないというのが通説だが、ウーヴェは上手に木の根を避けて速度を落とさず山道を走破する。
「賢い子ですねぇ」
思わず声をかけると、そうだろうとばかりに首を振って速度が上がる。
急に後ろへ引っ張られる感触に慌てると、背中をロルフが支えてくれたので片手で彼の上着を掴んだ。
前回あまりに乗馬ができなかったので、今回はロルフの前に横乗りで乗せて貰っている。
所謂お姫様乗りとでも言えば良いのか。こちらの国でも子供や女性のする乗り方らしいのだが、ロルフに支えてもらいやすいという意味では安定感がある。
三葉も男として少々思うところが無いでもないが、今回は以前より長距離を走るという事なので男の意地を捨ててでも安全な乗り方をするべきだと判断した。
「今朝はやたら張り切ってんな」
そんなわけで、そう言いながらもロルフもウーヴェを無理にいなす事無く好きなように走らせてやっている。走る動きに合わせて三葉の身体を自然と跳ね上げるのだが、それもロルフが腕で支えてくれるので落ちる心配は無さそうである。
強いて言えばお尻は少々痛いけれど。
荷物が軽くてはしゃいでいるというのもありそうだが、昨日の失敗を取り返したいと思っているのではないかと三葉は密かに思っていた。
三葉を守りきれなかった事も、ロルフを攻撃してしまった事も、三葉以上にウーヴェは傷ついているのだろう。
それで落ち込まずにやる気を出している辺りが彼の男前なところだなあと思う。
「どうした?」
「え、あ、いえ。ウーヴェは男前だなあと思って」
なんだかにこにこと優しげにウーヴェを眺めるミツバを不思議に思って声をかけるとそんな返事が返ってくる。
いや、ウーヴェが男前なのは俺もよく分かっているのだけれど、それをミツバがしみじみと言うとなると俺の知らない間に何があったのかとか俺だって男前だろとかいう子供じみた感情が出てきてそわそわしてしまうロルフである。
「あ、町ですね。デカントよりもずっと大きい」
見えてきた外壁に、ミツバが声を上げる。
真っ白な街壁は日光を反射して光り、その向こうからはカンカンと規則正しい音がする。
「この音は?」
「歯車の音だ。イヴァン帝国は魔導機の国なんだ」
言いながらウーヴェを降り、門の前で冒険者登録票を見せる。
門番が手を上げるとガコンと大きな音がして、キリキリキリ……と歯車が回り鋸歯のような板が左右に分かれるように門が開いてゆく
「なるほど、魔導機の国ですか……」
複雑なギミックに三葉も思わず目が輝いてしまった。
「あんた、こういうの好きそうだよな」
「ええ、好きですねえ」
嬉しそうに言うその姿に思わず頬が緩む。
そして、そんなロルフを見て門番がなんとも言えぬ顔をしていた。
「……ええと、『金色狼』ロルフさん、帝国ギルドへご案内してもよろしいでしょうか」
「別に案内して貰わなくても分かる」
「いえ、あー、……ギルドマスターの方から、是非ともご案内するようにと……」
おずおずと声をかけられ断りかけたが、これは寄り道などせず速やかに出頭しろという事だろうか。
「……ロルフ、何かしたんですか?」
「熱烈に愛されてんのさ」
「わぁ、大変ですね……」
やや背伸びしてロルフの耳元で内緒話をするミツバに冗談を返したら、分かっているのかいないのか分からない返事が返ってきてしまった。
あまり変な冗談を言うのはやめようと思ったロルフだった。
しかし、三葉が見る限りそれはあながち冗談でもないようだった。
「やあロルフ、イヴァン帝国ギルドに所属する気になったか?」
「残念ながら」
「冗談だろう?あんたにならSSS級の椅子だって専属ギルド員だって用意してやるし討伐報酬だって割り増しにしてやるのに」
「そいつはどうも。結構だ」
それがギルドへ訪れて最初、出迎えた白髪の長髪と笑顔の眩しい御仁との会話だった。
訪れてすぐのことだったので、この派手な出迎えにギルド中の目が向いた。そしてロルフを認識して興味を無くしかけた視線が三葉の上に留まるのだ。居心地悪い事この上無い。
「その結構ってのは『nice』って意味かい?登録用紙をこちらに……」
「悪いが『その話はもう結構』って意味だ、アルヴァドス」
「nice、君に名前を呼ばれるとゾクゾクするよ」
「黙れ変態」
視線に気付いたロルフが三葉をマントの向こうへ匿おうとするが、当然それで隠れ果せるわけもなく。
「おや、そちらの可愛らしいお客さんは?君の恋人?」
「だっ、誰が恋人か!」
頬を染めてがなるロルフの様子にアルヴァドスはおや、と思う。彼の表情が変わるところなど久しく見ていなかったと言うのに。
一方、三葉とてここで『ロルフの相棒です!』などとのたまうほど頭はおめでたくない。しかし、ロルフの影に隠れて挨拶もできないほど子供でもなかった。
隠そうとしてくれるロルフに視線で微笑んで、一歩前へ出てゆっくりきっちりとした会釈をした。
ギルド内で習ったため、胸元に手を添える仕草もオマケでつけた。
三葉としては執事や貴族の真似事のようで気恥ずかしいが、それがこちらでの礼儀ならば否やは無い。
「アルテマ国デカント街のギルド員タク・ミツバです。今回は彼の補助として同行させて頂きました。どうぞよしなに」
イヴァン帝国ギルドの役職は知らないが、目の前の男はおそらく最上位職だろう。礼を欠くわけにはいかない。
しかし三葉は、サラリーマン時代のようにペコペコとしていたら甘く見られてロルフをイヴァンへ引き込まれてしまうと直感していた。彼を持っていかれるわけにはいかない。
アルヴァドスと呼ばれた白髪男はそのマツゲのばしばしとした目を二度三度瞬き、自分の部下と三葉、ついでにロルフをチラチラと確認した。
何故ならギルド員程度の身分には一般的に名字のある者はおらず、居ても名乗らない。それが名乗ると言うことは、相応の立場の者として彼に付いているという事になる。加えてきっちりとした礼と訛りの無いイヴァン帝国語(これは転移時補正と思われる現象で三葉に自覚は無いのだが)。
超一流の冒険者であるロルフを平然と補佐すると言い切る胆力。
これは並みのものでないと思うのも当然だった。
「……ガルドルフが、君を補佐に?」
「ええ。ガルドルフの名をご記憶いただいて光栄です」
完全にガルドルフを身内とするその口調に、その場の全員がソワッとなった。
三葉の感覚では上司だろうが社長だろうが同じ勤め先の人間を外部に話す時は謙るのが当然のわけだが、それはこちらには無い常識だった。
三葉のことを完全に、何か訳ありでギルド員などしているが、ガルドルフに連なる身分のある立場と認識したアルヴァドスである。
「……それで?こんな物々しいお供を連れて、何の用だい?」
彼の目の前でロルフの勧誘をすることは即座にガルドルフに喧嘩を売る行為に繋がると認識したアルヴァドスは、冗談半分押し切りたい気持ち半分で出させていた登録用紙を急いでしまわせた。
ロルフも三葉の変わり身(取引時の三葉の様子など知らないロルフからすればそう見える)に驚いてはいたが、そこは修羅場を潜り抜けた白金級冒険者である。すぐに切り替えて片手を広げた。
「その話をしたいところだが、ちょいと人目があり過ぎるな。ここも個室はあるだろう?座ってゆっくり話そうや」
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防音魔法をかけられた室内。広げられた赤い熊の毛皮と巨大なその頭に言葉を無くすアルヴァドスである。
「場所はエルガルド山脈中腹。地図から見て……この辺りです。咆哮はここからこの位置……およそ300トラルクの距離まで影響を与え、自らの位置へ誘引・自走させる能力があります。また、咆哮に影響を受けた者と受けていない者を敵対させる能力もあると思われます。体高は起立時に3〜4トラルク反応速度は『金色狼』のトップスピードの攻撃を不完全ながら回避するほど。潰し熊と行動を共にしていたこともあり、外見的特徴から潰し熊の派生個体と思われます」
つらつらとした説明は、ロルフの隣に座った三葉からのものだ。
ロルフは横で聞いていて内心で舌を巻いていた。
その熊との戦闘について多少は話したが、それを分析して言語化する能力があまりに高い。
これは、三葉のサラリーマンとして仕事をした時間にギルドでの経験が加算された結果なのだが、それでも彼ほどのやり込み気質でなければこれほどの能力は無かっただろう。
図鑑の詳細を覚えているからこそ、冒険者に必要な情報の項目がすぐに出てくるのだ。
「こんな化け物がすぐ近くの山に2頭も生息していたとはね……」
「まだいる可能性もある。早急な調査を勧めるためにわざわざギルドまで顔を出したんだ。S級以上の冒険者を呼び戻すんだな」
「君ほど有能な冒険者がそれほど居ないんだよ」
「10人も集まりゃ、俺1人分くらいにはなるだろ。集めろ」
哀れっぽくロルフに助力を乞うアルヴァドスににべもない返事を返すロルフ。
「調査して、実際に居たらまた討伐に来てやる」
しかし実際、ロルフの立ち位置とはそういうものなのだ。
所属するギルドでもない場所の、居るかも分からない魔獣を調査するのに彼のような冒険者を利用する間に、存在が確認されている魔獣を討伐させた方がよほど良い。
「何か分かればまた知らせてやる」
「しかし……300トラルク先から状態異常をおこす魔獣など、特定する前に全滅しかねないぞ……」
「少なくとも完全防御は有効だったぞ」
「そんなものまともに使える冒険者が何人いると思ってるんだ」
「知らねえよ。護符でもなんでも持ってけ」
「あれ高いんだよ……」
「それこそ知らねえ」
そんな調子で突っぱねて、ついでに毛皮を売らないかと言ってくるのを更に却下して、2人はイヴァン帝国ギルドを後にした。
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