夢の中なら許されても良いのにゃ※
「これがタクの腕輪と図鑑だ」
す
手渡されたものを肉球つきのふにゃんとした手に乗せ、ミャルガはそれらをじっと見つめた。
鼻を寄せてふんふんと匂いを嗅ぐと、どちらもほんのりと彼の匂いがする。
「……あんまり余計なことに使うなよ?俺はロルフに殴られたくねえ」
一歩ひいた位置からガルドルフに忠告を入れられて、ミャルガは「みゃっ!?」と声を上げて毛を逆立てた。
「にゃにゃにゃ、何に使うって言うにゃ!?ミャーはこれにタカニャリの痕跡が残ってるか確認しただけにゃ!使い込んだ物じゃにゃいと、夢の気配を辿れにゃいにゃ!」
「……いや、俺も、あんまり言いたかねぇんだけどよ……お前のやらかした事で、何度冒険者に泣きつかれたか……」
「みゃっ、ミャーは合意か正当防衛しか、した覚えが無いにゃっ」
「いや、お前……正当防衛……いや、うん、まあ」
壁際に背を預け腕を組みながらも、ガルドルフは何とも言えぬ顔で片眉を下げる。
「ガルドルフは失礼だにゃ!ミャーは紳士にゃ!タカニャリだって大好きにゃけど、無理強いにゃんかしにゃいにゃ!」
ぷりぷりと怒ったミャルガの尻尾が地面をベシベシと叩く。
ガルドルフはその様子に眉を下げて結んだ黒髪の隙間をガシガシ掻く。
ミャルガとタクの2人の場合、世間一般基準ではどう見ても合意にしか見えないけれどタクには全くその気が無かった、などという事態が起きそうで妙に心配になるのだ。
(いや、47歳にもなったら自己責任……いや、うーん……タクの世界に獣人は居なかったと聞くからな……距離感がおかしいのをタクの責任にしては可哀想な気も……、……うーむ……)
「そんにゃに無駄な心配ばっかりしてるとハゲるのにゃ」
「おいよせ、これでも気にしてんだぞ」
大きなオリーブグリーンの瞳にちろりと視線を送られ、渋い顔で自分の頭を撫で上げるガルドルフである。
話しながら、ミャルガはタクの加筆した図鑑をパラパラとめくっている。
遠目に見ても几帳面なカッチリとした文字がびっしりと書き加えられているのが分かる。
「ふぅん、腕輪は2、3回使ったら夢の気配を追えにゃくにゃりそうにゃけど、こっちの図鑑は何度でも追えそうだにゃ〜……」
「そんなに何度も追えるもんなのか……」
「これだけ思い入れが強そうにゃら、100年経っても想いが消える事は無いにゃ〜」
「……」
もし自分の日誌などが行方不明になった時は、甘く見る事なく必ず本気で探そうと心に決めたガルドルフだった。
「さて、それじゃ、ミャーはちょっとタカニャリの夢の中に入って様子を見てくるにゃ」
「……あ?まだ証書も無いのにか?」
「何言ってるにゃ。タカニャリの生存確認も大事な事にゃ。それにタカニャリ、きっとずっと心細いにゃ。慰めてあげなきゃダメにゃ」
「……そりゃ、ま、……そうか」
「それに、証書はまだでも一応話はしてきたにゃ?」
「ん、……おう、遅い時間なんで取り急ぎ軽く話しただけだけどな」
「それで良いにゃ。お偉い奴らには内容より何度足を運んだかが重要な場合が多いにゃ」
目を細めて皮肉っぽく笑うミャルガの姿に、ガルドルフはふと気付いて眉をひそめる。
「……その『お偉い奴ら』に、俺は入ってねぇだろうな?」
驚いたようにぱちっと瞬いた大きな目が、にまぁっと細くなった。
「にゃふ、にゃふふ、まさかギルド長様に、お偉い自覚があったとは思わなかったにゃ……いっつも止めても最前線に出てくる冒険者の鑑がにゃ……」
そう笑われると、ガルドルフとしても気恥ずかしい。
「……そういう意味じゃねえ。……お前らが俺を形ばっか偉ぶってる使えねぇ奴だと思ってなけりゃ、それで良い」
腕を組んだままぷいとそっぽを向くと、元々口元を押さえてくふくふと笑っていた猫が堪えきれないようにぶはっと吹き出した。
「にゃはぁ〜、何をそんな、可愛い事言ってるにゃぁ〜っ!?そんにゃだからギルド長に惚れ込む冒険者が後を絶たにゃいにゃ〜!?」
「うっ、うるせぇ!からかってんじゃねぇぞ!」
「いやいや、にゃふふ……、我ら冒険者一同、有事の際にはギルド長の忠実なる盾となり剣となりましょう……にゃ。」
気取った態度で黒いマントを翻し、胸に片手を当てもう片方は背中へ折り込み、猫の体でまるで騎士のようにキッチリと足を揃え腰を折った礼をする。
心無しか発音まで普段よりもしっかりしている。
そんな無駄な芸当覚えてんじゃねぇよ、というのがガルドルフの感想である。
「……ま、ミャーの場合は杖かにゃ?」
なお、言った後でペロッと軽く舌舐めずりしたところを見ると、やはり猫の口できっちりと発音するのは少々面倒くさいようである。
「〜♪〜♪♪」
今度は杖を取り出した黒猫が、鼻歌混じりに空中へ円を描く。
大きな円の中に絵画のように曲線と魔法文字が踊る。
既存の魔法術式を発動する方法でなく、一から魔法を構築する技術である。
鱗粉のような銀色の光が部屋全体に散って、ミャルガの周囲を取り巻いている。
荘厳な空気の中、ミャルガはマントの内側から取り出した試験管の緑の試薬に謎の粉を入れてグイッと飲み干す。
続いて杖をタクの腕輪にひと振り。
「じゃっ、ガルドルフ、ミャーは寝るから、あとはよろしくにゃ」
「っ!?はぁ!?そこで寝るのか!?」
「心配にゃら、ふかふかベッドに寝かしてくれても良いにゃよ」
にま、と目を細めてひらひらっと肉球つきの手を振ったミャルガに驚いていると、そのままくるんと床に丸まって寝てしまった。
銀の鱗粉はしゅるりと渦巻くように消え、後には眠る黒猫が1人。
「……仮眠室に置いてくるか」
床に放置するのを躊躇する程度には、ガルドルフは世話焼きだった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ぼすっ。
音をたてて白い地面に埋まったミャルガは、思わずぷるぷると全身身震いして周囲を見渡した。
「みゃっ、……これは……雪かにゃ?」
既に夢の中のはずのその場所は、何故かフワフワとした白いものが降り積もっていた。
「……んにゃ、タカニャリが寒いのかにゃ?……寂しいのかにゃ?」
もしや、現実の彼の周りに雪が降っているのだろうか。
あれこれ考えながら、雪を掻き分け時に身震いし、ミャルガはズンズンと夢の中を進んでいく。
「……にゃ、こっちのはずだにゃ」
すんすんと嗅ぐ空中に、僅かに彼の気配がある。
ぼすぼすと埋まる雪の中、二足歩行したり時折四足歩行したりしながらずいずい進む。
タカノリ。綺麗な目の愛しい人。会いたいな。早く会いたいな。
雪を蹴散らし進んでゆくと、向こうに銀色の大きな何かが見えた。
「タカニャリ!」
ぱっと叫んで駆け寄ると、そこに座っていた彼もこちらに気付いて振り向いた。
白髪混じりの柔らかそうな灰色髪が揺れる。変わった装飾具の向こうで、黒い目がぱちりと瞬いて細まる。
「……ああ、ミャルガさん?」
嬉しそうに微笑んで、彼は銀色のそれに手をかけた。
カシャン。
金属音が響く。
銀色のそれは、大きな鳥籠だった。
ミャルガの愛しくかわいい彼の周囲を、細く繊細ながらも強固な鳥籠が覆っていた。
「……これは、どうしたにゃ?」
「……さぁ、僕にも、どういうことやら分からなくて」
鳥籠の隙間から出ている彼の指に触れる。
夢の中だというのに、その手はひどく冷たかった。
「ここは、タカニャリの夢の中なのにゃ。……寝る前に、何か無かったかにゃ?」
か細げな指先を肉球でよしよしと撫でてやりながら尋ねると、黒い粒らな目がぱちぱちと瞬いた。
「……ああ、なるほど……あちらが現実で、こちらが夢ですか……」
少し不思議そうに首を傾げながらも、納得したように笑う。
「現実のタカニャリは、無事なのかにゃ?」
「……ううん、多分、閉じ込められてます」
「閉じ……込め……!?」
「はい。……僕がそう感じているから、こんな夢なんでしょうかね」
気軽な様子で興味深げに自分を囲う鳥籠を見上げる彼に、ミャルガはしおしおと膝をついた。
「……そんにゃ……」
「……ふふ、それでね、僕は沢山文句を言って、相手を沢山困らせて、それで、疲れたので横になって寝たんです。……だから夢の中なんですね」
「…………」
閉じ込められていると言うわりに、わりと行動が逞ましい。
驚きにまん丸な目になったミャルガは、ポカンとしたままタカノリを見上げた。
「それに、ご飯も沢山貰いました。図々しいでしょう?」
何が楽しいのやら、くすくす笑いながら彼は自分を指差して、ちょっと自慢げに目を細めるのだ。
鳥籠の隙間から、骨張った手が伸びる。それがミャルガの帽子の隙間に入ってもふりと額の辺りを撫でる。
「だからね、そんな顔しなくて大丈夫ですよ。ミャルガさん。……大丈夫。おじさんは、結構図太いんです」
さわさわと毛並みに触れる程度の強さの慰撫に、ミャルガの耳と尻尾がぴるぴるっと小刻みに震えた。
みゃ〜〜……、やっぱりかわいいなぁ〜……、強がってまで慰めてくれて、優しいなぁ〜……
思わず手がにぎにぎフミフミしてしまうミャルガである。
「ふふ、かわいいなぁ」
思っていた事を何故か言われて、耳を裏と表から挟むようにさわさわと揉まれる。
はわぁあ〜……そっ、それはダメだぁ……、好きになっちゃうなぁ〜……ダメなのになぁ〜……
ぐるるんぐるるん、ふみふみふみ……
「……」
「……はわっ」
蕩けた顔でタカノリの指を受け入れていたミャルガは、我に返って慌てて一歩後ろへ下がった。
タカノリの手が離れてしまう。しょぼんとするが、仕方がない。
「た、タカニャリ!こここ、こういうのは、恋人以外にはしちゃダメにゃ!」
恋人なら良いんだけどなあ、タカノリがミャルガの恋人になりたいと言ってくれないかなぁ、恋人なら頭ナデナデとかお腹モフモフとかしてくれても良いんだけどなぁ、ダメかなぁ……。
顔をくしくしと洗いながらちらりと見た、タカノリは、少しだけポカンとしていて、すぐにかーっと赤面した。
「……あっ、そうでした……、前にも言われたのに、つい……。……あの、すみません……お嫌でしたよね……」
「…………」
か〜わ〜い〜い〜……。
全然お嫌じゃないです〜……でもお嫌じゃないから恋人になって下さいって言えない……。好きな人には奥手なミャルガ……。
そっと視線を逸らしながらプルプル震えるミャルガである。
夢の中なんだから、ミャルガの暗示魔法なんか使ってちょちょいと魔法をかけてふわふわっとしたタカノリに「恋人になったら触っても良いんだよ?」とか言って「はい♡」とか言わせてしまっても良いんじゃないだろうか、夢の中なんだから。ダメかなぁ。
暗示魔法って言っても別に意に沿わない事を無理矢理やらせる魔法なんかじゃないんだよ。ちょっとふわふわっとして自分の欲求に素直になったりする、そんな魔法なんだよ。
だから、本当にタカノリが嫌なら「ミャルガの恋人にならない?」なんて聞いても「はい♡」なんてならないんだけど、タカノリ結構ミャルガの事好きでしょ?そうでしょ?「はい♡」ってなるでしょ多分。ダメかなぁ?やっぱり怒られるかなぁ?
暗示魔法、多分ダメなんだよなぁ。結構内緒でちょこちょこ使ってる魔法使い多いんだけどなぁ……。でも下手なことしてロルフとガルドルフとついでにジェイミーからとかも怒られたり責められたり現実でタカノリに面会禁止なんかになっても嫌だしなぁ……。
「……?……ミャルガさん?」
「……ミャーのこと、さん付けしないで呼んで欲しいにゃ……」
「……はい、ミャルガ」
ほらぁ〜、「はい♡」って言ってくれるタカノリ存在するでしょ、これ〜……、ミャルガの物になってくれないかなぁ、絶対大事に大事にするのになぁ〜。
檻の向こうからミャルガを見つめるタカノリが、こてんと小さく首を傾げる。
「ミャルガ、随分悩み事がありそうですね?」
「……ミャーは、……この檻が気に入らにゃいにゃ」
……なーんて。本当は、分かってる。タカノリを好きなやつは多分、皆分かってる。
タカノリは誰のものにもならない。
タカノリはミャルガもロルフも知らない、別の誰かの物だから。
でも、ミャルガの物にならないタカノリを閉じ込める、この檻は気に入らない。
杖を振るう。
銀の光が吹き荒れる。
『俺の大事なものに、触るな!!』
魔法の呪文とも言えない、怒りをぶつけただけの力の塊を呪文に乗せて銀色の檻に叩きつける。
檻の形をした何かは、ミャルガの力を浴びた途端粉々に砕けて散った。
「……タカニャリ、絶対、助けてやるからにゃ!ミャーじゃにゃくて、ロルフかもしれにゃいけど、絶対助けてやるからにゃ!現実の檻からも、すぐ!」
お前がミャルガの物になってくれなくても、それでもミャルガが絶対に助けてやるから。
ロルフも馬鹿だけどすごく強いしきっと頼りになる。だから、だから。
「タカニャリ、泣かにゃいで、タカニャリ」
「ミャルガ、……大丈夫、泣いてなんかないです。」
嘘だよ。だって、ずっと雪が降ってる。
ずっとずっと、寒くて怖くて、つらいんだろ。
檻に隔てられなくなったタカノリに、ギュッとくっつく。すごく冷たい。夢の中なのに。
「……ミャルガ……」
「……ほんとは、恋人じゃにゃいとダメにゃけど、夢の中だから特別にゃ」
「……」
「ミャーはタカニャリにぎゅーってされても嫌じゃにゃいから、特別にぎゅーってしてあげるにゃ」
「……恋人じゃなくても?」
上から降ってきた言葉に顔を上げると、くしゃくしゃの顔でタカノリが笑っていた。
ずるいなぁ……。最初から分かってて聞くなんて。
「……恋人じゃにゃくても、にゃ」
本当はちょっと意地悪を言いたくなったけど、尻尾をひと振りして我慢した。
ミャルガには彼を温めてあげる使命があるのだ。
「絶対大丈夫にゃ、怖くないにゃ」
「……はい」
「ロルフがにゃ、タカニャリのところに向かってるにゃ。ウーヴェに乗ったら、風よりも速いにゃ」
「はい」
「ガルドルフも、ミャーも、ジェイミーも、テッドも、アルトとミレイユも、皆タカニャリに帰ってきてもらう為に頑張ってるにゃ」
「はい」
タカノリの膝の上に両手を乗せて、胸の辺りに頭をぐいぐい押し付ける。ミャルガのあったかいのが、タカノリの中に行きますように。
タカノリの骨張った手がミャルガの背中を撫でて、頬をすり寄せるように抱きしめてきた。
それはまるで大人に縋る子供のようで、ミャルガはタカノリの頬っぺたに何度も頬擦りしてやった。
頬っぺたは、やっぱり少し、濡れていた。
「……ミャーがついてるにゃ」
「……はい」
「生きてにゃ……」
「はい」
「絶対、助けるから……」
「はい、……」
顔の装飾具を取ったタカノリは、袖でぐいっと目元を拭い鼻を大きく啜って、顔を上げてニッと歯を見せて笑った。
「……信じてます」
「……、」
「ミャルガと、ロルフと、皆を、信じてますから。……僕は、大丈夫です」
「……うん」
今度はミャルガが、それしか言えなかった。
「助けてくれるでしょう?」
「……うん」
「ちゃんと、生き延びます」
「うん」
「……来てくれてありがとう」
「……、うん」
ぎゅっとくっついたままそうして過ごして、暫くしたら、雪の合間に溶けるようにタカノリは消えてしまった。
目が覚めてしまったんだろうか……?
周囲を見渡すと、雪の降るその空間がザラザラと崩れていくところだった。
「……あっ、そうにゃ、固定空間を確認しにゃいとにゃ」
しばし茫然とタカノリの消えてしまった先を眺めていたミャルガだが、すぐにハッとして立ち上がった。
視線を走らせて、ミャルガの魔力で綺麗に緻密に編まれた結界の範囲をすぐ見つける。
それはタカノリの座っていた場所も含めた中央部分を囲っていた。
「ロルフはまだ、何も入れてないのかにゃ?」
既に回復薬だとか武器だとかを入れていてもおかしくないと思っていたけど、どうやらまだ一度も使ってないらしい。
タカノリの夢だと思って遠慮しているのかも知れない。そういうところが律儀な男だ。
「……ふむ、タカニャリが起きても間違いなく空間が固定されてるにゃ」
苦心した結界の出来に、誰にともなく胸を張る。
これは間違いなく、世紀の大発明だ。
「あ、そうだ、特許も出願しとかにゃいとにゃ」
くるんと上機嫌に一回転して、杖を振るう。
杖の先からキラキラと銀色の粒子が出て、空中にくるりと円。キラキラ、サラサラ、魔法文字と三角形。
『おはよう、世界』
そうして黒猫は夢の世界から消えていった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
後に『夢見カバン』と『魔法要塞』ミャルガの名は知らぬ者が居ないほど世界に名を轟かせるわけだが、それはまだ少し先の話。
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