金色狼と夢の防人
「どうなってんだ!!」
ーーバンッ、
怒声と共に、大きな音を立ててテーブルが叩かれる。
そこに溢れる怒りの感情に晒されて、タニアは大きく体を竦めた。
隣では、ジェシカが大きな耳をギュッと縮めて頭を抱え込んで泣いている。
「……叫ぶな。お前がそうして騒いでいては、聴けることも聴き出せん」
「てめぇは!!もっと言うことがあんだろう!!」
努めて低い声で宥めようとしたガルドルフの襟首を、ロルフの大きな手が掴む。
だが、ガルドルフもそれで怯む程度の胆力ではない。
グッと腕を掴み返して拮抗する。
ロルフからは赤い光、ガルドルフからは藍色の光が漏れ出し、干渉してバチリと跳ねる。
「ま、待つにゃぁ〜、そんなところでやり合ったら、ギルドが吹っ飛ぶにゃ〜」
「ロルフ…?……ミツバさんを助けたいなら、冷静にならなくちゃ……」
「帰ってきてもギルドが無くなってたら、タカニャリも困るにゃあ〜」
誰も近付けない2人のそばへ、膝丈程度の大きな黒猫とピッチリとした黒いドレスをまとった女性が近付いてゆく。
白銀級冒険者の、『魔法要塞』ミャルガと『夢の防人』ジェイミーだ。
2人の周囲には幾何学模様の魔法陣が浮かび、暴風のような魔力の奔流を干渉して無効化しているようだった。
「……ほらほら、……『ねんね』、…よ?」
「…あ?」
ジェイミーがロルフへ向けて手のひらを開くと、ロルフの周囲に鳥籠のように黒い魔法陣が編み上がった。
魔法文字と魔法模様が織り物のように織り上がり、黒い光が収束したと思いきやロルフの体がグラリとかしぐ。
「うおっ、……と、」
咄嗟にその体を受け止めたのは正面にいたガルドルフである。
太い腕の中でぐんなりとした金髪の男を、どうにか床へ座らせて受付の机へ寄りかからせる。
「……う、上手くいったにゃ〜……、ジェイミー、ナイスなのにゃ」
「んふ、上手くいったわね…普段なら、こんなに簡単にかからないんだけど……」
「頭に血がのぼり過ぎなのにゃ」
ジェイミーとミャルガが、ガルドルフの前まで歩いてくる。
高いピンヒールの靴で歩幅の広いジェイミーの横を歩くミャルガはちょこちょこと小走りだ。
「それで、どんな状況なのにゃ?」
「ミツバさんが居なくなったのは、聞いたけど……」
尋ねられたガルドルフは、ため息と共に大きく頭を掻く。
「タクは、地下の倉庫に魔石をしまいに行ってたらしい。そうだな?」
声をかけられたのはタニアである。
受付の後ろの壁に寄っていたタニアは、隣のジェシカを抱きしめながら大きく頷いた。
「そんで、ロルフが来ても戻って来ないんで、ジェシカが倉庫へ探しに行った」
視線を向けられ、まだ涙を浮かべ鼻をすすっているジェシカがこくこくと頷いた。
ジェシカは白い兎族の獣人である。
小さく愛らしい彼女が垂れ耳をさらに縮こまらせて泣いていると、ひどく罪悪感に苛まれる。
「わ、私……倉庫へ探しに行ったんだけど、倉庫は全部鍵が閉まってて……それで、受付の後ろに鍵を確認しに戻ってきたら、鍵があったから……タクは図書館に居るかもって言って……」
しかし、ロルフが図書館へ行ってもそこにミツバはおらず、違和感を覚えたジェシカとタニアは鍵を持って倉庫の中を確認しに行ったのだという。
「そ、そしたら、2番倉庫に、台車がそのまま置いてあって、腕輪……腕輪が、壊れて、床に落ちてて……」
その後どこを探しても、ミツバの姿は見えないという。
「密室怪事件にゃ?」
「腕輪って、やっぱりミツバさんのなの〜?」
「……俺がやった腕輪だ。間違いねえ」
顔を見合わせるミャルガとジェイミーにガルドルフが請け負う。
「ちょっと見せて欲しいにゃ〜」
「気に入った新人に装飾品贈るなんて、ギルド長もスミに置けないの……」
「スケベオヤジだにゃ」
「スケベオヤジなの……」
「ぅおいっ!人聞き悪い事言うなよ!?これは必要なもんだったんだよ!!」
全ギルド職員の前であらぬ嫌疑をかけられ、黒猫と女性にジロリと白い目を向けられて、ガルドルフは声を大にして弁解する。
2人の前に壊れた腕輪を出すと、2人ともがそれをジッと凝視する。
精霊の呼びかけを妨害する術式と物理的な加害を防御する術式が組み込まれた銀の腕輪。
そして切断でも腐食でもなく、内側から崩すように壊されたそれ。
極め付けに密室から失踪した持ち主。
魔道具や術に詳しい2人が事情を把握するのに、それほどの時間はかからなかった。
「……ミャーは、その倉庫が確認したいにゃ」
「……じゃあ、私はね、……そこのお兄さん。……お話聞きたいわ?」
ピョンと倉庫へ向かうミャルガの後ろでジェイミーが指さしたのは、壁際で真っ青になって黙りこくっている男だった。
その顔を見た途端タニアは納得する。
その男は、会議室からずっとタクに対して嫌味で高圧的な態度を取っていた男だった。
「……そ、そんな、ルキオがそんなことするはずない……!」
声を上げたのは、意外にもタニアに抱きしめられていたジェシカだった。
大きなビーズのような黒い瞳からポロポロ涙が溢れる。
「……お、俺は何も知らない!何もしてない!」
声をかけられたルキオも、必死に首を振る。
だがその顔色は明らかに悪い。
「良いのよ、知ってる事だけ教えてくれれば……ね?」
「……だ、だから、何も知らないってば……」
「こんなところじゃなんだから、お姉さんと2人で話しましょ……?」
「……ひっ、……頼む!本当に何も知らないんだよ!知らないんだ!」
にこりと笑ったジェイミーが、ルキオの二の腕を掴んで個室へと引っ張っていく。
ルキオは必死に抵抗するが、女だてらに白銀級冒険者。ジェイミーの手は振り解けない。
「……一応、全員分かることが無いか思い出してくれ。少しでも何か心当たりがあったら、知らせて欲しい。……まあ、俺も事情を聴かれる側になるんだが……」
ひとつため息をついたガルドルフが、ギルド職員を見回す。
到着した街の警備隊とギルドの上位冒険者との混成隊によって、ギルド職員に対する事情聴取とタク・ミツバの捜索が始まった。
なお、ロルフはというと、ガルドルフによって雁字搦めに縛られて受付内の床へ転がされていた。
『危険物のため・取り扱い時ジェイミー同伴のこと』
ギルド職員達は、貼られた紙に笑って良いのか慄いて良いのか分からなかった。
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