愛はどちらを向いているか
「さて、どうしましょう……」
飴を口の中でコロコロ転がして、三葉は大きく首を傾げた。
閉まったドアはガチャリとも動かない。倉庫の天井には換気口が一つ。
他には何も無し。
「映画なんかだと、換気口を開けて外へ出る話もよく見ますけど……」
ゾンビや殺人鬼に追われているのでもない現状、腰痛持ちの体で天井の換気口に潜り込むのはハイリスク・ローリターンである。
「換気の仕組みが元の世界と同じとも限らないしな」
途中が魔法陣で塞がっていたりしたら天井裏で行き止まりである。体が引っかかって出られなくなる可能性もある。
「う〜ん、……誰かいませんかー!」
他にできることもなく、入り口を叩いて声を上げる。
声は腰に響いて全身が痛むが、相変わらずドアの外に人の気配はしない。
「……はぁ、どうしよう……都合よく『精霊術』とか、使えるようになりませんかね……」
左手に嵌ったままの腕輪を回して眺める。
例えばこれを外したら、『精霊』が三葉を見つけて助け出してくれたりしないだろうか。
「……望み薄ですし、これも換気口を通る以上に未知の方法ですよね……」
ロルフは彼らの力を必要な時だけ借りることもできるそうだが、三葉は愛され過ぎているからそれができないらしい。
(『精霊』に愛されるって、どんなものなんでしょう……)
この世界へ落ちてきた時の暗闇と重い水。
ひどい恐怖と拘束感。
しかし、それが『愛』だと言われると、『精霊』というものはどれほど悲しいものだろうかと想いを馳せてしまう。
(愛する者を抱きしめたら壊してしまうなんて……まるで僕みたいだ)
奇妙に捻れた共感を覚えてため息をついていると、視界の隅で青い光が溢れた。
「えっ、」
つけたままの腕輪にビシリと亀裂が入り、その隙間から青い光が立ち昇る。
倉庫中の魔石が突如光を増し、その光が溢れ、水のように倉庫の床を埋め尽くしていく。
(これはーー……)
待て、この光の源をガルドルフはなんと呼んでいたっけ。
(『精霊力』……もし、この光のひとつひとつに『精霊』が宿るとしたら……)
青い光の本流が、何かを探すように床を這う。
呼応するように、腕輪のヒビが広がる。
三葉は倉庫の隅で息を殺して胸を大きくあえがせた。
おそらく、この光に見つかってはいけない。
そのための腕輪が、大きくひび割れて光を溢す。
(ロルフ、ロルフ、ロルフ、来てくれ、ダメだ。これはダメだ……)
この光に捉われてはいけない。応えてはいけない。この光に愛されてはーー……
……ーータックン、……ドコ……?
聞き覚えのある柔らかい声が脳裏に響いて、三葉はひゅっと喉が鳴る音を聞いた。
「…………愛美……?」
溢れた声は無意識だった。
頭の芯が白く痺れる。
ガシャリと、何かの割れる振動が左腕に伝わる。
……ーーミツケタ……
真っ青な光の満ちた世界が白く染まって、足元が割れるようにして大きな黒い亀裂が入った。
そうして三葉孝則は姿を消した。
倉庫に残ったのは、割れた腕輪と飴の包み紙が一枚。




