その几帳面さは魔法の域
三葉がギルドで鑑定の仕事を始めて数日。
ロルフは、これまでにこんなに活動をした事はないと思うほど日中の活動時間が増えた。
もっとも、旅などしていれば警戒のため丸何日も寝られないこともあるのだから、あくまで体感の話ではあるのだが。
まず、サキの刻に朝食に起こされる。
それが既にロルフにとっては驚きの早さなのだが、三葉は更に2時間前には起きて文字の勉強やら『眼』の開閉の練習やらをしているらしい。
これが最早ロルフには信じられない。
しかし、そんな(ロルフの感覚では)早朝にも関わらずすんなりと起きられるのは、三葉の起こし方が穏やかだからだろう。
起こす頃になるとロルフの頬を触ったり肩を揺すったりとしてロルフが目を開けるのを根気強く待ち、目が合うとにこりと笑って「おはようございます、起きました?」とやってくるのである。
それだけでかなりかわいい。
目も覚めるというものだ。
しかしロルフも馴れると起床時間の延長を試みたりもした。
目が合ったものの、そのままスーッと何事も無かったかのように目を閉じて寝直してしまったり。
しかしそうすると、今度はクスクスと笑いながら叱られる。
「こら、今起きましたよね。ロルフ?君が実は寝覚めが良いことはバレてるんですよ?」
ちょっと面白くなってそのまま寝たフリをしていたら、両手で思いきり脇腹をくすぐられて思わず飛び起きた。
「ふっふっふ、屈強なロルフくんも、くすぐりには勝てませんでしたか。良いことを知りました」
ロルフの上に跨がって、悪戯顔でそんな事を言い出す。
「お前……、他のやつにそれ、やるなよ?」
「こんな事をやる機会がそうそうあると思います?ロルフだってお寝坊しなければやりませんから」
「……」
そう言われるとそれはそれで、なんだか惜しいような……。くすぐられたいわけではないのだが、ロルフをくすぐって笑うミツバは見たい。
そして2人で『猫の目屋』の一階の食堂で朝食を摂る。
ロルフと主人のセルゼルは毎日共謀して、ミツバの腹に美味いものを詰め込む。
場合によっては初日に顔を出したジェイミーとミャルガが連れ立って来て、朝食を共にする場合もある。
その場合はミツバがうっかりミャルガの頭や顎先を撫でまわさないようにロルフが見張っていないといけなくなる。
危険だと何度言っても危機感の無い男である。
そんな朝食を何度か繰り返して、
「僕のお腹がいっぱいになった頃になって美味しそうな匂いのするデザートを出してくるのはやめてください!」
と叱られたが、相当甘党ならしい三葉は結局毎朝くるしいくるしいと言いながらも出されたデザートを口へ運ぶのだった。
「出された食べ物を残すのも、もったいないじゃないですか。……ずるいですよ、先に作ってきちゃうんだから」
ロルフからすればまだ食が細く見えるが、心配するほどコケていた頬が徐々に丸みを帯びてきたので、栄養は足りているのだろう。
「……僕みたいな歳になったら、油断するとすぐにお腹が出るんですから、あんまり食べさせないでください」
唇を尖らせて言うわりにさして腹が出ないのは、毎朝毎晩ギルドまでせっせと歩いているからだろうか。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
夜になると、三葉がギルドの図書館から借りてきた図鑑や辞書をロルフが読み上げてやる。
それを聞いて三葉はそれを自分なりの字で紙に翻訳するのだ。
そのためにロルフはここ数日、日帰りで終わらせられる依頼しか受けなくなった。
ガルドルフに一度文句を言われたが、三葉の補助が優先だと言い切ったら、納得したのか何も言わなくなった。
「それがあんたの国の文字か?」
「ええと、こっちは僕の国の漢字とひらがなで、こっちは別の国のローマ字ですね」
「……ふうん?」
「この国の意味を持つ文字は漢字に近いんですが、音を表す文字はローマ字表記の方が対応させやすいようなので」
「……ふうん、似てるんなら、俺もあんたの国の文字を覚えてみようかな」
細々と几帳面な文字の書き込まれた紙をめくりながら、そんな話をした。
「もしロルフが僕の国へ来る事があったら、国中を案内しますよ」
「そりゃあ楽しみだ。……どんなものがあるんだ?」
「うーん、新しいものから古いものまで、どこもかしこも面白いものだらけだと思いますよ」
「……本当にか?」
「本当にです」
国へ行くどころか、三葉がそこへ帰れるかも分からない。それを知りながら、2人して確実な未来のような口ぶりで三葉の国を旅する計画を立てた。
銀色に光る高い建物の話、馬車よりも馬よりも速い乗り物の話、ずっと古くから遺されているのに、現代の技術で再現できない建物の話。美しい山や草花の話。
ロルフにはそちらの世界こそファンタジーだったが、その風景に立つ三葉を見たかった。
それで夜も遅くなると、今度はロルフが三葉を寝かしつける側になる。
まだやりたい事があるだのなんだの言う男の服をひっぺがして寝台へ放り込んで、初日のように肩や背中を揉んでやる。
最初のように痛みを訴えることはなかったので薬などいらなかったが、それでも相当凝っているようで、上から揉み解してやるとすぐにクタクタになって眠ってしまう。
「はぁ……、どうして、そんなに……上手なんです……?」
「知らねえよ。あんたの事見てるからじゃねえの?」
「……ふふ、僕、そんなに分かりやすいですか?」
「まあ夜は素直だな」
「ん、ふふ……言い方が、いやらしい……」
「……、」
無防備にふわふわとなった三葉は毎度ロルフをそわそわさせたが、ロルフは努めて平静を装った。
三葉が変わらずふわふわとしているところを見ると、今のところそれは上手くいっているようだった。
そんなことが習慣になって数日して、
「……あの、……今日も、シて、くれます……?」
そんな事を服の裾など掴んでモジつきながら言われた時はさすがに頭がどうにかなるかなと思ったが。
とりあえずロルフは発狂してもいないし、三葉に襲い掛かってもいない。とりあえず。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
なお、数日すれば部屋が空くと言っていた言葉どおり主人に部屋の空きを知らされたが、三葉を目覚ましとして活用しつつ夜は寝かしつける義務を感じているロルフはこれを断って、一部屋分の宿泊費を支払った上で部屋に三葉を置いていた。
部屋が埋まらず宿泊費の入るセルゼルは何も文句を言わなかったものの三葉は恐縮して部屋を移ると言ったが、『精霊の愛し子』は突然精霊に拐われるかも知れないだの、悪いやつが力を利用しに来るかも知れないだのと大袈裟にまくし立てて同室を了承させた。
「……この国、人権とか治安とか……どうなってるんですか……?」
三葉が青い顔で不安がっていたが、それについては黙殺した。
それどころか不安がる三葉を慰めるフリをして抱き締めて寝た。
作為的役得である。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
そんな生活をしながら、三葉は3日で倉庫の整理を終えた。
当初不安に思っていた『眼』の開閉もさほど大きな苦労はせず、練習を重ねていくと全体を普通に見つつ望んだ場所だけ精霊の力を感知するような見方もできるようになったため、一々大きな箱を倉庫から運び出す必要も無くなって作業効率が大幅に上がった。
そして『眼』さえ自由に使えれば、作業内容としてはいわゆる『倉庫軽作業』に分類される仕事である。見て分ける。単純作業のくりかえし。
青く光る石の分類も、最初にガルドルフとロルフの前で分けたものを参考にすればさほど迷いもしなかった。
(この石は最上等級……おや、光り方は最上等ですが、少しキズが入ってますね……魔石は魔道具などを作る際に使うと聞いたけれど、キズがある場合はやはり影響があるのかな?……僕には判断ができないから、後でガルドルフさんにお見せしよう)
作業の合間にそんな事に気を回す余裕がある程度には、簡単な仕事だった。
それどころか倉庫内の埃を掃き棚を拭き、魔石の等級ごとに紙ラベルを書いて棚に貼る徹底ぶりで倉庫を整理した三葉は、
「すまん、他の倉庫は鑑定はしなくても良いんだが、同じように整理してやってくれないか!?報酬は倉庫1つにつき金貨4枚でどうだ!」
ガルドルフに頭を下げられ、その後実働7日で残り4つの倉庫を整理した。
(7日で金貨16枚……お掃除だけで、こんなにもらって大丈夫なんでしょうか……)
ちなみに、5日連続で朝9時から夜8時まで働いたら働き過ぎだとガルドルフとロルフの両面から叱られ、強制的に2日連休を取らされ、今後6時間以上ギルド内で仕事をしていたら追い出すとまで言われた。
待遇がホワイト過ぎて逆に不安になる。
なお、1日の勤務時間が短くなったにもかかわらずそれまでと同じ日数同じ完成度で最後の倉庫を整理した三葉を見て、ガルドルフの方が不安で震えたという。
「……なあ、あいつ本当に魔法は使えないんだよな?」
彼がロルフにそんな事を訊ねていたことを、三葉は知らなかった。




