異世界基準では万年腰痛は面白病です
「まあ、百聞は一見にしかずだ」
案内された地下倉庫の扉を開けた途端、あまりの眩しさに三葉は目を覆った。
何しろ倉庫内のあらゆる物が青色に光っていたのだ。
「……おっと、そんなに眩しいのか?」
焦ったようなガルドルフの声が聞こえて、三葉の手の上から更に誰かの大きな手が被さってきたのが分かった。
「あんたの『眼』は2つある。左右の話じゃない。内側と、外側だ。内側の『眼』を閉じて、外側を開けろ」
耳元で低く囁かれて、それがロルフの声だと気付くのにしばらくかかった。
「……う、内側……?」
「そうだ」
内側を閉じて、外側を開ける。
何度か頭の中で念じてみるが、上手く理解が及ばない。
すると三葉の顔を覆っている手とは反対の手が三葉の胸の真ん中をトントンと叩いた。
「ここに、『眼』があるだろう」
そんなところに目は無いのでは、と頭のどこかが思ったが、同時に別のどこかで納得もした。
どうりで、目を塞いでいるのに眩しいのだ。
(胸にある、内側の『眼』を閉じる……)
すると、ロルフの指先の触れている場所を中心に、フッと光度が下がった気がした。
「……」
ゆっくりと手をどけて目を開けると、そこはもう、薄暗い倉庫だった。
薄暗い中で、近くに見慣れた金色がいる。
「……ありがとうございます」
「礼にはまだ早えな」
言われて辺りを見ると、少し離れた場所でガルドルフがなんとも言えない顔で立っていた。その手には倉庫の中にあったらしい石の入った箱が一つ。
「『眼』を使って仕事に来たんだから、このままじゃ見えねえよな」
「……た、確かに」
『眼』を閉じろと言ってきたのはロルフなのに、横で悪戯っぽく歯を見せて笑っている。
「とりあえず、その一箱見るか?」
ロルフに声をかけられて、ガルドルフはうむ、と頷いた。
「これは最近仕分けられた高品質の魔石なんだがな、最近人手が足りなくて、新人に頼んだんだ」
「つまり仕分けに不安がある?」
「ま、そういうこった」
その一箱分だけを外に運び出し、ガルドルフは一度倉庫の扉を閉めた。このまま三葉が『眼』を開けたら結局眩しくて目が眩むからである。
「で、『精霊の眼』ってのはそんなにポンポンと開け閉めできるもんなのかよ?」
「そりゃあ、訓練次第だな」
そんな2人の会話に、三葉は1人内心で焦る。仕事をしようとしてここまできて、『眼』が開けられませんでした、などということになったら肩透かしも良いところである。
しかしロルフは平気な顔で三葉の背中をぽんぽんと叩き、赤い石の入った箱を指差す。
「じゃあ、ゆっくり『眼』を開けてみな。……できれば薄目で見た方が良い」
「……う、薄目とかできるんですか……?」
「そりゃあできるさ」
けろりと言うロルフに半信半疑ながら、さっきの手順を逆に辿って『眼』を開けようとする。
(ええと……内側の『眼』を、ゆっくり……)
じわり、と石の光量が増える。
確かにそれは、よく見ようと目をこらすと明るさを増すように思う。
「……み、見えてる、と思います……」
「釣られて外側の目も薄目になってんぞ」
「む、難しいんですから茶化さないでください……!」
それから三葉は、ロルフとガルドルフの前でその箱の中の魔石を右から左へと移動させる作業をした。
つまり、問題なく青い物はそのまま隣の箱へ、赤や黄色の物は別の箱へ移すということである。
更に三葉は同じ青色でも等級を分けられるので、『精霊鏡』片手のガルドルフ指示のもとこれを3段階に分けた。
結果、既に仕分けされた筈の箱にもかかわらず、一割近く等級の低い石が混ざっていることが分かった。
これはガルドルフの確認もあって、間違いの無い事である。
「……という有様でな。こうして倉庫の整理や、慣れたら窓口で魔石や素材の受け取りなんかをして貰えると助かるんだがね」
「なるほど……」
しかし、言いながらもそわそわと落ち着かない三葉である。
今現在、この力を使いこなせているとは言い難い。けれどまさか保護者同伴などと言えるわけもなく。
(人手が足りないというなら、研修も望み薄ですし……)
さっきのように上手く『眼』が閉じられないで、1人眩し過ぎる倉庫で右往左往したり、逆に『眼』が開けられないで鑑定が行えなかったりしたらどうしようと思うのである。
ましてや素材の見分けなど、とても自信が無い。
だが、雇い主相手にそんな不安を表に出すようでは、仕事など見つからないだろう。
多少の不安など熱意と胆力で乗り越えていた若い頃の自分が羨ましい。
それでも「やります」と答えかけた三葉の腰の辺りを、太い腕がグイと引き戻してそのまま囲い込む。
「おい、仕事の内容も報酬も詳しいこと説明しないで決めさせようなんざ、ろくでもねえな」
「!?」
ぎゅっと両腕で抱え込んで、俺の了承無しにはミツバはここで働かせないと言わんばかりである。
「……仕事内容は、今説明しただろうがよ」
「仕事量、拘束時間、何もかも不明瞭だろ。それで本当に依頼と報酬を受け持つギルドの長かよ?上の依頼受付に座ってる奴らに依頼持ってって跳ねつけられちまえ」
「うっ……」
そのいかにも過保護な様子にやや呆れたガルドルフだが、所属する組織として仕事がいい加減だと言われると胸に刺さるものがある。
「ちょっと待てよ、俺だってそんなにハッキリ決めてなかったんだよ……あー、今目の前でやってもらって、1エルタル程度だったろ。『眼』が使えれば多少分からんことがあっても2エルタルで1箱くらいはできるだろ。……で、今倉庫にあるのは……3の、4の……えー、……?」
「大体今の倉庫内だけで40〜50箱ありましたが、倉庫はここだけですか?」
「うん、そんなもんか?……倉庫は5つあるが、最近仕分けた魔石はここの倉庫だけだ。……で、1日に冒険者が持ち帰ってくる魔石の数は……クズみてえなの入れればかなり多いが、この倉庫に入れるようなのは1日1箱あれば多い方だ」
(とすると、8時間労働で1日15箱くらい整理して、慣れたら1日20〜30箱……3日くらいで倉庫を整理して、あとは受付で鑑定のお手伝いですかね……3日もあれば『眼』の使い方も覚えますよね、きっと……)
「じゃあまあ、好きな時に来て1日5箱程度目安に仕分けてもらって、銀貨50枚。一箱仕分けごとに銀貨10枚追加かな」
「えっ、」
「ん、少ないか?……受付業務をするようになったら流石にもう少し増えるぞ」
「あ、そうなんですね。なるほど。研修期間ですね」
「おう、悪いが10日くらいは研修のつもりでいてくれ」
三葉は知らない。ガルドルフの言った「少ない」が給金の話であることを。研修期間の10日は、ガルドルフが想定する倉庫内整理が完了するまでの期間であることを。
そしてガルドルフは知らない。ミツバの思った「少ない」が作業量のことであり、最低作業量は5箱と低めに見積もってくれているが、3日で倉庫作業を終えて受付業務でまた1週間程度研修するんだなと思っていることを。
「それから、ギルドの二階には図書館がある。文字に関する本や素材の図鑑なんかもあるから、好きに使ってくれ。本の貸し出しもしてるぜ」
「ああ、助かります。ありがとうございます」
そうして保護者介入のもと、わずかな齟齬を残しながらも双方笑顔で雇用関係を結ぶこととなったのだった。
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その晩。
「……お前、まだ寝ねえの?」
「もう少しだけ、文字の書き取り練習をしようかと……」
「そんなの明日でもできるだろうが」
「でも、明日は仕事ですし……」
「仕事行くんなら、尚更早く寝ろよ」
「で、でも……」
「でもでもうるせぇ!そんな事やってっから万年腰痛なんて面白病にかかるんだ!」
「お、おもしろ病……」
半ギレのロルフによって無理矢理寝床へ連れ込まれる三葉の姿があった。
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