ロルフさんの脳みそは限界です
書類はすぐに書き終わってしまって、ドッグタグを印字するには少しかかると言われたものの、受付業務を邪魔するのも悪いと思って周囲を見回していると、受付のお姉さんに受付横の壁際を指し示された。
確かにそこならば邪魔にならなさそうだし、ロルフが戻ってきてもすぐに気付くだろうと思って壁際へ立つことにした。
ギルドの中は最初に見た通り大衆酒場のような様相で、あちこちのテーブルで冒険者らしき人々が食事をし酒を飲んでいる。
普通の酒場と違うのは、その冒険者達の多くがテーブルの中心で地図や依頼書を広げてあれこれ相談していることや、その依頼書らしきものが貼られた掲示板が壁際にズラリと並んでいることだろうか。
(……お、なんだか、図鑑みたいなものが置いてありますね……?)
三葉の立つ壁際の棚に、貸出用なのか参考用なのか、道具についてまとめたものや地図と一緒に、不思議な生き物が書かれた冊子が見えた。
文字の読めない三葉にも、唯一読める冊子である。
(……これは……鳥?……ペリカンに似てますが、これが人と比較した大きさだとするとかなり大きいですね……)
他にも獣や竜のようなものの特徴が細かく描かれているようだ。
文字は読めなくとも、絵と図だけで充分に読める。
(子供の頃、恐竜図鑑を夢中になって読んでいた時の気持ちが蘇りますね……)
思わずそわそわする三葉である。
「あっ、ロルフさぁん」
夢中でページをめくっていた三葉は、受付のお姉さんの少ししなを作ったような声にハッとなって顔を上げた。
彼女の視線を追うと、見慣れた金色が向こうから近付いて来るのが見える。
そして、そのすぐ隣にロルフと同じくらいの背丈の、しかし比べ物にならないほど強面な男がいる事にもすぐ気付いた。
(こっ、……この人は顔まで熊のような方ですね……?)
大きなキズのある顔と濃い顎ひげに、思わずぴゃっと姿勢を正す三葉である。
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一方ロルフはと言うと、見つけたミツバが熱心に魔獣図鑑を眺めている姿に、思わず胸を押さえていた。
完全に少年の顔である。おっさんなのに。
(なんでそんなとこでそんな無防備な顔してんだ、あんたは……)
酒場で飲みながら話している冒険者達がチラチラとミツバの方を見ているのも気に入らない。
物珍しいのか知らないが、頬を紅潮させたおっさんを肴に酒を楽しんでいるようにしか思えない。
なんてやつらだ。そのおっさんはお前らのもんじゃねえぞ。俺のもんでもねえけど。
「……ロルフお前、さっきの『誓約』の痛みが残ってるのか?」
ガルドルフが横から心配そうに訊ねてきた。
「……いや、なんでもない……」
頬を紅潮させたオッサンがかわいく見える自分の脳に問題があるのだということが分かる程度の判断力は、ロルフにはまだ残っていた。
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「タカノリ、身分証できたわよ」
「ああ、ありがとうございます」
受付の中から手が伸びて身分証のドッグタグをミツバに渡すのが見えた。
(……?)
ロルフは違和感に首を傾げる。
「名前、本当に『タク』で良いの?」
「どうも読みにくいようなので、分かりやすい方が良いかと思いまして」
「ふうん?良いけど」
話す2人にガルドルフが近づく。
「やあ、ミスター……タカノリ?俺はギルド長のガルドルフだ。仕事を探してると聞いたんだが、合っているかな?」
にこやかに手を差し出すガルドルフに、受付嬢ーータニアが口を挟む。
「ギルド長、タカノリのファミリーネームはミツバだって。あと、名前が読みにくいから、登録証の名前もタカノリじゃなくて『タク』にしちゃった」
「……ふうん?」
どういうことだ?という顔でロルフを見るガルドルフだが、どういうことだ?という気持ちなのはロルフの方である。
ずっとミツバがファーストネームだと思っていたロルフである。
出来上がった身分証を見ると『タク・ミツバ』と表記がある。
おい、初耳だぞ……。お前、最初の自己紹介で『ミツバ・タカノリ』って名乗っただろうがよ……。
しかし今の今まで名前を間違えていたなどというのはあまりに格好が悪いので、ロルフはとにかく無表情を心がけた。
心を無にしてミツバとガルドルフの自己紹介を聞いていた。
いや、ミツバじゃないのか、タカノリ……タク……?いやいや、急に呼び名を変えるのもおかしかないか?
表情はピクリとも動かさずに1人悩んでいたロルフだったが、くいと袖を引かれて視線をやると、悩みの原因が少し不思議そうにこちらを見上げていた。
「……あー、いや、通称を『タク』にするなら、俺もそう呼んだ方が良いのかと思ってよ」
よし、この言い方なら名前を間違えていたことは白状せずに呼び名の移行ができるな。
と、思ったのだが。
しぱしぱ、と軽く瞬きをしたミツバは、ふふっと小さく笑い、少しだけ眉を下げた。
「いつも通りで、良いですよ。どちらも僕の名前です」
そんな事言われたら、今まで通り呼ぶしかない。
ロルフの感覚では名前を呼ぶというのは親密度の現れだと思うわけなのだが、そういう意識は無いのだろうか。
もしかして俺だけ他のヤツより心の距離が空いている?
表情は動かさないようにしていたつもりだったのだが、ミツバは何か勘付いたのだろうか。あるいは、表情が動かないことに違和感があったのか。
「ロルフに呼ばれるの、僕、好きですよ?」
ふわりと目を細めて付け加えてくる。
は……?天使かよ……。かわいい……。
しかも好きとか言われてしまった。
好きとはつまり好きという事である。
「おいロルフ、どうした」
「ぐっ、……なんでもねえよ……」
斜め後ろからガルドルフの鋭い肘が入った。
内臓が抉れるほど痛かったが、それで目が覚めたので一応心の中で礼を言っておく。
今俺、どんな顔をしていたんだろうか。一瞬自我が飛んだ気がする。
「はぁあ!?イチャついてんじゃないわよ!馬鹿ぁ!」
「えっ、あっ、すみません、今の好きというのはそういう意味ではなくて……」
何故か突然キレて受付内から未使用のドッグタグをバラバラと投げつけてくるタニアと、慌てたように弁解するミツバ。
あ、はい、そういう意味ではないですよね。知ってた。
というか、このやり取りはなんなんだ。まさか俺が席を外したわずかな間に付き合うことになったとか言わねえよな、お前ら??
「うん、なんだ、よく分からんが話の収集がつかねえから、席変えような!タニアはちゃんと仕事しろな!」
無駄に目立ってるしな!というガルドルフの言葉に周囲を見ると、確かに殆どの冒険者がこちらを注視している状況である。
俺とミツバは床に散らばったドッグタグを拾い、ガルドルフに連れられて個室へ移動する事にした。
なお、何故かミツバが拾ったドッグタグを全て俺に渡すので、俺が受付まで足を運んで渡したら、タニアは両手を出したまま急に静かになった。
なんなんだ。
限界ですね。がんばれロルフ、負けるなロルフ、明日はどっちだ。




