人知れぬ攻防戦
三葉と分かれたロルフは、三階奥、ギルド長室のドアを叩いた。
「開いてる」
中からの声にドアを開けると、顎を覆う髭づらで、左眼には額から頬まで裂ける古傷、それを覆う眼帯。
どこを取っても強面の男が、身体のわりに小さく見える机に向かって書類仕事をしていた。
その頭の後ろで結ばれた黒い髪の毛は、結び紐から方々へ跳ね上がるほど剛毛だ。
三葉が見れば間違いなく熊のようだと評するだろうその男の名はガルドルフ。このギルドの長だった。
ロルフがドアを閉め、そのまま後ろ手で鍵をかけると、ギルド長の眉がぴくりと上がり、書きかけの書類を置いてペンを戻した。
一拍置いて、部屋全体に藍色の魔法文字が浮かんで消える。防音魔法である。
その察しの良さにロルフは思わず口角を上げる。
「どうした」
「新しい『精霊の眼』を見つけた」
ギルド長に顎をしゃくり促されたロルフが短く返すと、またもや眉を動かしたギルド長が、長いため息と共に顔の前で手を組んだ。
「……お前が俺に嘘をつくとは思えねえが……確証はあるのか?」
「『精霊の棲家』で、『湖の水をかけただけで剣が青白く光った』と言った。……もう少し裏付けが欲しけりゃ、倉庫の整理でもやらせるんだな」
「………………なるほど」
『精霊の眼』とは、精霊術師の一族に稀に出る形質で、精霊の力を見ることのできる能力である。
特筆すべきはそれが生まれつきの能力で、精霊術師の家系以外にはほぼ出ないということだ。
新しい『精霊の眼』というものは、通常見つかるものではない。
そして、その能力は持ち主によって大きな差があるが、一般人では見られないその力が見えるというだけでも価値は大きい。
「それで、そいつについて他に分かることは?」
「知らん」
「……おいおい……」
「知らんが、おそらく他にできることは殆ど無い」
「……何言ってやがる、精霊術師だろ?」
素っ気無い答えに、ギルド長は焦ったように両手を広げる。
しかしロルフの表情は変わらない。
「素質はあるかも知れないが、今の段階では使えない。……それどころか、下手に使えば暴走するかもな」
「……能力はあるのに訓練してねえってことかよ」
「しかも、もう47歳だ。今更訓練するにしても使えるようになるのに何年かかるか」
「なんでまた、そんな歳まで見つからなかったんだよ、そんな能力の持ち主が」
「……」
口をつぐむロルフに、ギルド長はぐっと息を詰めた。
この男は何か知っているに違いないが、無理矢理聞き出すことはできない。
可能性があるとすれば、信頼を勝ち取るしかない。
「お前は、そいつをどうしたい?」
初めてロルフの表情が動いた。
わずかなことだったが、ギルド長はそこに活路を見出だす。
「俺の力の及ぶ限り、お前の望むようにすると誓う。……必要なら今すぐ『誓約』してやる」
「……。……分かった。『誓約』してもらおう」
壁に寄り掛かっていたロルフがすくりと立つ。その足元から、軽く広げた右腕から、真っ赤な光が漏れ出し立ちのぼる。『誓約』の魔法の前兆だった。
「『汝、ガルドルフ・アダヴェが力及ぶ限りミツバ・タカノリを保護することを条件に、吾、ウォルフガング・エルディヴァインは彼の者ミツバ・タカノリに関する情報を望まれる限り開示する。断罪は互いの命をもって執り行なう』」
溢れ出た光が細く寄り集まり、それが空中へ文字を作る。さながら契約書のように。そして最後にその赤い光がギルド長とロルフの心臓の位置へと飛び、互いを繋ぐように光の帯が伸びた。
「……おいおいおい、俺の支払い分が多過ぎやしねえか?」
「嫌ならこの話は無しだ」
取りつく島も無い言いように、ひくりと息を飲むギルド長。
「お前さんが馬車馬のように働く条件も入れやがれ」
「……それは……個人的に可能な範囲内で聞いてやる」
非常に嫌そうな顔をしながらも断らないロルフに、それほどか、と思う。
ただの人間1人に関して行うにはあまりに大仰な契約だ。
「『但しその保護はウォルフガング・エルディヴァインの助力を前提とする』!」
ギルド長の言葉に反応して、契約文が追記される。
それに僅かに顔をしかめたロルフだったが、大きく首を振ってため息をつくと片手を上げた。
「……『誓約』」
「『誓約』」
互いを繋いだ光の帯がバチリと光り、契約書のような赤い文字を飲み込んで収束する。
心臓付近に強い束縛感と衝撃を受けたギルド長ーーガルドルフは、机に伏せるように大きく肩を上下させた。
「……お前、……俺にそいつ押し付けて自分はトンズラしようとか思ってたろ……」
「…………」
「おい、『情報開示』の『誓約』だろ!」
「それはあいつに関する話じゃねえだろ!!」
「うるせぇ!『誓約不履行』訴えんぞ!」
「げっ、」
ガルドルフが怒鳴りながら強く机を叩いた途端、ロルフの胸に赤い光が弾けた。
「痛っーー……!!『話す』『話す』『話す』!!」
焦ったように叫ぶ声と共に光が消え、ぐらりと体勢を崩したロルフが勢いよく壁にぶつかってずるりと床へへたり込んだ。
「ーーっげほ、……は、……冗談半分で殺そうとするんじゃねえよ……」
「冗談なもんかよ、お前のスタンス次第でこっちの命が危ねぇじゃねえか」
「……、……はぁ……、……別に、……俺の助力なんぞ要らねえだろうと……思っただけだ」
まるで拗ねた子供のような言い方をするロルフに、ガルドルフは渋い顔をする。
なんだか、まだ隠している事がありそうである。
「で、そんな命かけてまで守ろうってのは何者なんだ」
「……『精霊の愛し子』だ」
納得とともに大きく頭を抱えたガルドルフである。
『精霊の愛し子』と言えば伝説の存在だ。ある者は勇者であり、ある者は聖女であり、ある者は大賢者、またある者は魔王だった。
その可能性は無限。当然それを利用しようとする者も無数である。
「『精霊の眼』を持ってる『精霊の愛し子』が何もできないって……?冗談だろう?」
「少なくとも現時点では、だ。……使おうと思えば使えるだろうな。だが俺は、あいつを使わせたくない」
「……それで俺に保護しろってか?……惚れ込んだもんだな」
ため息混じりに言葉を投げたガルドルフだったが、ロルフの反応は顕著だった。
ブワリと赤面して毛を逆立てる猫のような様相である。
「だっ……誰が惚れるかあんなの……!!」
思わず目が点になるガルドルフ。
えっ……ベタ惚れじゃねぇか……。……っつうか、そういう意味で惚れてるって言ったんじゃねえけど……そういう意味なのか……?うわぁ、甘酸っぱ……。
「なっ……んだその顔!喧嘩売るなら相手になんぞ!」
ガルドルフの顔を見たロルフが叫ぶ。
冒険者として頂点に立とうかという男のあまりの狼狽えぶりにガルドルフはやれやれとため息をつく。
もう少し女遊びをやらせておけば良かったか。
「いや、そんな惚れてんのに俺に押し付けようとかよく思ったなって……」
「惚れてねぇえっての!!」
これはアレかな、惚れてるけど惚れてないことにしたいとかいうアレかな。47歳って言ってたもんな……熟女か〜……ロルフも意外な趣味があったもんだな……。
などと、ガルドルフは思っていた。
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ギルド長室を出て、受付で身分証登録をしているという『精霊の愛し子』を迎えに行こうと階段を降りながらロルフの指差す方向を見て、再度目が点になる。
「……、……おっさんじゃねぇか……」
しかも、冴えない。
「だから、そう言ってんだろ」
いや、お前、言ってねえからな。
ギルド長もオッサンぽいけど34歳なので三葉さんをオッサンと呼ぶ権利はある




