ルールを守らなかった男 転生者 水谷正也
少年の名前は、水谷正也。
16歳になったばかりの高校1年生。
しかし、彼は16歳という短い人生を唐突に終えた。
死因は交通事故。
死んだ彼が目を覚ますと、視界に入ってきたのは淡い光に包まれた空間だった。
「ここは……一体どこだ?」
自分は休日、部活の練習に行くために自転車で学校に向かっていた。
見知らぬ空間に戸惑いを示すが、この状況を理解しようと頭を整理する。
自分は学校に向かっていた。
そして……。
最後に見た光景は、自分に迫り来るトラック。
(俺はトラックとぶつかったのか?)
その後どうなったか彼は分からなかった。
しかし、ここは自分の家でも学校でも、病院でもない。
「お目覚めになりましたか?水谷正也さん」
声をかけれた方向を見ると1人の女性が名前を呼んで近付いてくる。
その女性は自分とは違う褐色の肌をしていたが、彼は健康的で美しい肌だと感じた。
艶のある黒髪は腰まで届きそうたが、その髪は1つのリボンで纏められている。
顔は整っており、日本人である自分とは違うが、アジア人と思える女性は、一歩一歩と近付いてくる。
「……すいません。ここは一体、何と言う場所ですか?」
「ここは、あなたと世界と私の世界の狭間と言うべき場所とでも言っておきましょうか」
「狭間?」
学校でも病院でもない場所らしいが、世界と世界の狭間と言われても分からなかった。
「それと、どうして俺の名前を?」
「申し遅れました。私はメビキアと申します」
やはり日本人じゃないんだな、と少年は思いながら唯一の情報源のメビキアに尋ねる。
「メビキアさん。俺はどうして、ここにいるのでしょうか?」
自分が、どこにいるか分からない等、馬鹿らしい質問だが本当に分からないから聞くしかない。
「正也さん。今から私の言うことは落ち着いて聞いて下さい」
そんな馬鹿らしい質問でもメビキアは答える。
「…はい」
「あなたは、交通事故に遭い死にました」
数秒間の沈黙の後、少年は口を開く。
「交通事故で死んだ!?」
「はい。ですから、あなたの16年という短い人生は終わりました」
「嘘だろ?だって俺、こうして、あなたと喋っている訳だし……」
「信じられないようなら、お見せしましょう」
メビキアはどこからともなく水晶玉を取り出し、地面に置く。
そして祈りの言葉を呟きながら、水晶玉を見るように言う。
映し出されたのは非常に見覚えのある場所。
「これは……俺の家じゃないか。それと何でこんなに人が集まっているんだ?」
そこは自分の家の畳部屋で近所の人や学校の関係者や友達など、かなりの人物がいる。
「それは……正也さん。あなたの葬式だからですよ」
少年は開いた口が塞がらなかった。
自分が死んだ……。
まだ女の子と付き合った事もないのに。
「じぁあ、ここは天国……いやの三途の川と言うところですか?」
「狭間の世界ですから、ある意味、三途の川かもしれません」
「でも、俺は今、生きている感じがします。これは一体……」
死んだと言われても、足もあるし、透けても浮いてもいない。
「それは、私が正也さんを蘇生したからです」
「……は?」
「それは、私が正也さんを蘇生したからです」
メビキアは同じ事を2度復唱する。
「俺を蘇生した!?」
相手は訳の分からない事を言っているが更に理解の追い付かない事を話し出す。
「私、こう見えて神をやっています。普段は自分の世界で自由気儘に生きていますが、たまに別の世界を眺めていたりもします」
「え……?神様?」
神様なんて見た事も無いので、そんな事を言っても頭のおかしい人ぐらいにしか思えない。
「正也さん。あなたは16という短い人生を終えました。でも16で人生を終えるなんて可哀想だと思います。やりたい事だってあると思いますし」
「本当に死んだのなら、やりたかった事は、今でもたくさんあります」
もっと遊びたかった。
女の子と付き合いたかった。
「ですから、そんな正也さんの為にもう1度、人生を与えてあげようと私は正也さんを蘇生したのです」
「もう1度、生前の世界に戻れるんですか?」
その質問にメビキアは言い辛そうに答える。
「正也さん……。私の蘇生魔法の効力は、狭間の世界と私の世界でしか効力を発揮出来ません。ですから、正也さんの世界に戻る事は不可能です……」
「そんな……」
落ち込む少年にメビキアは告げる
「私の世界では、生きていく事は可能です。どうでしょう?私の世界で生きてみませんか?」
「へ……?」
「ほら、正也さんの世界に、よくある“異世界転生”てやつですよ」
「……いや。異世界転生て言われても、俺は言葉も分からないし、力も無いし」
「大丈夫ですよ。私が、いろいろ『スキル』をあげますから。もう1度、新たな人生を歩んでみませんか?」
「新たな人生……」
メビキアは自分の世界の事を語りだす。
世界観、人種、文化等を。
そして少年は決心する。
「分かりました……。メビキアさんの世界でしか生きていけないのなら、蘇生してくれた命、無駄にはしません」
「決心してくれましたか。それでは、正也さんに『スキル』を与えます』
まばゆい光が、メビキアから放たれ少年を身体を覆う。
「……何だ、この感じは?」
不思議と身体に力が沸いてくる。
頭には今まで知らなかった魔法の知識まで浮かんでくる。
「それが、私の力です。正也さんは、何の能力も無しに私の世界で生きていくのは困難ですから、サービスみたいなものです」
ニッコリとメビキアは微笑む。
「何から何まで、ありがとうございます」
「そうそう。私と正也さんは、力を与えた者と与えられた者として繋がっています」
「どういう事ですか?」
「遠くに離れていても、会話が出来ます。と言っても正也さんから私に話す事は出来ず、私から正也さんに話す一方通行ですが……」
「そんな事まで出来るんだ……」
「心の準備が出来たら言って下さい。私の転移魔法で、お送り致します」
「大丈夫です。お願いします」
そう答える少年にメビキアは、最後に年頃の男が1番食い付きそうな事を話す。
「日本人みたいな女の子はいませんが、私の世界の女の子も、なかなか可愛い娘も多いですよ」
「え……?そうなんですか?」
照れながらも興味津々に食い付く少年の反応を見ながらメビキアは転移魔法を唱える。
「それでは、新たな人生を、お楽しみ下さい」
そう言い放ち、メビキアは水谷正也を転移魔法で、送り出す。
迅が扉を抜けた先は、町の郊外だった。
人間を連れ去る異世界の神々に監視されているとしたら、口は災いの元なので、迅は頭の中で様々な事を考えていた。
1つ目は閻魔に言われた事である。
(仮にナヒヤに仲間の神が大勢いたとしても、処罰を受けるまでの時間で広められるとは思えないな……)
だが、自分の主人は、異世界の神々や転生者達に宣言しろ!と言った。
それは、既に自分の主人が、異世界の神々に接触して舞台を整えている他ならないと思った。
(さすがは閻魔様だ……。私が、行動する前に全てを終わらせておられるのか……)
自分は凡人に過ぎないと思っている迅は、頭の切れる主君の全てを読み切る事は出来ない。
迅が大勢の神々に監視されるのは、閻魔にとっても不利な状況でもあるが、有利な状況でもある。
だか、それすらも考慮して、全ては主君の意のままに動いていると迅は感じた。
沸き上がるのは畏敬の念と閻魔の本当の恐ろしさ。
閻魔も迅も神の強さの理由は知っている。
当然、無力化してしまう方法も……。
(それは、最後の手段だろう……)
と思いながら、温厚で滅多に怒る事のない仏様のような地獄の神を怒らせたのだから、異世界の神々に勝利は無いと確信する。
閻魔は地獄から動く事は出来ないが、地獄に鎮座しながら全てを動かす絶対的な支配者。
恐ろしい御方だ……。と思いながら、ぶるりと巨体な身を震わせた。
2つ目に考えていたのは転生者になっている可能性がある水谷正也の事。
死亡したのは3ヶ月前。
昨日の資料を貰った後、迅は少し調べていた。
事故現場は、人間の友達とドライブに行った事があるので知っていた。
そこは片側2車線の道路。
死因は、自転車とトラックと正面衝突と資料には書かれていた。
その死因を資料で見た時、迅は疑問に思っていた。
側面衝突ではなく正面衝突である事である。
それが本当なら、車も自転車も左通行であるから車が車道を逆走する訳などないから、正面衝突などありえない。
おそらく自転車に乗っていた水谷正也は右側通行をしていたのだろうと推測した。
そして正面衝突したのなら、トラックは左の車線を走っていた事になる。
だが、例え自転車が右側通行をしていても、ぶつかるとは思えない。
トラック運転手が操作を誤ったか、もしくは……と予想して調べたところ、迅の予想は当たった。
運転手のトラックのドライブレコーダーにも証拠として記録されていた。
……水谷正也は、携帯電話を操作しながら自転車を運転していた。
トラックの方運転手は、自転車とぶつからないように距離を取っていたが、水谷正也は携帯電話に夢中になりすぎて自転車の操作を誤り、自らトラックに突っ込んだのだ。
車も自転車も携帯電話を操作しながらの運転は禁止されている。
迅は同情した。
水谷正也ではなく、運転手の方にである。
迅も車を運転するから思うが、自分の運転する車に、突然突っ込んでくるような自転車を避けるなど、プロのドライバーでも難しい。
運転手にも情状酌量の余地はあるが、水谷正也を事故死させてしまったので刑を受ける。
規則は守るべき物だが、自分達を守ってくれる事もある。
水谷正也も規則を守れば、死ぬ事はなかった。
「……規則は守らないとダメだよな。水谷正也。転生者になっているなら、お前の存在も規則違反だ。死んだ者が逝く場所は異世界じゃない」
転生者になっている可能性のある相手を捜す為、迅は行動を開始した。
ーーそれから更に6日後ーー
迅は町から町へと移動しながら人混みの話に耳を傾け、時には異世界人に会話しながら情報を集めた。
相手は転生者として生き返っていた。
情報は、思ったより簡単に入手出来た。
何故なら水谷正也は、突如現れた凄腕冒険者として名を挙げていたからだ。
そして今は、仲間の異世界人とパーティーを組んでいると。
情報を簡単に入手出来たのは良かったが、それは同時に相手が手強い存在である事も事実であると認識させられた。
聞いた情報では魔法が使える者も、ごく僅かな世界で数種類の魔法も使いこなし、剣技にも精通する周囲から一目置かれた少年冒険者であると。
迅は今、水谷正也のいる町に来ている。
「聞いた話によると、最近は森で仲間と修練してるらしいな……」
(また森か……)
また猪に遭遇するのは嫌だなと思いつつ、迅は標的のいる森へと歩を進め耳に神経を集中しながら、物音を頼りに標的を捜した。
「微かだが、音が聞こえるな……」
水谷正也かと思ったが、仲間と修練していると聞いていた。
それに聞こえた足音は1つだったので可能性は低いと思った。
確かに違う人物かも知れないが、違う人物でも一応確かめたいので音の方へ注意しながら近づく。
(……くそ、懸念していた事だか、仲間がいると連れ戻すには厄介だな)
相手に仲間がいるなら、「はい、どうぞ連れて行って下さい」なんて言わないだろうし、場合によっては連れ戻しを阻止するために敵対される事もある……。
読んだ参考書の奴らは、たいてい仲間が女だった事を思い出す。
仕事の為だから仕方ないかもしれないが、なるべく女と敵対したくないと迅は思う。
何故なら女の怨み程、恐ろしい物はないのたがら……。
前回は敵対する事は無かったが今回は分からない。
音を発する人物と少しずつ距離を縮めると、その人物の声が聞こえてくる。
「あ~どうしよう。また、間違えちゃったかな?」
音を発していたのは、女だった。
大人の女ではなく、それは少女の声と思えた。
迅は、物陰から見つからないように少女の様子を窺う。
歳は10代半ばだろうか?髪は肩に掛かる程度のミディアムヘアーで、迅から見れば華奢な身体だが引き締まっているようにも感じられる。
10代半ばの少女が、こんな山中を1人で歩くとは思えない。
「おそらく、水谷正也の仲間だな……」
少女の放った言葉、そして少女の格好を見れば、革の籠手や脛当て、鎧を装備している。
クソッ……!と迅は奥歯を噛み締める。
もし少女が水谷正也の仲間なら、それは最悪の場合、あの少女とも一戦交えなくてはならないからだ。
だが、迅は自分から異世界人には危害を加える気はない。
格闘家もそうだか、人間として10年生きた迅も、温和で争い事を好まない性格である。
以前、ナヒヤの世界のチンピラを叩きのめしたが、それは自分や無力だった転移者をチンピラ相手から守る為である。
争いたくはないが、異世界人と戦闘になった場合は、正当防衛や何かを守る為の理由なく異世界人とは戦う気はない。
(大人の魅力的な女も抱けない……。異世界人が殺す気で自分に挑んできても、殺さずに対処しなきゃいけない……。なんてハードモードだ……)
そんな愚痴を異世界の神々に聞かれないよう心の中で唱えた。
迷子らしい少女は放っておいて水谷正也を探そうとした時、耳に何かが近付いてくる物音が聞こえた。
その物音は、ゆっくりだが少女に近付きつつあるので少女の仲間か、水谷正也かと思ったが違う事に気が付いた……。
(これは人間の足音なんかじゃないぞ……!)
単眼鏡で確認すると、それは、ずんぐりむっくりとした生物で、人間の知り合いとハイキングに行った時、野生の猿や野犬や猪よりも、散々気を付けろ!と言われた生物だった……。




