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3/3

俺の婚約者に何か用か?

「連れ戻す? いまさら、なんのお話ですか」


私は揚げ網を手にしたまま、ゆっくり振り返った。


神官長バルドは、わざとらしく咳払(せきばら)いをする。


「実はな、調べ直したところ——お前の聖女の力は、衰えてなどいなかった。むしろ稀有(けう)な『恵みの力』だったのだ。大聖堂はお前を必要としている。さあ、戻ろう」


その隣で、ミレイユが甘い声を出す。


「先輩、わたし寂しかったんですよぉ。こんな田舎、もったいないです。一緒に王都へ帰りましょ?」


行列に並んでいた村人たちが、ざわりとどよめいた。


「なんだ、その目は」


バルドが村人たちを()めつけ、声を荒らげる。


「貴様らごとき辺境の民が、聖女の慈悲にすがれた幸運に感謝もせんとは。さっさと道を空けろ、下民(げみん)が」


私を追放したときと、何ひとつ変わらない。

弱い者を見下し、価値だけを奪っていく。その目だ。


つい先日まで、私を「呪われた土地」へ捨てた人たち。

その手のひら返しの理由なんて、聞かなくてもわかる。


「この土地の醤油が、王都で高値で売れると気づいたんでしょう」


私が言うと、バルドの笑みが一瞬こわばった。


「だから私を連れ戻して、製法を独占(どくせん)したい。違いますか?」


「ぐ……そ、それは民のためだ! お前のような者が独占する方が——」


そのときだった。


ぞわり、と空気が冷えた。


行列の人垣が、左右にさっと割れる。

鋼の足音が、地を踏みしめて近づいてくる。


ヴォルフだった。

背後には漆黒の竜。そして、なぜか前掛けをしたチビ竜のクーが、彼の肩で「きゅるるる」と威嚇(いかく)している。


ヴォルフは私とバルドの間に、ぬっと割り込んだ。


その巨体が、神官長を見下ろす。

睨むだけで岩が砕けそうな、本物の殺気(さっき)


「——俺の婚約者に、()()()()?()


しん、と広場が静まり返った。


「こ……こん、やく……?」


バルドの顔が、青を通り越して白くなる。


ヴォルフは私の肩をそっと引き寄せ、低く続けた。


「フィーネはクロイツの恩人だ。死にかけたこの土地を、その手で(よみがえ)らせた。その彼女を捨てておきながら——いまさら連れ戻すだと?」


「りょ、領主殿、これは聖庁の決定で——」


「聖庁が何だ」


ヴォルフは、腰の竜騎士の証——王家から賜った紋章(もんしょう)を、無造作に突きつけた。


「クロイツ辺境伯領は、王家直属。聖庁の管轄外(かんかつがい)だ。俺の領地で、俺の婚約者に手を出すなら……相手は、この竜になる」


漆黒の竜が、地鳴りのような(うな)りを上げた。

クーまでもが、ちっちゃな体で精いっぱい「しゃーっ!」と火花を吹く。


ミレイユが「ひっ」と悲鳴を上げて、バルドの後ろに隠れた。


私はくすりと笑って、揚げたての唐揚げをひとつ、ひょいとつまんだ。


「神官長さま。最後に、これだけどうぞ」


差し出された黄金色のそれに、バルドはごくりと喉を鳴らし——気づけば、ぱくりと口に入れていた。


サクッ、じゅわっ。


「!?」


彼の目から、つう、と涙がこぼれた。


「な……なんだ、この……うまさは……」


「それが、あなたが捨てた土地の味です」


私はにっこり微笑んだ。


「この味は、王都には行きません。ここでしか、食べられない。だってこれは——私が、帰りたいと思える人たちのための味だから」


バルドは、何も言い返せなかった。

ミレイユを引きずるようにして、よろよろと馬車へ逃げ帰っていく。

その背中を、村中の笑い声が見送った。


夕暮れ。

店じまいの鍋を片づける私の横で、ヴォルフが所在(しょざい)なげに立っている。


「……さっきの。婚約者というのは」


耳が、夕日より赤い。


「勢いで言った。だが……できれば、本当に」


私は油でべたついた手のまま、彼の大きな手を取った。


「じゃあ、毎日唐揚げ揚げますね。代わりに——一生、私の隣で食べてください」


ヴォルフが、ふっと笑った。

初めて見る、不器用であたたかい笑顔だった。


足元でクーが「きゅいーっ!」と高く鳴いて、私たちのまわりをくるくる回る。


ジュワア、と最後の一個が、こんがりきつね色に揚がる。


追放されて、本当にラッキーだった。


——だってここには、世界で一番おいしい毎日が、待っていたのだから。


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