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第九七回 熱


 古都ゲフェルを発ち、次の目的地である砂漠の町ラヒフに到着する頃には、明るかった空がすっかり暗くなっていた。アトリによるとかなり遅れてるらしいから、夜が明けたらすぐ出発する予定だそうだ。


 日干し煉瓦で形作られた黄土色の街並みが美しくて、つい見惚れてしまう。オアシスの町とも呼ばれ、近くには大きな湖があり、さらにピラミッドがあって冒険者の腕試しの場所になっているそうだ。行ってみたい気もするが、もうそんな余裕はないからな。それより早く宿泊先を探さないと……。


「――暑いわね……」


 町中に入ってすぐ、リュカが帽子を取ったもんだから息が止まるかと思った。砂漠の町とはいえ、夜のせいもあってかむしろ寒いくらいだと思ったが、熱でもあるんだろうか……。


「りゅ、リュカ……体調でも悪いんじゃないか? それに、帽子をつけてないと……」


「大丈夫。手で隠すから」


「……」


 しかも片手だけでか。以前に比べると髪も伸びてきてる感じだし、厳しいな……。


「ソースケ、頼む。お前からも言ってやってくれ……」


「……へ、へい兄貴。ダメっすよ、リュカちゃん! もし見つかったら大騒ぎになりやすから!」


「……じゃあ、あなたが隠してて」


「もー! 兄貴がなんとか言ってやってくださいよ!」


「これしきのことで私の旦那様を煩わせないで。死にたいの?」


「や、やるっすよ! やればいいんでしょ、まったくもう!」


「頑張れ、頑張れっ」


「応援してますわ……」


「頑張るのだー」


 シャイルたちから笑い声が上がる中、帽子を取ったリュカを必死に隠すソースケ。夜だし、体が小さいから目立たないのが不幸中の幸いだ。


「ふっ。いい気味であるな、ターニャ――」


「――ぐー……」


「ま、また寝てるし、我が背負わないといけないのか……」


 がっくりと項垂れつつもターニャを背負うラズエル。成長したな……。


 それにしても、リュカが近くにいるのがこれほど心強いとは思わなかった。誘拐犯に襲われる可能性とか、そういうことが一切脳裏をよぎることがなかったのも、彼女の圧倒的な存在感があってこそだろう。


 俺はそんな恐ろしい魔女に勝ったわけだが、彼女が本気を出しているとは思っていない。何か、出し惜しみというよりも力を出し切れない事情があるような感じがした。それが何故なのかはわからないが……。


「……どうしました? コーゾー様……」


「あ、いや、いいんだ……」


 アトリが無言なのが気になってちらちらと見てたら、嬉しそうに見つめ返されたので思わず目を背けてしまった。その際、なんだか彼女の目が少し死んでたような気がする。気のせいだといいが……。




「……」


 翌朝、宿のベッドで起きたところで周りを見渡すも、リュカの姿だけなかった。


「……リュカ?」


 彼女がいたはずのベッドまで行って毛布を取ったが、やはりいなかった。トイレ……かとも思ったが、どうにも胸騒ぎがする。


「コーゾー様、お目覚めですか?」


「あ、アトリ……」


 振り返ると、アトリがすぐ近くに立っていて驚く。さっきまでベッドで寝ていたはずなのに。しかも寝起きって顔じゃない。ずっと起きてたみたいだ……。


「まさか……アトリ、《ハーフスリーピング》を?」


「はい。念のために……」


「……それじゃ疲れが完全には取れないだろ……」


「大丈夫です。こんなことくらいでしか、私はコーゾー様のお役に立てそうにないので……」


「……気持ちは立派だが、無理はするな」


「はいっ……」


「それと、リュカは知らないか?」


「……」


 なんだ、アトリの表情がはっきりと雲ってしまった……。


「何か知ってるのか……?」


「……三十分ほど前に部屋を出て行きましたよ」


「な、なんだって? 一体どこに……」


「……心配ですか?」


「……そ、そりゃ……」


「……あの方は大丈夫だと思いますよ。とてもお強いので……」


「……え、アトリ? 泣いてるのか?」


「大丈夫です。追いかけてくださいっ」


「……無理してるって顔に出てるぞ、アトリ。どうしたんだ……」


「……ご、ごめんなさい。私って本当に子供ですよね。体だけじゃなく、心まで……。なんか、色んな意味でリュカに負けてるのが悔しくて……」


「……」


 悔しい? アトリ、リュカにわだかまりがあるというより、俺に対して……。


 ……いや、やめてくれ。俺にどうしろっていうんだ。アトリのことはそりゃ好きだが、恋人にするほどでは……って、俺も随分自惚れてしまったもんだな。仮にそうだとして、一時の気の迷いかもしれない。いや、きっとそうだ。俺より格好いい男なんていくらでもいるわけだし、すぐに熱も冷めるだろう……。


「アトリ……俺は仲間としてリュカを探しにいくんだ。わかるな?」


「……あの……」


「……ん?」


「もうお分かりだと思いますけど、私、コーゾー様のことが――」


「――もう食べきれないのだー」


「「……」」


 ヤファの寝言に邪魔されちゃったな。正直、ほっとしてるが……。


「んもう。折角いいところだったのにっ」


「ですわ。このケダモノ……!」


「……し、尻尾を引っ張るのはやめるのだ……むにゃ……」


 どうやらシャイルとリーゼはとっくに起きてて、どうなることかとワクワクしながら見物していたらしい……。


「……ん、兄貴たち、もう起きてたんすか……?」


 今の騒ぎのせいかソースケまで起きてきたが、ちょうどよかった。


「ソースケ、これからリュカを探しに行く。お前もついてくるか?」


「……え、えっと? は、はいっす!」


 空気を察してくれたのか、ソースケが困惑した様子ながらも承諾してくれた。これでアトリも一緒についてきやすくなるはずだ。あのままだと空気が重すぎてな……。ターニャやラズエルは仲良く抱き合って寝てるし、シャイルとリーゼもヤファへのいたずらに夢中みたいだから置いていこう……。

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