第九六回 墓穴
「ここが約束の場所ね……」
浮かない顔のセリアたちがいるのは、古都ゲフェルから少し離れた場所にある墓地。
彼らが利用していた部屋の前に置かれた紙には、そこで3000グラードと誘拐した勇者を交換しようという趣旨の内容が書かれていたのだ。
「隙を見て誘拐犯をぶっ殺そうぜ。ユージのやつがどうなろうが知ったことかよ。一人のこのこ出歩いて誘拐されるようなやつのために金貨三枚分とかやってらんねえんだよ。しかも、ほとんど以前俺がギルドで稼いだ金じゃねえか……」
「ロエルさん、ミリムもその考えに賛成ですう……」
「ちょっと待ってよ! そんなことしてユージ様の綺麗な顔に傷でもついたらどうするの!?」
「「はあ……」」
ロエルとミリムの深い溜息は、繰り返せば墓穴ができるほどの勢いだった……。
「――……ハッハッハ……」
「「「あっ……」」」
笑い声がどこからともなくこだまし、セリアたちが周囲を窺うと、前方から雄士とともに布を頭に巻いた黒いローブ姿の男――カルファーン――がやってきた。
「ゆ、ユージ様! 無事だったのねえぇ!」
「おっと、それ以上近付く――」
「――ユージ様ああぁぁっ!」
「ひっ……」
「ちょ、待てよ! これを見ろおぉ!」
向かってくるセリアに対してカルファーンが慌てて布を取ると、濃いめの緑色の髪が露になった。
「う、嘘……魔女!?」
「お、おいセリア、逃げるぞ!」
「逃げるが勝ちですうぅ!」
「で、でもでも、ユージ様を一人で死なせるわけには……」
「「セリア……!?」」
「あたしも一緒に死ぬううううぅぅぅっ!」
「ちょ、ちょっと待て! 待ってくれっ! 俺様は、人間が好きな心優しい魔女なんだぞっ!」
「「「……へ?」」」
魔女を装っていた男が発したこの珍妙な台詞には、セリアたちも戸惑うしかなかった。その間にカルファーンが弱り顔で雄士に耳打ちする。
「……おい勇者、説明しろ。あの女、ちょっと怖いぞ……」
「あ、う、うん。僕に任せて。……ねえセリア、聞いてっ。この魔女は慈悲深くて、お金をくれるなら見逃してくれるって……」
「そそっ。ほら、早く。マネープリーズ!」
「は、はあ……」
「……ミリム、セリア、なんかおかしくね? こいつ……」
「ですねえ」
「確かに……」
「……ぬ、ぬぅ……」
セリアたちに猜疑心に満ちた眼差しを向けられ、偽魔女も焦りの色を隠せなかった。
「お、おい勇者、早く芝居しろ……」
「あ……た、助けて! セリアアァ!」
カルファーンに言われて雄士が急に涙ぐみ、セリアに向かって手を伸ばした。
「ゆ、ユージ様!?」
「……この魔女には……秘密があるんだ……早くしないと……」
「ど、どういうことなの!?」
「……たまによ……暴れ出すんだ……」
苦痛の表情で木の枝を落とし、己の左腕を握るカルファーン。全ては雄士との打ち合わせ通りだった。
「この左腕が疼きやがる……。真っ黒な何かが蠢いて……」
「セリア、ロエル、ミリム……! 逃げてっ! 魔女の発作が始まった!」
「ほ、発作!?」
「どういうことだ?」
「どういうことですう?」
「たまに……何かに乗っ取られて理性がなくなっちまうんだ……。それが来やがる前に……マネープリーズッ!」
とうとう頭まで抱え出したカルファーンに対し、金貨を三枚投げたセリアから悲鳴が上がる。
「お、お金は渡したわ! お願いだから、その前にユージ様を解放してえぇ!」
「……う、うぐぐっ……も、もうダメだぁ……」
カルファーンが頭を抱えつつも足で金貨をかき集める。
「お、おいセリア、とっととずらかるぞ!」
「ヤバイですう!」
「嫌! ユージ様と死ぬ!」
「……お、おい勇者、早く行け! あの女は危ない……!」
金貨を全て回収し、カルファーンが雄士の脇を肘で突く。
「う、うん! それじゃねっ!」
「あばよっ!」
離れながらも密かに目配せしあう雄士とカルファーン。
「――ユージ様あぁ!」
「ひっ……」
「ぶぎ!?」
顔に十字架の痕がつくセリア。雄士が帰還してすぐ墓の後ろに隠れることで難を逃れたのだ。
「……って、なんだあの魔女。もういねえぞ。まさか……」
ロエルの顔が見る見る青くなっていく。今にでも暴れ出すと豪語していた魔女が跡形もなく消えたからだ。
「……偽魔女だったかもですねえ……」
「……も、もういいじゃない。こうしてユージ様が無事だっただけでも……」
「セリア、お仕置きくらいさせてくれよ。顔は殴らねえから。そうでもしねえと怒りが収まらねえんだよ……」
「ロエルさんに同意ですう。そしたら、気を失ったユージさんにセリアも好き勝手できますう……」
「……そ、それもそうねっ」
「ひ、ひいぃっ!」
「あ、待って、ユージ様ぁっ!」
まだ明るいうちから、墓地に恐怖の悲鳴が響き渡った……。




